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41 私流よこはまの花便り9-あんずもすももも西洋館編- [写真 自然]

  春になるとまず動き出すのは、人間だけではない。とくに目につくのが鳥。ウグイスやヒヨドリ、そしてメジロである。赤いほっぺのヒヨドリやその名の通り目の縁が白いメジロ、春の美声を聞かせるウグイスは、いわゆる留鳥。越冬して、その辺に潜んでいる鳥らしい。暖かくなって姿を見せるようだ。
 わたしも最近知ったのだが、ウグイスの身体の色はいわゆるうぐいす色ではなく、くすんだ黄緑色なのだそうだ。それを知ってすぐに図鑑で調べたところ、全くもってその通りであった。しかもその図鑑には、ウグイスはあまりウメの木にとまることはないと記されている。藪の中に潜んで姿を見せないらしい。つまり私たちのお決まりの知識である「ウメにウグイス」はほとんど見られないということらしい。うーん……感慨深い。
 そんなわけで、一分咲きの伊勢山皇大神宮の手水舎の上のサクラで蜜をすするメジロを撮ったのでアップしてみよう。桜の季節が徐々に近づいてくる。嬉しい限りだ。今回はあっちこっち用事のために出かけて、終わったのが午後二時。その後の午後二時過ぎから横浜の中心部を回ったので、時間短縮も兼ねてバスで山手までは向かった。それでも午前中からの分も含めて、トータルすると七キロ超のウォーキングになった。かなり足にきた。明日は大人しくしていようと思った(笑)。何かのウエブサイトでみた地口のような、若者は「アイシタイ、コイシタイ」らしいが、わたしぐらいになるとそろそろ「アシイタイ、コシイタイ」という文言が本音だ(笑)。本日のわたしは全く以てその通りになった。
 港の見える丘公園のバラ園は、まだバラの季節ではないが、花で満ちあふれていた。パンジーやマーガレット、ほかにも春の花々が沢山出迎えてくれた。イギリス館のまわりも人で溢れていた。人なみが切れるのを待って、角度をつけて一枚とったのでそれもあげておきたい。すれ違った観光客のグループが、「バラの季節になったらもっと混みそうだな」と会話していたが、心の中で頷いていた私だった。
 西洋館と花々はとても似合う。今回はどこの西洋館も『garden necklace』と冠した花のイベントの看板を入口に掲げていた。そんなわけで、今回は山手資料館とすももの花、ブラフ18番館とあんずの花をおさめた画像も載せておきたい。
 そして18番館の脇、石川町駅に向かう階段にはシャガの花が咲き乱れていたので、一輪、風がやむのを待っておさめてみた。アヤメの仲間であるが、これだけの群生で見られるのはうれしい。大磯の城山公園や茅ヶ崎の里山公園の近くで見たことがあるが、野草が横浜のど真ん中で群生しているのは素晴らしい。植生したのか、もともとの在来種なのかは知らないが、野の花の可憐な咲き方には笑みを浮かべずにはいられない。そんな数時間のみどりの時間だったが、石川町から今回は帰路に就いた。あと一、二週間のウチにサクラ(ソメイヨシノ系)は見頃を迎えるはずだ。
 天候にも恵まれたせいか、人出の多い土曜日となった。最近は、整理整頓に追われ、屋内で過ごすことの多い毎日、他の用事で久々に外出できたのだが、やはり山手の花が気になって行ってしまった。熱心なのか、お馬鹿さんなのか、最近は判断しにくい自分の行動も含めて、春なんだなあと実感した。
 四月以降、これからはしばらく横浜の花散歩が続きそうである。それにしても今日のメジロは人なつっこかった。あんな近くまで来てくれたことはない。大口径を持って行っていれば、もう少しピントも描写も、よりどんぴしゃな、かりっとした画像になったはず。だが大きなレンズを抱えて、別の用事を足しに行くのもおかしなものであるから、そこは諦めるしかない。考えてみれば、軽めの機材とは言え、交換用の望遠レンズも含めて日常持ち歩いている時点で、お馬鹿さんの類かも知れない(笑)。……疲れた。ではまた。


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写真展のお知らせ
お時間がある方、さくらの花のお好きな方はお越し下さい。
土曜日のお昼前後はわたしも在廊する予定です(特に用事が無ければお声はおかけしませんからご安心を)。

MasamiNARUSE Petit Photo-Exhibition
-Admiring the beauty of nature-
『木の花咲く、照り花揺る場所』
<開催期間> 2017年4月1日-4月15日
<開催場所> カフェ ポーポキ
〒112-0004   
東京都文京区後楽2-16-7
定休 月曜日と第四日曜日
時間 火曜-金曜 7:30-10:00 11:30-16:00
    土日祝   12:00-18:00

40 一般的な機材の話3 -一冊の本からのカメラの思い出話- [写真 本]

 遂に四十回。2014年からお目にかかったこのブログ。当初はギャラリーや展示を中心のご案内で始めた。最近は被写体や自然に関するもの、ひいては浅学計り知れない機材の話を、一般のレベルでお話ししている。今回もそのとても浅い知識でご披露する機材の話である(したがって、たいした話は出来ない)。お暇な方とそこそこ興味のある方と、通りすがりのネットサーファーの方はお読みいただきたい(笑)。三月はいろいろと忙しくなりそうなので、早めのアップである。これは三月分の記事である(後半に時間が出来るようならもうひとつアップしたいところだが、どうかな?)。
 二十代のころに、いつも眺めていたカメラの本がある。『中古カメラ実用機買い方ガイド』というCAPAの別冊だ。最近、荷物整理のため本棚から出した。懐かしかった。この本を、いつも寝そべりながら、眺めていた時代がある。カタログ形式のページ・レイアウトで、過去に発売された35mmサイズの一眼レフとその諸元や中古市場の状況などが事細かに書かれた本だった。すでにオートフォーカスの時代に入っていたのに、『今度はこのカメラがお小遣い程度で手に入るかも』などとMF一眼レフの購入を考えていたころだ。
 旧大井町ならEMというカメラが、この本をたよりに買ったMF一眼レフカメラだった。発売期間後から約十三年後の中古品だ。それまではお下がりのFE(こっちほうが上級クラスです)を使っていたのだが、どうしても「リトルニコン」がほしかった。F3ジュニアと呼ばれていたからだ。このカメラ、半分オートで取れるところも、当時若者だった私には魅力だった。いまならマニュアル露出計での調整のほうが楽なのだが、当時はそれが億劫に思えていた(不思議だ)。
 昔中高生のころ、ショールームで燦然と輝いていた、かのカメラが、そのころも色あせず、私の瞳に焼き付いていた。そして次にFE2を入手した(その後本稿既出のF3へと続く)。二十代の若者が自分で買えるようになって、旬が過ぎたとはいえ、2000年手前のころ、あこがれていた機材を安価で使うのが楽しかったのだろう。この購入した当時、完全に業界はオートフォーカスが主流だった。コンパクトの分野ではデジタルも当たり前の頃だ。そのためしっかりした金属のつくりにもかかわらず、EMやFE2は完動品でもBクラスなら一万円でおつりがくる値段で、中古店のショーケースに並んでいた。本当にお小遣いで買えたのだ。良い時代だった(笑)。
 この本にはヤシカや京セラ、コンタックスなどの今はなき国産カメラ機種も掲載されている(さすがにトプコンまではない)。残念なのは私がお気に入りだったフジカのジェイシリーズの一眼レフは載っていなかった。フジカは富士フイルムの一眼レフブランド名で、珍しいものが好きだった私はいつもそれを探していた。結局手に入れることはできなかったが、645は富士のGAシリーズを長く使わせてもらった。レンズ交換などはできないが、写りのいいカメラだったのを覚えている。接写リングで近接撮影も可能だった。もうやり方を忘れてしまったが、フィルムの装填も他の中判カメラより楽といわれていた(私は他を知らない)。
 余談だが、この当時コンパクトも富士を使っていて、F100fdという機種が気に入っていた。理由は単純で「美術館・博物館モード」という撮影モードが備わっていたからだ。わたしにぴったりである。通常あまりプログラムモードを使わないわたしだが、この機能だけは別で、説明板を写すのによく使っていた。
 カメラがデジタル化する際に、業界がまだ選びあぐねいていた時期がある。当時の雑誌の知識を思い返すと、現在のような筐体ごとモデルチェンジする方向と、データパック型によってカメラのフィルムのスペースに、装填して撮像素子をフィルム面に充てる方法が考えられていた。もし後者に進んでいたら、「いまも中古市場でニューF1やF3、LX、OM3、X-1なんてのが、高値になっていたのかなあ」などと、たまに思うことがある。それは中古店で、ジャンク品コーナーに並ぶそれらの旗艦機を見た時だ。
 でもそうならなかったおかげで、結果として、私はEOSシリーズの優秀なフォーカスセンサーを知ることになったし、復活したKシリーズのタフなボディに出会えた(これ最高!)。だから自分にとって時の流れは正しかったということになる。それがいまへのプロセスの整合性である(笑)。
 EOSなら最近まで7D(これはデジカメなので、かの本にはさすがに載っていません)を使っていた。使い勝手もよかった。7Dは本当に私のお気に入りだった。ただしいまは少し軽めのひとランク下のクラスにAPS-Cを変えている。長時間の自然散策の際に、今の年齢に適しているからだ。妥協できない機能を最低限備えていてくれる軽いもの、それが今の私のニーズだからだ(でも決して7Dmk2購入計画を諦めたわけではない・笑)。譲れないのはペンタプリズムとミラーである。妥協というわけではないが、まあファインダー視野率は97ー98%あれば十分。どうせプリントしたら切られる。どちらが自分の必須アイテムかといえば、そのままのガラス越しのファインダーで植物を見たいのだ。色や影の具合をガラス越しの感覚で知りたいからだと思う(私ごときがこだわりを持ってスミマセン。たわごととスルーしてください・笑)。
 この手の話題に触れるときに気を付けているのは、あくまでここに述べた機材への感想は、個人的、主観的な考えであり、私の考えが決してマジョリティーではないと皆さんには言っておくことである(むしろダイレクトにマイノリティと言い切っても良い・笑)。最近の一眼レフの動向などはあまり知らないからだ。
 だが各メーカーさんが一生懸命に考案して、より良いものを作られていることだけは確かである。かつてNC両者の保持者が、互いに品評しあうなんてのもよく見られた光景だったが、旧大井町も旧下丸子も製品として素晴らしいものを作っているので互いに遜色など全くない。同じ予算でどこに力を注ぐかで多少の性能が変わる程度のことだ。自分にとっての必要な機能を持っている機種を買えば良いだけのことだ。私の場合は、フィールド撮影用、小ぶりな筐体、ペンタプリズム、絞りとシャッター速度のダイヤルがそれぞれ前後にあるもの、連写速度などが第一条件のような気がする。探せば他にも必要事項があるのかも……(急には思いつかない)。
 まとめよう。今回の本にまつわる所感でカメラへの愛着が思い出せたことを嬉しく思う。時を経て、この本を再び開いて感じたのは、自分が手にした機材が一番いい機材だということ。再確認である。値段、機能、メーカーや機種も大切だが、それを買うために努力して、悩んで、やっと手にできたその喜びこそ、私としては機材の話で一番重要なことであると思う。きれいごとだって言われてもいい。みんな自分の機材をそうやって手に入れているのだから、喜びや幸せや愛着を忘れずに使ってあげるのが一番である。少なくとも私は本気でそう思っている。春になって、私の愛機はシャッター回数が多くなる。私も幸せを感じる。いいスパイラルではないだろうか。
 自分で言うのも何なのだが、たいした知識もない私ごときが、機材の話を書くと変な感じだ(申し訳なさも含めて)。ネットの世界には、私など太刀打ちのできないような、すごい「つわもの」がつくるサイトがごまんとある。細かな知識はそちらにお任せすることが大切である。あくまでこのブログの機材の話などはたわごとであり、夢想家の酔狂世迷言のようなものと思ってすぐに忘れてほしい(笑)。ではまた。

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写真展のお知らせ(今回は写真だけのシンプルな展示です)
お時間がある方、さくらの花のお好きな方はお越し下さい。
あとおにぎりせんべいに興味のある方もどうぞ!(笑)
土曜日のお昼前後はわたしも在廊する予定です(あくまで予定です。あと特に用事が無ければお声はおかけしません)。

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『木の花咲く、照り花揺る場所』
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39 私流とうきょうの花便り-植物園花色衣・早春編 [写真 自然]

 昨日雪が降った。真冬だ。そして「花便り」、今回は東京出張である(電車で横浜-東京は二十分強である。近い! 横浜市を北から南に移動すると二十分では着かない)。東京の小石川には植物園がある。ご存知東大の付属植物園である。この分園が日光市にもある。ここの本園、もともとは幕府の薬草園だったそうだ。そして青木昆陽がサツマイモの研究をした場所でも知られる。
 場所は地下鉄の茗荷谷駅や春日駅下車で行くことができる。神保町に職場があったころ、この先に部屋を借りていた。白山通りや春日通りなど、この横をたまに自転車でかすめていた。若かった(笑)。
 この植物園の梅園は立派なもので、紅白のウメの木が傾斜地の池の畔に林立している(ただし呼び名は「うめばやし」という)。どの程度江戸の街以前の自然を残しているのは知らないが、この植物園を一回りすると軽いハイキングをした程度の達成感と疲労感を感じる。自然の残された結構な規模の敷地面積があると思って良い。
 さて植物園の話を続けよう。ウメの花は素晴らしく沢山の品種が植えられている。わたしは園芸品種に詳しくないので、その辺は端折らせていただくが、古い建物や青空に映えるウメの花や木に愛着を感じた。その辺は写真を見ていただけば分かる。
 前回も取り上げた兄弟分のサクラについて、この植物園に茗荷谷駅から徒歩で向かうと播磨坂という桜並木の大通りを経由する。その中ほどに河津桜が一本だけあり、満開を迎えていた。その美しい花もアップしておきたい。
 また植物園の中央部奥にも大きなカンザクラがあり、それは旬を過ぎていたが、鮮やかなピンクの花が大きな房咲で出迎えてくれた。
 花自体はそれほど多い季節ではなかったが、スイセンなどは咲いていた。またフクジュソウも小さなつぼみをつけていたので、あと半月ほどで黄色の花を咲かせるのではないだろうか。そして椿である。今回撮ったのは白地に赤のマーブル模様のものだった。
 こう考えると、春もすぐそこまで来ているなという実感である。植物園の入場口からそのまま大きな道を進むと、舗装された道の終わりから、サクラの木が並木のように続いているので四月の初めのは、サクラ見物の人たちで賑わうことだろう。これらはソメイヨシノ系ということだ。またその手前、舗装された道の終点を右に曲がると、藤の木が多く植えられている。これもまた五月には多くの人たちに甘い香りを届ける場所になりそうだ。
 その先に今回写した夏みかんの木がある。植物園のものなので、そっと香りを愉しむ程度なら許されるだろう。
 本来はロウバイも美しかったようなのだが、ヒヨドリの食事なってしまい、今回はその美しい姿を見ることが出来なかった。時期的には一週間前がよかったようだ。
 一応、生涯学習のアドバイスとして、この植物園の展示エリアを挙げておきたい。薬園保存園、分類標本園、シダ園、ツツジ園、梅園、ソメイヨシノ林、針葉樹林園、萩園、クルミ科園、花菖蒲の池などがある。もちろん他にも挙げてはいないが、様々な植物が植生、栽培されている。園のほぼ中央部には売店もある。
 この植物園の温室は改修工事に入ってしまったため、今回は見ることが出来なかったが、新装オープンを愉しみにしたいと思う。
 早春のフクジュソウに会えたのが何よりもうれしかった。山野草ファンにとって、寒い時期、一番乗りのキンポウゲ科の黄色や白の花たちを見つけるといいことに出会えた気分になる(今回はつぼみだけど)。写真にはないが、この園ではフタリシズカにも出会えそうだ。フタリシズカは花よりも葉のほうが大きく、あまり花好きには人気がないが、山野草の雰囲気を持った草である。
 今回は前回に提示した通り、みどりの話を提供した。有言実行できた(つまらぬところで義理堅いとよく言われる・笑)。まだ早春ゆえ、咲いている花は少ないが、確実に春の温かさはそこまで来ている。あと少しだ。また近いうちに、横浜散歩の花たちも撮り歩きたいので、お暇があれば、このささやかなブログにお寄りいただきたい。

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満開の河津桜

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つぼみをつけたフクジュソウ

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園内のカンザクラ

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青空と紅梅

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椿


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夏ミカン

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旧東京医学校の建物と梅林

小石川植物園のHP
http://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/koishikawa/



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38 私流よこはまの花便り8-休息編- [写真 自然]

 久々に花を求めた散歩を再開することにした。最近のお伴の音楽はシーラ・ハルやアリソン・クラウスだ。春だからハルと言うわけでもないのだが、どちらも美声のブルーグラス系ということで、最近気に入っている。
 話は逸れるが、少し説明をいれる(たいした説明でもないし、さほど知りもしない)。ブルーグラスはアメリカのカントリーソング(独立ジャンルという場合もある)のジャンルのひとつである。日本ではそれほど有名なジャンルではない(好きな人はものすごく好きみたいなのだが、わたしはさわり聴く程度である)。アリソン・クラウスのカバーするマッカートニー作の「アイ・ウィル」に惚れてしまった。本家にも匹敵する出来だ。透き通るヴォーカルとスローテンポのアコースティックの雰囲気にとても癒やされる。ハルの「ベスト・バイ」は陽気な二拍子にフィドルが絡むディキシーランドジャズ風なのが楽しい。舞台や銀幕音楽に通じる部分もある。興味ある方はお試しあれ。
 ブルーグラス。大元のルーツは、十七から十九世紀のスコットランドやアイルランド、英国の民謡的フォークソングらしい。これは中世の居酒屋であるパブやイン(個人的には、この辺の文化史の方がまだ得意?)といった飲食店、村の広場、お祭りなどで居酒屋座付き楽団や旅楽団がバラッドに類するクラッシック音楽から庶民に降りてきた弦楽の音楽を歌い演奏したものという。のちにアメリカ移民たちはパーラーソングと呼ぶ。
 移民と一緒に十九世紀にそのスタイルがアメリカに渡り、カントリーフォークと結びついて現在の形になったそうだ。その中心だった人の故郷の地名とバンド名からブルーグラスというらしい。構成楽器は一般的には、フィドル(ヴァイオリンやその仲間)とコントラバス(ポピュラー音楽の時はウッドベースともいう)、バンジョー、マーチンギターD-28、マンドリン、ドブロなどで構成されている。楽器を見れば分かるが、コンプリートなアコースティックというわけで、音の造りだけなら一部クラッシックのトリオやカルテットに通じるものがある。ただしボーカルやバンジョーなどが入るので、印象はかなり違うものになる。角度を変えれば、ジャズの原型にも聞こえる(あくまでわたし個人の感想。音楽分野の知識に精通しているわけでもないので、あとは詳しそうな他人さまのブログやサイトで、乞うご確認)。
 また前置きがとても長くなった。本題に話を戻そう。さてそんなお伴をイヤホンで流しながら、横浜の街なかや山手の丘を散策である。
 梅の状況はまずまず。下の画像を見ていただくとわかる。ちなみに余談だが、伊勢山の桜の芽は、ほんの少し枝先が丸みを見せていたので、準備段階に入ったようだ。
 梅は桜と同様に「木の花(このはな)」と古来より呼ばれてきた。理由は簡単、木に咲く花だから同じカテゴリーだったようだ。現代の目線からいえば、見た目だけでなくバラ科サクラ属なのでそう考えるのも悪くない(ただ昔に博物学の図鑑的な種別分類などなかったけど)。
 だから記紀神話に見られる桜の化身であるコノハナノサクヤヒメノミコトは、マイナー説ではあるが、梅の花の化身とも言われることがある(一般には木の花=桜のほうが有力)。まあ、梅は天神さまや水戸の徳川光圀さまってイメージのほうが一般的である。
 主がなくとも必ず咲き誇れと梅の木に語り掛ける菅公の有名な和歌もあるくらいだし、偕楽園は三名園のひとつに挙がっている梅の名所だ。
 その後山手の尾根道に向かって珍しく汐汲坂を上がってみた。元町からフェリスホールの脇に出る小径だ。さすがに急こう配はゆっくり歩いた。その後ベーリックホール、元町公園を抜けて、港の見える丘公園までウォーキングをつづけた。……が、ベーリックホールも、港の見える丘公園も、バラ園もすべて整備の日でほとんど花がない。しかもむき出しの土が見えていて、植え替えを待っているような状態や水やりのために縦横無尽にホースが張り巡らさせていた。花たちにとっては休息日といったところだろう。また元気になった花たちを被写体にしようと、神社さんでいただいた節分豆をほおばりながら帰路に就いた。
 ここで初めて、なぜ今回の花散歩の前置きが長くなったかがお分かりになったかと思う。主題に沿った話題が少なくて提供できないからだ。また改めて、みどり満喫のお話を近いうちにお伝えできればと思っている。それまでポールやアリソンの「アイ・ウィル」を聴いて楽しむことにする。でも今聴いているのは、加羽沢美濃さんがピアノひとつで奏でる「花のワルツ」である(これがすごくいいんだ)。


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37 私的で勝手な十九世紀考(少し真面目なお話3) [自然 文学 歴史]

 ビクトリア朝の英国を舞台にしたテレビドラマといえば、「シャーロック・ホームズの冒険」が有名であり、初見で1980年代初頭、十代のころに、一部私も見た覚えがある。数年前にも再放送をしてくれたので、記憶に新しい方もいるかもしれない。
 私にとってシャーロック・ホームズは、やはりジェレミー・ブレットである。本当はコナン・ドイルの原作では「緋色の研究(緋色の習作)」が第一話と聞くが、この英国グラナダテレビのドラマは未収録なのだそうだ。「美しき自転車乗り」、「斑の紐」、「赤毛同盟(赤髪連盟)」などは謎解きでわくわくしたのを覚えている。斑のひもは蛇だった。赤毛の高報酬求人はアリバイのためだった(と思う。あとで見直してみよう・笑)。
 ロンドンのベーカー街にはこのドラマのセットによく似たホームズの下宿先が資料館のようになっている(今もあるのかな?)。221番地Bという住所は本当はなかったと聞いたことがある(記憶違いの可能性もあるのだが)。でも丸い番地のプレートが建物の外壁レンガに張り付けられて、この住所表示をしていた。
 ドラマの中、暖炉の前で新聞を読むワトソンとパイプを吸うホームズのおなじみの光景はわくわくするものだ。ハドソン夫人の愛情や持ってきてくれる食事などにも当時の生活がうかがえる。またお茶と一緒に運ばれるお菓子やサンドウィッチが、「英国だなあ」などと感じた。レストレイド警部なども登場して、みればいつもの登場人物が揃う。
 もうちょっと書くと金融街のシティが登場し、フランスでの国際事件解決、ホームズの兄が高級官僚だったり、シーズン終わりの最終回で、宿敵モリアーティとスイスで滝つぼに落ちたシーンは心に残る名場面と言えた(あやふやな記憶のため一部違っているときは、スミマセン)。こう振り返ると、探偵ものも結構好きだったのかな? 機会があればまたゆっくり見直してみよう。
 こうした十九世紀の生活は、以前にも述べた映画「マイフェアレディ」、「ミュージックマン」やフランス映画で最近ミニシアターで見た「画家モリゾ、マネの描いた美女 名画に隠された秘密(ベルト・モリゾ)」などにも描かれている。2006年公開の「ミス・ポター」も十九世紀後半から二十世紀初頭の物語だ。ちなみにモリゾは十九世紀フランス印象派の紅一点といわれることの多い画家である。印象派の相談役でもあり、兄貴分だった画家マネ。彼の弟と結婚した女性だ。実姉の夢を受け継ぎ女流画家として活躍した。ポターに関してはこのブログでは今更言うまでもない。
 ポール・マッカートニーの「No More Lonely Nights(ひとりぼっちのロンリーナイト)」のミュージック・ビデオに登場する回想シーンの舞台、衣装や馬車など、特定はできないが、この時代のように見えた(気がする)。自然散策とピクニックが流行したその光景が演じられているからだ。また彼は「ミュージックマン」の挿入歌「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」をアコーステックな軽音楽風にカバーしている。これもいいのだが、ミュージカルアレンジのチェノウェスの美声もいい(シャーリー・ジョーンズ世代のみなさんゴメンナサイ。でも演技はシャーリーのほうがいいというあちらの評論を目にしたことあります)。どっちも甲乙つけられない。
 馬車やガス灯、鶏のように腰が出っ張った女性のドレス、シルクハット、ステッキと石畳の街並み。この時代のパリもロンドンもまるで映画に見る世界だ。湿板・乾板写真も(後付けだが、ホームズを見直したら、第一話は「ボヘミアのスキャンダル」で暗箱カメラ時代の記念写真が事件の発端となっていた)、いろいろな物語に登場するロンドン-エジンバラーを結ぶ超特急「フライング・スコッツマン」も十九世紀の名物である。十八世紀に登場したキュー・ガーデンも、このころには名所のように登場する。スコットランド・ヤードの名称が使われたのもこのころからである。わが国では1853年にペリーさんが来航と世界が少しずつ互いを知るようになったころである。そして1868年の明治維新である。
 現在も激動の時代で、日進月歩、世界や科学が進歩したり、変化する時代なのだが、十九世紀もそれなりに世界や科学が進歩していた時代といえる。そういった意味ではあの当時の新しく登場するそれまでの常識を打ち破ったアイテムや国交、芸術は現代に通じるものがあるのではないだろうか?
 なんで今回はこんな番外編を書いたかというと、先日横浜のイギリスパブで、フィッシュ・アンド・チップスを食べたからかもしれない。スモールサイズにしたのだがとてもおいしかった。食い気からのインスパイアと、なんともあまり高尚でない終わり方をするが、私のレベルなど所詮こんな程度である(笑)。そしておじさんになると楽しみなど、これくらいしかないのだ(再笑)。次回は久々の「私流よこはまの花便り」と行こう。ではごきげんよう。

「シャーロックホームズの冒険」準公式ファンサイト?(やっぱり、調べるとあるんだなあ) http://jeremybrett.client.jp/index.html

モリゾの映画はこちらから http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1433928019129/pid_2.html

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36 夜景・夕景の話 [写真 自然]

 十月も中ごろを過ぎると空気中の水蒸気が少なくなる。要は乾燥してくる。お肌には十分なケアが必要なのだが、夜景を写すには適するシーズンが到来する。晴れの日が多くなる十二月にもなると、空気もめっきり凛として澄んだきれいな夜景が写せるようになる。これは二月ごろ、粉塵が舞い始める春先の手前まで同じコンディションが続くので、写真雑誌などではよく夜景シーズンと題する特集をこの時期に組んでいる。ちなみに二月の中旬以降は、私は早春の花を追いかけるべく、また山野草の撮影に戻る。早咲きのヤマブキソウや二輪草、梅、ロウバイなどを求めて動き出す。
 夜景に話を戻そう。東京なら東京駅や新宿の摩天楼なども美しい。タワーやスカイツリーもいい。もし東京タワーを写すなら、世界貿易センタービルがおすすめだ。暖かい室内で三脚も許された撮影スポットなのだ。意外に知られていないようだが、貿易センタービルではアマチュア写真家ウエルカムのアピールをしているのでいかがだろう。特にご年配の方におすすめだ。
 前回の予告通り、横浜の夜景について少し述べたい。これぞ横浜というなら、やはりみなとみらいである。大桟橋や象の鼻パークなどに三脚を立ててビル群を写す人も多い。わたしも好きな構図だ。ほかにも三塔、赤レンガ倉庫、山手の西洋館群、中華街などを夜景で写している人は多い。
 またマリンタワーやランドマークの展望フロアから、脚なしで窓際にうまく固定させ、NDフィルターをかぶせて、長時間露光で船の光跡を写す人もいる。これはうまくいくと格別で、緑川洋一の作品のようなものを撮っている人もいる(ご立派)。
 私は山手とみなとみらいに恋する身なので目下、その両者を撮ることが多い。とりわけ山手の港の見える丘公園から大桟橋方面を写したものが好きで、何度とってもあきない。カップルのみなさんの邪魔にならぬよう、短時間だけお邪魔させていただく。今回はそれをアップしておく。マリンタワーと大桟橋が一緒に入る構図がお気に入りだ。
 今回も三脚を担いで、山手の尾根道を歩いたのだが、途中のエリスマン邸の電飾が今シーズンは美しかったので一枚出しておく。また今回の山手西洋館キャンドルナイトは三脚を出している人が少なかった(相変わらず人出は多かった)。なぜかと思ったら外交官の家がお化粧直しの最中で、キャンドルと西洋館を重ねて構図におさめられないためだった(なるほど)。
 また以前の夕景薄暮のベーリックホール(これお気に入りの時間帯のショット)、山下公園からのみなとみらいも出しておこう。これら半分は撮りためた中からのもので、今シーズンのものだけではない。そういう意味では貴重な昔のマリンタワーの夜景も載せておく。ちょうどクリスマスの日の撮影だ。ここでひとつ、役立つお話をお伝えすると、デジタルになってWBのタングステンモード(白熱灯モードでもいける時があるっぽい。あとは3200Kとか2800Kとかマニュアルで合わせてください)のついているデジカメで薄暮の瞬間を撮ると、いい藍色の空が手に入るときがある。もし興味がある方はお試しあれ(ただし機種により出ないかもしれないが、そこは上手に調整してみてほしい。レタッチとはまた違うやりがいのある楽しみだ。何度やっても、全部真っ青になって失敗したときは、縁がなかったと素直にあきらめて普通に撮ろう)。そして新年らしく、富士の夕景も入れておくことにした。そんなわけで今年もよろしく。いい年にしよう。

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告知していた写真展の詳細がすこしできたのでわかる範囲でお知らせしたい。わかり次第更なる詳細もこのブログでお伝えしていく。昨年、植物園の花の写真展でお世話になった場所だ。今回はサクラをテーマにしている。
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定休 月曜日と第四日曜日
時間 火曜-金曜 7:30-10:00 11:30-16:00
    土日祝   12:00-18:00

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35 三重の話 [世間話 イベント]

 前々から一度話題にしたかった三重のお話し。私の三重県ぶらぶら旅の多くは津、松阪、桑名と伊勢である。
 とりわけ桑名では、地口の類っぽい「そいつは桑名の焼き蛤」って言葉通り、本当に焼き蛤が食べられるのかと気になって、急きょ快速みえ号を降りた。駅から歩道橋でつながっている商業ビルの中に観光案内所があって、そこで紹介された焼き蛤を食べられる店に行った。地元でも人気のレストラン兼和食屋で上品なつくりだが、そんなに高級店というわけでもなく、庶民の私でも入れた。当時は機材が重かったので大きなキャリーバッグを引きずっての来店に、「これ全部カメラですか?」と仲居さんに驚かれたのを覚えている。
「本当に桑名は焼き蛤が食べられるのかを知りたくておりました」というと、「面白いですね。食べられますよ。東京の人ですね」と私の言葉のアクセントが地元ではないことにすぐに気づいたように笑顔で答えてくれた。正直本当においしいお店だった。
 津ではウナギが名物なのでそれを求めて入る。津のウナギは庶民的な食堂スタイルのウナギ屋さんで廉価で食べられるのが気に入った。
 この町では三、四回ほど駅近隣のビジネスホテルに泊まったことがある。駅ビルがローマ字の津、つまり「TSU」をさかさまにした「UST」という冗談のようなネーミングがうけた。地味な県なのにジョークは一流なのかとひとり笑った記憶がある。そこの地下の百円ショップには何度かお世話になった。立ち食い駅そばの感覚でチェーンの牛丼屋が駅舎にあるのも驚いた。町から少し離れた郊外にあるイオンまで歩いたこともある。
 松阪は伊勢市と同じくらい拠点にしている。宿にしていたビジネスホテルが駅前にある。松阪から伊勢市までの鉄道の車窓風景が好きだ。近鉄もJRもどちらもいい。きれいな川の鉄橋や稲穂の実りを味わえたり、遠くの山並みが美しかったりする。そして本居宣長の記念館や旧商家の保存建築に何度か足を運んだ。記念館は石垣を抜けて高台にある緑豊かな場所でいいところだ。残念なのは機会がなくて、松阪牛は現地で一度も食したことがない。どこに行けばあるのかも実は知らない(笑)。
 伊勢市に関しては、ここで私が言わなくても、十分知られている。おかげ横丁や内宮さんの参道であるおはらい町、外宮さんの参道周辺の伊勢市駅前などの商店の数々。赤福さんはもちろんだが、フルーティな清酒おかげさまさん、ヒノキの桝でカウンター飲みをできる白鷹酒造さん、お土産やお食事の岩戸屋さん、内宮広場に面したバス待ちに便利な勢乃国屋さん、有名和菓子の神代餅さん、二見の名物御福餅さん、ういろの伊勢虎屋さん、糀屋の黒蜜プリン(食べ物ばかりだが、そんなに頻繁には入らない。いくたびごと順番に一、二店お邪魔する程度である)。赤福は季節のしおりカード欲しさにお伺いしている(もちろんおいしいからでもある)。盆という注文方法が面白い。
 そしてなんといってもおかげ横丁の土産物店ではとても大きなおにぎりせんべいが、伊勢限定で買うことができるらしい。おかげ横丁の中にある劇場前の土産物店にあるそうだ。わたしもまだ確認をしていない。現物はマスヤの方におにぎりサミットのときにいただいた。
 河崎の街並みが散歩にはまたいい。古民家カフェなどもあり、ノスタルジックな雰囲気を味わえる。木造家屋の香りの中で散歩を楽しむのが格別だ。伊勢市や宇治山田の駅前から徒歩で行けるのもいい。
「おいないな」や「よいとこせ」などの言葉も初めて訪れたときは、とても新鮮だった。いまでもたまに聴くと関西弁でもなく、東海地区とも少し違う独特の雰囲気がある言葉だ。田舎あられのお茶漬けや宮川のアユなど他にも紹介すべきことはたくさんあるのだろうが、この文章を見て、読んで、興味を持った方はガイドブックを読んでみてほしい。別に昔の彼女の名前がミエさんでもなければ、三重県出身でもない私だが、お気に入りの場所である。行けばそれなりに素朴な田舎の良さや風情が味わえる旅になる。三重だけに二重マルを超えて「さんじゅうマル」の旅であろう(ダジャレでスミマセン)。
 おにぎりせんべい大使になったこともあって、今回は私の三重県所感をテーマにして思い出話をした。写真はかつて三重で撮影したものを引っ張り出してみた。三重県、おすすめだ。年明けの次回は横浜の夜景の総集編をお届けしたい。いつものごとく、気力が続いていればの話なのだが……(笑)。ではみなさんよいお年を。

再整備できれいになった伊勢市駅前
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近鉄名古屋駅の掲示板
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川曳きの様子(五十鈴川)
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陸曳きの様子(おはらい町)
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赤福ぜんざい
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やっぱりおにぎりせんべいでしょう!
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34 私流よこはまの花便り7 -紅葉編- [写真 自然]

 横浜は街を歩いていると気づくのだが、イチョウが多い。海岸通りから山下公園通り、日本大通り、バス通りの桜木町から本牧に向かう本町通りなどはみなイチョウ並木だ。昔、日本大通りが歩行者専用の通りだったころは、イチョウの木々をバックに、テニス(スカッシュだったかなあ?)をやる人が多かった。広い通りなのでちょうどよかったのだろう。ラケットやフリスビーの貸出業者の小屋もあったと思う。バブル前ののどかな時代の話だ。
 なかでも日本大通りのイチョウはひときわ立派なものだ。今回は旬を逃してしまい、すべてが黄金色の並木を撮影することはできなかったが、神奈川県庁とイチョウのショットや山下公園通りのイチョウとマリンタワーなどが撮影出来た。晴天にも恵まれ、ようやく撮影日和と出会えた。
 相変わらず、いつも通りに、歩道に落ちた銀杏(ぎんなん)の実をバキバキと踏みしめながら歩かせていただいた。もう少しすると、銀杏は果肉の部分が干からびて、中の食用にする殻が取りやすくなる。すると年配の方たちが、頃合いを知っているようで拾いにやってくる。「落穂拾い」ではなく「落ち銀杏拾い」の光景が街なかのここかしこでみられるようになる。
 今回は山下公園の氷川丸の前にあるバラ園に多くのバラが咲いているのに驚きだった。まあ、冬でも咲く品種もあるのは知っているのだが、晩秋の横浜であれだけ開花が多いと壮観である。
 その後脚力増進のため(?)、いつものように山手の尾根道を歩いてきたのだが、途中でいただいたパンフレット(チラシ?)には、西洋館恒例の世界のクリスマスという展示とイルミネーション点灯のお知らせが載っていた。楽しそうだ。
 一方桜木町のアーケード内では、チャイコフスキーをテーマにしたクリスマス展示も行われているようだ。あそこのツリーもきれいで、ドックガーデンの夜景と合わせて、昔はよく撮りに行った。
 夜景のきれいなシーズンである。横浜市内の各所は本当にイルミネーションでいっぱいになり、宝石や星空のようである。ロマンチックな冬の夜を素敵なお相手と見に行ってはいかがだろう。
 そして利発なカップルのみなさんには、ぜひO・ヘンリーの『賢者の贈り物』のようなお互いをいたわりあうことができるカップルになっていただきたい。老婆心。
 そんな多くの恋人たちがロマンチックな夜を迎えているそのころ、私はカメラを片手に、一人夢中になって、そしてまた場合によっては一脚、あるいは三脚を携えて、大桟橋や山下公園、三塔など、いろいろな場所をうろちょろしているかもしれない。時にレンズを変え、時にiso感度を考え、はたまた手もみカイロで温みながら夜景を写している。「頼みもしないのに、ごくろうなことで……」というねぎらいの意味ではないと思われるねぎらいの言葉をいただける予感がする(笑)。
 そんなわけでこの秋最後のイチョウや紅葉を写真でご覧いただきたい。今回はなぜか縦位置が多いが気にしないでほしい。そして青空を堪能してほしい。私の作品意図に青空は主要なテーマの一つである。ではメリー・クリスマス!

横浜公園の日本庭園にある木々の紅葉
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日本大通りのイチョウ
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日本大通りのイチョウと神奈川県庁(キングの塔)
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山下公園のバラ園と氷川丸
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マリンタワーと公園通りのイチョウ並木
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ブラフ18番館と庭のイチョウ
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33 イベントの話-馬車道を馬車がいく [世間話 イベント]

 各地のイベントやお祭りの写真をお撮りになる方は、わたしも含めて多いと思う。とりわけ十九世紀西欧ファンと記紀神話ファンのわたしにとって、横浜のいくつかのまつりはちょっとした和洋折衷の興味深いイベントだ。
 先頃訪問した馬車道まつりはまるで印象派やロマン派の絵画の世界が再現されているようで、見ていて楽しい。絵画作品を鑑賞する際には、当時の乗り物、日用品、衣装や装飾品、装備品などを知ることで、絵画の鑑賞や解釈のうえで、理解するのに役立つこともたまにある。ちょっとした発見に繋がれば、イベント見学も意義のある学習行為だ。
 時期を同じくして、最近、十九世紀のクラッシック音楽の作品も鑑賞できたので満足である。心が満たされるというのもありがたい。もともと大好きな曲である「ラ・カンパネラ(カンパネッラ)」を改めて気に入ったこの秋である。他にもリストといえば「エステ荘」など町や景色、情景を感じさせる美しい曲をたくさん持つ。クラッシック音楽に関して、私はただ音楽を聴くだけの人なので、曲や作曲家の背景やいきさつなどは知らない。
 彼は一般に文学や絵画と結びつく標題音楽の代表格に挙げられる。これについての詳しい内容は知らない。でもベルリオーズやリストに感謝(笑)。
 話を戻そう。この日は朝から馬車が馬車道を何往復もするし、英語で「リックシャ」と言われる人力車も登場する。さながら明治や幕末の横浜の町の社会を小さいながらも再現している。そして神奈川県立歴史博物館のゆるキャラマスコットも登場して練り歩き、その両脇には露店やメリーゴーランドも並ぶ。
 歴史的にも意義のある神社などのお祭りはよくお邪魔するのだが、この手のパレード系街頭イベントで、複数回訪問した記憶があるのは、鎌倉まつりとこの馬車道まつりくらいである。しかし馬車道まつりの詳しい経緯は知らない。通りの名については、横浜の居留地や船着き場と日本人の住む街を往来する西洋人の馬車が行き交ったことで、馬車道という名が残っている。もちろん現在は自動車が走る道で、馬車など走らない。
 根岸森林公園の一角にはJRAの馬の博物館もあるので、なにかと馬に縁があるのだろう。ちなみにわたしはその博物館内にお邪魔したことはない。近くにある遺構として残る根岸の競馬場跡を撮影したことはある。立ち入りが許されていないため、いまは外観しか味わえないが、当時は洋風のステキな建物であったことがうかがえる。それこそ映画『マイ・フェアレディ』の世界であろう。
 今回のもうひとつの話題は、イベントという意味では、こちらもイベントの一つである。実はこの度、三重県伊勢市にあるマスヤという菓子食品会社のイベントで「おにぎりせんべい大使」に就任させていただいた(希望者の中から抽選で選んでもらっただけのことで、ありがたいお話ではあるが、たいそうなお話ではないので勘違いしないように)。
 スーパーなどでお見かけになったこともおありだろうが、マスコットキャラクターのおにぎり坊やでおなじみのスナック菓子が主力の庶民的なヒット商品を作る会社である。もう少し説明すると、伊勢神宮内宮の参道であるおはらい町の通りで、江戸の頃より名物みやげとして知られてる『赤福餅』を売る有名なお店、赤福の関連会社である。
 昨年、おにぎりサミットという同社のイベントに参加させていただいて以来、「おにぎり倶楽部」というファンクラブ(?)を通してのお付き合いなのだ。三重県フリークのわたしにとっては、洒落や座興の類とはいえ、嬉しいお役目である。ウェブの片隅などを使ってPRを展開することもあるので以後お見知りおきを。
 私流なおにぎりせんべいの食べ方としては、松阪にある伊勢フーズの海苔の佃煮をおにぎりせんべいの上に少しのせて、ちびちびと白鷹を流し込む。あるいはスコッチでクリームチーズをのせたおにぎりせんべいというのもありだ。
 商品のために、販売イベントもやっているようで、可愛いマスコット(最近はゆるキャラともいう)、おにぎり坊やが街頭に出て販売することもあるらしい。目にした方は一緒に写真でもとられてはどうだろう。
 ただし、中部、東海地区が圧倒的に多いらしく、関東地区でおにぎり坊やを見られるのは希だと前回のサミットでうかがっている。どうやら関西と中部地区では生活に密着したおやつなのだということらしい。関東地方や東北地方ではまだまだこれからの認知度アップらしい。わたしも余暇を使って、遊びの一環として大使の役目を行っていくつもりである(笑)。簡単な大使としての名刺も作ってもらえるらしいので、知人の方でその名刺が欲しい方は、わたしと会ったときはリクエストして欲しい。ぜひ差し上げよう(わたしの名刺など欲しい人はいないような気もするが・笑)
 そんなわけで、ゆるキャライベントの握手撮影会というのはわたしはあまりいかないのだが、愉しめる要素が満載と言うことも、昨年のサミットを通して理解出来た。自分で撮影するも良し、お目当てのイベントでゆるキャラといっしょに撮影してもらうも良し、写真は記録媒体としての役目もあるが、記憶媒体(=思い出)でもあるので、楽しみを味わう道具でもある。
 最後に伊勢と横浜の共通話題を提供すると、先ごろの式年遷宮で立て替えのすんだ伊勢神宮の以前のご正宮の建物はなんと横浜に来ることになっているという話だ。サクラのお伊勢さま、伊勢山皇大神宮の神さまがお使いになるらしい。かつて訪れたことのある建物と、こんな身近で再会出来るかも知れないのだ。これで両者を繋ぐまとめ話として、お話のいい落としどころになった。なので今回はこれで失礼する。-ジョワイユー ノエル- よいクリスマスを。


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クラッシックスタイルの馬車
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ボックスタイプの馬車

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森林公園にある競馬場の遺構
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おにぎり坊や
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ハマのお伊勢さん(桜のころ)
 

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32 帰ってきた写真ギャラリーめぐり-横浜の百貨店ギャラリー [写真 自然]

 予告通り横浜の話をしよう。しかし今回は山手でも山下公園でもない。つまり、桜木町や石川町界隈ではなく、巨大ターミナル駅、横浜駅界隈の話だ。
 横浜駅前にはバラの包みの百貨店がある。「ヨコタカ」の愛称で知られている。その百貨店の催し物会場で、北海道物産展の美味しそうなにおいをかきわけながら、着いた先が今回の話題である。
 シロクマの親子の遠望する姿を写した微笑ましい姿がチラシやポスターになっている。そう星野道夫の特別展である。
 個別的には、それほど詳しくは知らないが、わたしの知識の中では星野道夫という写真家は、たぐいまれにみる「知的なつわもの」というイメージだ。もし生まれていたのが古い時代なら、深田久弥や小島鳥水のような自然文筆家の仲間入りをしていそうな人物である。現代に生まれたために、野生の生態系や自然観察を写真におさめる職業についたようにも思う(あくまで個人的な所感である)。
 この写真家は育ちも良くて、秀才肌、それでもってワイルドな特性を持つ。しかも優しそうな顔立ちに、女性だけでなく、同性の私たちにも親しみやすそうに見える風貌だ。動物の生態を学ぶためにアメリカに渡って学校に行くなどの努力の人でもある。作品だけを見ていたら、そんな興味深い「人となり」を忘れてしまいそうだ。
 最近のテレビ番組では彼の著書である『旅をする木』についてのエピソードを教えてもらった。とある古書店で売られていた、タイトルの「木」の字に、ペンで一本棒を書き足された一冊のこの本。『旅をする本』とタイトルがなっていて、実際にその一冊が探検家の懐を何度も渡り歩いているという。現代版わらしべ長者のようなお話だった。
 この写真展では様々な作品がいくつかのジャンルに分かれて展示されていた。星野の人物を被写体にした作品なども貴重なもので興味深い。中でも、私が「いいなあ」と思ったのは、スライドフィルムの作品だった。アザラシやリスが時系列におさめられた作品のフィルム。それが、後ろからライトを当てられて見ることができるようになっていた。その構図と味わいが、説明しようもない「いいなあ」という感想になったのである。
 写真の他には愛用品の数々も展示されていて、カメラファンには懐かしい旧大井町のFE(FMの兄弟分で電子制御のAE化したもの)や、ブロ二ーフィルムの最大面積を使用する旧板橋の6x7も展示してあった(そりゃ情報量が多い=面積が広いのだからきれいな作品で残っているわけだ)。それらであのクジラや鳥の一瞬を切り取っているのかと思うと、お勉強だけではなくて写真の腕も最高に確かな人だと納得した。
 自然を写す人たちは、やはり写真の知識と同様に被写体の知識にも精通している人が多い。星野道夫もそういった天才肌で、かつ努力家の人だったのだろう。写真展のほうはまだ始まったばかり、今月末の日曜日までやっているようだ(2016年10月30日で終了)。お時間のある方、興味のある方はのぞいてみてはいかがだろう。会場の周りは北海道物産展で、サケやイクラ、昆布、チョコレート、乳製品、あずきがわんさかあった。そっちもいける口の人はなおどうぞ(当たり前だが、私は「ヨコタカ」とは一切無関係の人である・笑)。
 帰りにランドマークタワーの展望フロアに行ってきたので、そこから撮ったものを数枚お披露目しておこう。なんか前回から高層ビルが続いているが、たまたまのことである。「サルとなんとかは高いところが好き?」。いやいや、私は平坦な場所が好きだ(笑)。ランドマークから山下公園や赤レンガを見るとこんな景色である。ではまた。

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