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49 歴史とお酒と芸術と(少し真面目なお話4) [少し真面目なお話]

  今回は「少し真面目なお話」という共通タイトルを用いたが、どちらかと言えば、ためになるお話に近いかも知れない。
 イギリスの歴史を王権的に大ざっぱにまとめると、意見も様々あることだろうが、わたしは自分の覚えやすい方法として、①ローマ支配(ハドリアヌスの長城の頃) ②六世紀ごろからのヘプタ―キー時代(アングロサクソン七王国) ③十世紀前後のデーン王朝 ④十一世紀以後のノルマン朝統一国家としてのイングランド成立(1066ー1154) ⑤その後の六王朝と考えている。六王朝とはプランタジネット朝(1154ー1399)・ランカスター朝(1399ー1461)・ヨーク朝(1461ー85)・テューダー朝(1485ー1603)・ステュアート朝(1603・英(1371・蘇)ー1714)・ハノーバー朝(1714ー現)である。そしてハノーバー朝をハノーバー朝・サクスゴバーグ朝・ウィンザー朝の三家に分ける人もいる。もうひとつ重要年号は1707年ステュアート朝時代に、スコットランド(蘇)、北アイルランドとの連合により、以降、グレートブリテン連合王国と称したこと。
 いつもは文化・美術様式論の時代区分を使うので久々の王朝での時代区分だ。たまに見直すと新鮮だ。英国史は王朝史が通史で成立するので、すっきりして気持ちいい。立憲君主国ならではの様相だ。この辺は学生時代、英国史の先生が好きだったのもあり、図書館などで、山川出版社の通史、何冊も借りて読んでいた(時を経て随分知識は抜け落ちているけど・笑)。
 ついでに付加事項として、面白いことに、有名な王家の最後は有名な女王で締めくくられることも多い。テューダー朝の最後はエリザベス一世、スチュアート朝の最後はアン女王、三分割したうちのハノーヴァー朝ではヴィクトリア女王なのである。
 なにも今回はこんな歴史の勉強をしたいわけではなく、もっと気楽なお話、パブについて語ろうと思っている。「じゃあ、はやく本題に入りなさいよ」と言われそうだが、基本が大事(笑)。ついでに自分の記憶確認、見直しも含めて(笑)。
 イギリスのタウン(町)の成立条件。ここでいう町とは有名なバラーのことではない。歴史の教科書では五城市と訳されるファイブバラーに代表される城塞都市のバラーを思い浮かべがちだが、それよりも後のもっと小さな集落単位の話で話を進める。したがってタウンでいいのである。
 それは三つの公的な建造物があって初めて町としての認識がされるとおっしゃる人もいる。教会と小学校とパブという三要素だ(これあくまで民間認識らしい)。大陸ヨーロッパ(一般にコンチネンタルなんていいます)では、教会を中心に集落は整うと世界史の中でも教わってきたはずである。ところが島国イギリスはそこに二つのおまけが付いているようだ。
 そもそもパブって居酒屋でしょう? とおっしゃる人が多い。実際普通にそう訳されている。一般には一六六九年頃からパブは社会的に認められたとする見解。それまでは「エール・ハウス」、「タヴァーン」、「イン」、そして「ホスピス」という目的別の飲食や宿泊施設に分かれていた。
 少し説明を入れると、エールは今でもビールのことを指すのは知られている。イギリスのパブでエールというと、生ぬるい樽ビールを出してくれるパブが多かったという。冷やす文化がないのかもしれない(最近は冷えたのもあると聞く。ただ詳しくは知らないが、聞きかじりで言うと、エール(ale)自体はイギリス特有の上面発酵の常温酵母を用いる醸造過程である特性上、冷やすと味が変わってしまうのかも知れないとも考えられる)。そのビールを飲めるところ(ハウス)なのでエール・ハウスだ。
 タヴァーンは居酒屋料亭。インは日本でも結構有名だ。旅人のための宿泊可能な居酒屋である。最後ホスピスは巡礼接待宿である。辞書には「ホスピタル(医療施設)」の語源とも書いてある。
 ホスピスは大聖堂などの巡礼対象の教会がある町に多いようだ。宿坊などと訳されていることもある。四国のお遍路さんに宿を提供したあの文化に少し似ているという人もいる。
 これらの四要素が十七世紀頃から集められたのがパブ、つまりパブリックハウスだ。だから生い立ちは何にでも利用出来るコンビニエンスホールといっていい。地域の集会所を兼ねていたのでこの名がある。江戸時代に、集落の鎮守さまで集った寄り合いにも似ている。「パブリックハウス」なのに「居酒屋」、名称とその意義的役割が時間とともに分離してしまった恰好の例とも言える。
 つまり日常普通に、私たちの目にふれる訳語として新聞や本に出てくる日本語でいくと、「なんで居酒屋なのに、パブリックハウス(公共家屋)?」って思うのが普通だ。公共の施設なら、わたしの考察対象である生涯学習のギャラリーや図書館、音楽ホール、公民館などと同じになる。実は先に言うと、全部というわけではないのだが、結構重なる部分が多い。やはり大昔には、社会構造が分業化されていなかったので、こんな感じで兼業が多かったのだと思う。
 当時の出生届を受ける戸籍係は教会である。つまり現在の役場の仕事だ。小学校も教会の聖職者が先生を兼ねることもあったろう。そして地域の集会場としてのパブリックハウスがもともとの役割の一つだったらしい。だから教会の付属機関としての小学校とパブと考えても、その運用面から言えば、あながち外れというわけでもないわけだ。
 その教会の聖職者が、ここで飲食をしたり、説法をしたり、市井の歌を歌ったりもしたという。日本風に考えれば、ここでお直会をいただいたり、法事後の飲食をしたりって感じだろう。神聖な聖堂では出来ないことを、こちらの場所が代役を請け負ったと考えるのが妥当だ。
 また村や町の掟を作る小さな行政や立法、自治体の役割を話し合ったのもパブなのだ。お酒を飲みながら町内会や商店街的なノリで、自治組織の仕事をやっちゃう辺りが昔話の世界だなと思う。
 そしてこれらのインやパブには、ごく小規模な学芸会レベルの座付きの劇団や楽団を持っているところもあった。つまり一部のパブでは、小規模なコンサートホールや演芸場の役割もしていたらしい。反復になるが、社会的分業が成り立つ前の時代なので何でもありの時代の話である。この辺りの楽団ことは、以前ブルーグラスのお話の時に、ちょっとだけ触れた。
 意匠(デザイン)を扱う分野としては、わたしはいつもブログでは、絵画の様式や作画思想で分類する美術様式論を出すのだが、コインのデザイン画とインの看板である紋章、そしてタペストリーなどの布地の織り目や編み目のデザインだけは、いわゆる今日で言う画家の絵画作品に当てはめるような美術様式としての様式論で当てはめることが出来ない絵なのである(わたしは内容を知らないが、別のタイプの様式論をもって研究している人はいらっしゃる)。
 要は系統学的な検証をしてサンプルの比較をするのである。それによって出所が分かるという気の遠くなる検証作業をするらしい(拍手)。例えとしては、田舎に行くと機織りやさんは、その集落でそれぞれの家系に代々伝わる独特の生地模様のサンプルをなん百年分も持っていたりする。その布の生地模様で服を作るので、分かる人が服の生地模様を見れば、どこの家の人かが分かるそうだ。また日本でも愛用者の多いフィッシャーマンズ・セーター(マン島付近の漁師が着ている)の鎖模様も、その網目模様を考古学資料などと照らし合わせた結果、その起源はケルト文化にたどり着くという人もいる。文様学という分野があるとすれば、そういう言い方もできるが、そんな調査方法があるのかどうかは知らない。
 さて前置きに随分かかったが、実は、パブの看板は王侯の似顔絵も多いのだが、紋章も多い(この辺りのことは森護さんの著書をあたるといい)。詳しいことは知らないが、イギリスには紋章院という紋章の登録をする役所が中世からずっと存在しているらしい。そしていまもあるらしい。日本人の私たちからすると家紋や印鑑登録の類かな? と思ってしまうのだが、当たらずと遠からずといったところだろうと個人的には思っている。そういえばわたしの好きなスコッチウイスキーのラベルも紋章が入っている。現王朝の紋章はライオンが三匹横に並んだ図案が印象的だ。
 現在のパブには勿論エールもあるし、フィッシュアンドチップスもあるし、マカロンもサンドウィッチだってある。ローストビーフをおいているのを見たこともある。スコッチウイスキーやワインも飲めるし、伝統的な紅茶(ブラックティー)だって飲める。
 スコッチウイスキーについて少し加筆すると、十八世紀の中盤以降できたもので、ワインより安くてオイシイと言うことでハイランドで広まっていったという。でもいまは結構なお値段するものも多い。泥炭で麦芽を乾燥させるときの薫臭、スモーキーフレーバーのモルト使用、楢の木材で作られたシェリー酒の酒樽での熟成により、味と香りが生成されるらしい。まあ十九世紀に市民権を得たお酒と言うことである。もし飲むときにはチェイサーを注文、傍らに置くこと事を忘れずに。結構強いお酒だ。
 いつぞやこのブログでも書いた『シャーロックホームズの冒険』の犯人捜しで、度々ホームズは村のパブで情報収集をしているシーンもあった。そう伝統的な社交場というのがこの施設の位置づけなのである。
 以上のように、パブは、中世から近世の十七世紀ごろに公認されて、十八から十九世紀には生活の中心になった施設なのである。諸説ある細かな部分は、素人ゆえに大目に見ていただきたい。まあ大ざっぱな流れは外してはいないと思うので。ただ、いつものごとく思うだけだ(笑)。そう高貴な方はサロン談義、一般民衆はパブ談義といったところだろう。
 近世から近代の英国文化。ナショナルトラストも、キャロルやバリー、ポターに代表される童話、推理小説ホームズの生きた舞台設定の時代、そしてパブが華やかに文化の中で中心的役割だった時代、これらが時代を象徴する文化の一部ということになる。
「少し真面目なお話」のシリーズの四編では、これらにまつわることを少しだけご紹介できた。不出来なわたしの案内なので、わかりにくいところもあったが、その辺はご愛敬ということで、ご勘弁願いたい。いずれこの四編の話の内容は、堅い文章に練り直して、資料との検証をしながら、紡ぎ直すつもりである。その時はリニューアルしたブログでお披露目でもしたい。わたしなりに、歴史と文学が織りなす世界が楽しくなればと思っている。いつになるかは未定である。♪『サムディ』である。歴史愛好家の暇つぶし文章に長々とお付き合い下さり感謝である。次回はお知らせを中心に横浜山手の楽しみ方をご案内しよう。今回は六月が忙しくて更新できなかった分、先月分も含めて三連続で更新した。
 最後に個人的なイギリスの思い出を二三挙げよう。もう随分前になる(おおよそ二十年も前だ)。まず青空の中でリバプールのライムストリート駅の高台に立った時の風景。爽快だった。リュック一つで歩き回った。いまでも鮮明に覚えている。次に地下鉄の駅から階段を上がった時に見えた大英博物館の建物も印象的だった(この時は曇りだった。まあロンドンはその方がロンドンらしいと皆が言う)。そしてもうひとつが当時ピカデリーサーカスの地下にあった日本語書籍の本屋さんのよこで売っていた日本と同じパック詰めのおいしいほかほかのお弁当(笑)、これらがわたしのイギリスの思い出である。最後のは、いらなかった……かな? (笑)



今回は約二十年前のロンドンとリバプールの写真である。フィルムおこしなのでラチチュードやかぶりの特性で少々アンニュイな画像にみえるが、これも時代ものであるのでご容赦願いたい。②のビッグベンは今この角度で撮ると後ろに観覧車が見えるようだ。

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48 私流よこはまの花便り13-夏の青空と西洋館めぐり- [写真 自然]

 今回はタイトルからして、このブログにどストライクの記事である。植物園と横浜の公園を回るのがわたしのブログの使命のようになっているのも面白い(笑)。しかもわたしの好きな青空である。
 今回は写真関連なので昨今の事情で気になったことをひとつ挙げてみたい。かつて、わたしの過去のこのブログでも、よく当たり前のように旧大井町と旧下丸子などといって、カメラ業界を引っ張ってきたCN両社を挙げてきた。ところがぼちぼちその勢力図が、雑誌を見ると変化を始めている。全部の雑誌というわけでないのだが、CNSの三社を業界のリーダー的に扱うところが出てきた。言わずもがな、トリニトロンカラーでかつてのテレビ業界を引っ張ってきたソニーだ。もっというと、このブログ長屋の大家さんだ(笑)。この傾向はいずれ全ての雑誌や新聞で見るようになるのか要注目課題である。まあ、三位の座はフィルムの時代から前身のミノルタとペンタックスで争っていたのだが、完全にニコン、キャノンに食い込んだのだとしたら、ソニーのブランド力は本物だということなのかな? もともと映像に強い会社というのも功を奏している。いずれにせよ、今後が楽しみなカメラ業界である。
 さて話を戻そう。山手の尾根道、久々の夏の青空に出会えた。しかも夏の、どピーカンである(※ピーカンは露出アンダーの心配もなさそうな晴天のこと)。この天気で大口径レンズを絞った画なので、かりっとしたメリハリのあるさわやかな青空の作品となった。これがわたしの求める作品のコンディションである。お日さまと青空が風景を美しくしてくれるのだ。例外はヒマワリの写真で、これだけは開放気味f5.6である。詳しい人は背景のボケ具合や水色がかった空でも分かるかと思う。
 今回はなぜか大滝詠一『青空のように』を聴いて、口ずさみながら回らせてもらった。こんな日はのんきで、ほのぼのした優しい歌が良かったんだろう。三ツ矢サイダーがあれば完璧だ(笑・これ分かる人は結構な通である)。天然色の空とバラの花、そしてイギリス館、性懲りも無くまた撮ってしまった。しかも今回は平日だったおかげで、人も少ないので、自由にアングルを変え、魅力的なバラ園とイギリス館をおさめることが出来たと自負している。自己満足のショット多数アリ(笑)。
 蝉の鳴く中、アオスジアゲハの舞う中で、夏の青空の111番館もおさめた。ここはわたしが撮影していると、結構な頻度でウエディングドレスを着た新郎新婦(ドレスを着ているのは新婦だけ・笑)が撮影をしている。モデルさんの時もあれば、本当のカップルの時もある。今回はどちらだったかは知らないがまた出くわした。エルガーの「愛の挨拶」をBGMに「仲良きことは美しきことかな」ってな具合で、言葉を贈ろう(本物のカップルだったらだが)。武者小路実篤の言葉をお借りしてみた。
 その後岩崎ミュージアムのゲーテ座や十番館のレストラン、山手聖公会、べーリック・ホール、山手資料館なども夏の青空で写す。これらも青空とのマッチングが良い感じ。暑い日中ということを除けば、こちらの気分も最高である。木陰にある空の入りにくいエリスマン邸と234番館は木漏れ日のお姿。これはこれでイイかなと思う。ここにルノアールがいたら、『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』のような木漏れ日の作品が描けたかも知れない。
 その後山手公園に行ってみた。すると山手公園のテニス発祥記念館と旧68番館のテニスクラブ棟はお化粧直しで九月まで工事状態の中である。
「こんなこともあるさ」と気を取り直してイタリア山庭園へいく。外交官の家、十八番館を撮影して、さらに十八番館の庭先のヒマワリが気に入ったのでそれも撮ってみた。そんなわけで、今回は文章よりも写真いっぱいのブログと言うことにしよう。良いことだらけの今回の撮影だったが、ひとつだけ残念だったのは、一カ所足を蚊に食われてかゆかった事かな? (笑)
 最近セルバンテスのパロディーを読み終えた。日本語訳のちゃんとした作品は学生時代に読んだので、結構忘れているものだなと思った。文章で読むと結構シュールな作品だ。そんなわけでお馬鹿なじいさん騎士道家に興味を持ち、浸ってみた。今回のわたしなら愛機の一眼レフカメラがロシナンテか? だがドルシネアは見当たらなかった(笑)。……まあわたしは風車に突進はしないので、ドン・キホーテにはなれないな。そもそも風車と喧嘩しても勝ち目はない(笑)。
 ちなみにミュージカル『ラ・マンチャの男』は、このセルバンテスの『ドン・キホーテ』を舞台向けに仕上げたものである。この話、あくまで激安小売店の話ではなく文学の話である(笑)。
 では青空の横浜山手のお散歩画像、拙いものだがぜひご覧あれ。次の休日には家族揃って山手の西洋館に行ってみよう。……といい画が取れたので、ガラにもなくノリの良い勧誘文で締めてみる。ではまた。

①一重咲きのバラと青空
②ハイキーなバラ園とイギリス館
③イングリッシュガーデンの小路と青空のイギリス館
④バラ園の木陰とイギリス館
⑤バラと青空とイギリス館
⑥白バラと青空のイギリス館
⑦夏の青空と111番館
⑧夏の青空と岩崎ミュージアム
⑨夏の青空の郵便ポストと十番館レストラン
⑩夏の青空とバラ庭園と山手資料館
⑪夏の青空と山手聖公会
⑫木陰の中の234番館
⑬木陰の中のエリスマン邸
⑭夏の青空とべーリック・ホール
⑮夏の青空と外交官の家
⑯夏の青空とブラフ18番館
⑰青空とヒマワリ


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47 公共施設でのふたつのイベント [世間話 イベント]

 今回の更新まで、かなりのご無沙汰になった(笑)。今回は公共施設とイベントをメインにしたものを主題にする。したがって久々に写真ドストライクの話題ではない。あしからず。
 いきなり主題と外れる(笑)。わたしの中でのファンと言うほどではないが、良くCDで聴く女流ピアニストは中村紘子がいる。中村紘子に関しては、若いときの振り袖でショパンを弾いている白黒のテレビ映像などが、良く映し出されていたのを覚えている。日本のクラッシック音楽、特にピアノ音楽の復興を支えたお一人として紹介されることが多いため、知っている程度だ。生前晩年はコンテストの評論をなさる年輩女性というのがわたしのイメージだ。
 他に小山実稚恵さんや仲道郁代さんなどのアルバムを聴く。小山さんは留学経験のないなかで、多くのコンクールで受賞して、あれだけの地位を築いているのが驚かされる。勿論演奏も忠実な部分の中に光る個性と感じるものがある。素人のわたしですらわかる。
 先日一柳慧(いちやなぎとし)さんのクラッシック楽曲を耳にした。なんかコンピュータ音楽をアコースティックなピアノで奏でているような、かつて聴いたことのない不思議な世界だった。衝撃という意味では、武満徹の音楽を初めて耳にしたときととても似た感覚を覚えた。現代クラッシック楽曲ってどこに向かっているかなあと未来志向の音楽を感じさせるような気がした。
 久々に更新したと思いきや、いきなりの本題から外れた話題に恐縮である。ついでにいうと最近エルガーにこっていて、過去のもので藤岡さん指揮の東京フィル演奏の「威風堂々」第一番をたまたま耳にする機会があった。オーケストラ久しぶりに聴いたら楽しくなってしまった。しかも格好良いと思った。どうしよう?(べつにどうもしないのだが・笑)
 ちなみに同じ「威風堂々」の第四番はダイアナ妃ご成婚で有名な曲である。
 では本題、ひとつめのイベントの方からいこう。公共施設、日本橋の三重テラス。ステキだった。キレイだし、設備も整って、三重名物がどっさり売られていた。その上の階のイベントホールでマスヤさんの報告会を兼ねた三重フェスが行われたのだ。銘酒「おかげさま」良かった。
 さてまずはおにぎりせんべい大使をさせてくれたおにぎり倶楽部とその協力をしてくれたギャラリーさんたちへの感謝の心からだ。その報告会でご挨拶をさせていただいた際に「ご尽力ありがとう」という風なお礼を言われたが、協力してくれた親切な皆さんがいただけ。これは謙遜ではなく、事実を述べたまでだ。わたしの感想、本当の気持ちであり、それ以上でもそれ以下でもない。
 そしてこの場所でありがとうを言われるのは、間違いなくわたしではなく、写真展とのコラボを笑顔で了承して下さったカフェギャラリーとアンケートに答えて試食してくれたボックスギャラリーのスタッフの皆さんである。この場をお借りしてこころから敬意を表したい。もし小さな写真展をこれからやってみたいという扉を叩くならこのカフェギャラリーはとてもおすすめである(カフェ・ポーポキで検索。あるいはこのブログの記事42番目に住所あり)。
 総括すると、趣向を凝らしたおにぎりせんべいの食べ方をご教示いただけた楽しいイベントだった。でも同じテーブルには著名な方や、はたまたマスヤの優秀な方々が同席して(結構緊張してしまった・汗)、おにぎりせんべいの面白い工夫した食べ方を見せていただけた。そのメニューは下の画像をご参考になっていただきたい。中にはのせるのも忘れて、おつまみとして召し上がっていた方もいらっしゃったようだが、それくらいオイシイ食材だったということだ。でもおにぎりせんべいが主役ということを忘れてはいけない(笑)。
 また機会があれば、ふたたびおにぎりせんべいのPR活動のお手伝いもしてみようと考えている。もちろんマスヤさんの了解が出ればの話しだが。
 そしてこの席上で初めて知ったことがあった。このおにぎりせんべい大使の任命は、わたしの中で勝手に抽選とばかり思っていたのだが、書類選考があって180名の応募の中から20名が選ばれたのだそうだ。つまりちゃんと審査を経て選考していただいた栄誉ある役職だった。この選んでいただけたことにも感謝なのである。あいかわらず鈍さと勘の悪さだけは天下一品の拙き者。皆様とは、こうべを垂れて平に次回はお目にかかることになりそうだ。
 この報告会、すごい報告の数々を拝聴、拝見した。わたしが言って良いのかわからないので、さらりと触れる程度の説明で終わらせる(詳しくはマスヤさんのHPでどうぞ)。カルチャーショックに近い状況を、わたしの頭の中では覚えている。ミニFM局での対談、地域のコミュニティーセンター、保育園などでの食育講演会の依頼、ライブハウスでの楽曲制作とライブ活動、さらには、各販売店で統計を取って、マスヤ商品がどの程度の売り場面積を競合メーカーと競り合っているかや、何種類のおにぎりせんべいやピケエイトなどが売られているのかなど、営業さん顔負けの市場調査や販売調査をしている方などがいらっしゃった。それぞれが得意分野を活かしてがんばっていたというわけだ。わたしのこの時の感想は『皆つわもの、恐るべし』である(汗)。いずれにせよ皆ご苦労様である。そして良い経験をさせてくださったマスヤの皆さんにも大感謝である。
 久々におにぎりぼうやの着ぐるみにもお会いして写真を撮らせていただけた。関東ではなかなか見れないので、下に出しておく。
 後者はやはり公共施設の横浜西洋館の『花と器のハーモニー2017』についてである。全国都市緑化よこはまフェアのフィナーレを飾る、キャンペーンとのコラボを行った企画展と言うことだ。以前も記したが、わたしは西洋館の写真を外から撮ることの方が多い。頻繁に出かけているが、中までお邪魔するのは五回に一回あれば良い方だった。景色を写しているので。
 まあそれはおいておくとして、器が花に彩られている。歴史的にはテーブルウェアというのは中世末期から近代(近世)にかけてのヨーロッパ諸侯の権威を見せるために焼かれた経緯がある。まだ磁器の技法が確立できないヨーロッパで釉薬によって、見た目だけでも磁器っぽく仕上げることに成功したマジョリカや、しばらくして東洋からその技法を会得して開窯したマイセンやセーブルなどが磁器造りに成功し、ウェッジウッドなどもそれに続いた。そしてこの欧州陶磁器芸術は、絵画や文学では開花しなかった「ロココ様式」を見事に開花させた芸術作品を残している。機会があったらいずれロココについては記してもよいのだが、ここでは簡単に済ますことにする。ヨーロッパの王侯貴族中心に広まった絢爛豪華な装飾的なデザインを好んだ遊び心の詰まった美術様式である。ドイツの一部とフランスを中心にこの様式は流布している。18世紀から19世紀ごろまでこの様式のものは焼かれていた。
 それらの窯も含めて、紆余曲折を経ながら現代まで焼き続けているものの最高傑作がセットもののテーブルウェアである。つまり晩餐会などで使われるカップ、ソーサー、平皿、スープ皿、椀などに至るまで、すべてを同じデザインや色調で統一したシリーズものをいうのである。
 今回の各館の食堂(ダイニングの和訳である。一膳めし屋ではない。念のため)のテーブルにもきれいに整えられたディナー風の皿のレイアウトが展示されていた。
 一応、西洋館の方にはアーティストのお名前をブログに出してもいいという承諾は得ているのだが、歴史人物や文化人、テレビタレントさんというわけでもなく、特に親しくもなく、知人でもない方のお名前を出すのもいけずうずうしい気がするのでタイトル程度にしておく(笑)。
 気になったのはイギリス館の「おしゃれな女子会」。おじさんが何を言うといわれそうだが、タイトルはさておきうつくしい展示だった。また奇抜だったのがエリスマン邸。食器が花で埋もれていた。同様にベーリック・ホールは、部屋中が花の香りで包まれていた。111番館にいたってはアンリ・ルソーの絵画の世界かと思った。これらはあくまで個人的な見解である。作家さんの主題とは別に、自分勝手なイメージを感想として出しているに過ぎない。
 話は飛ぶが、以前から書きたかったことを記して、今回はお開きとしよう。西洋館の234番館の二階には国産のリードオルガンがある。私はあの楽器が大好きなのだ。鍵盤が開いているところあまり見たことがない。わたし自身がめったに館内に入らないのだから当たり前だ。何の変哲もない足踏みタイプのものなのだが、どこか気になるオルガンなのである。
 ペンタプリズムの一眼レフカメラと鍵盤楽器と弦楽器は興味アイテムなのである(金管、木管もわりと好きだ)。被写体としての山野草やまつりに会いに行けないときは、カメラと楽器を見ているのが一番の癒しなのである(すこしおバカかもしれない・笑)。 そして今日は七夕さま、関東近県は晴天に恵まれ、牽牛と織女姫は逢瀬を楽しんでいることであろう。乾杯!

追伸 -おなじみさまへー
このブログ、そろそろリニューアルを考えています。自然、写真、生涯学習、文学、歴史、芸術という枠組みは変わらないのですが、どのように変化をさせるのかを模索中です。数ヶ月で結論を出そうと思っています。ちょくちょく途中経過はお知らせします。たいした変化はありませんが、思いつきですごい変化したらそれはそれでいいなあと思います。ではよろしく。

おにぎりせんべい活動報告会の記事
http://onigiri1969.jp/news/detail.php?id=69&t=1&cn=ZmxleGlibGVfcmVjcw%3D%3D&iid=1710121b50eb46eb9988becc826a3a28&uid=4916058769&nid=244+272699400

山手西洋館のHP(これだけ話に出しているのに実はリンクはるのは初めて・笑)
http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/yamate-seiyoukan/

画像の方は①おにぎり坊や、②③おにぎりせんべいの食べ方ア・ラ・カルト、④名古屋限定おにぎりせんべい。⑤西洋館の花と器のサインボード、⑥234番館のリードオルガン



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46 帰ってきた写真ギャラリーめぐり-お気に入りの写真作品と音楽を楽しむ大人の休日- [写真 音楽 ギャラリー]

 予告通りのギャラリーめぐりの回になる。この日の行程は浮間舟渡という埼玉との県境にある駅からスタート。ここはギャラリーはないが、リコーペンタックスの窓口がある。ここで古い取説を手に入れたところで品川に向かった。品川では割とお気に入りの写真作家の個展が行われていた。『月光浴』といえば写真ファンには通じるので、それ以上はキヤノンのホームページを参照して欲しい。
 今回は行く先々で親切なスタッフさんが多くて嬉しかった。この品川でも作品についての基本的な説明を入れてくれた。気になる雨も、この会場を出る頃にはやんでいて、うっすら日差しも現れていた。いつもながらこのSタワーの一階にある展示ルームは良い雰囲気で作品が展示してある。今回も効果音が流れて、南国異国情緒が満載の展示ルームだった。
 その後、銀座に移り、カメラ店やギャラリーをぶらぶらしていた。そこでワコーの時計台の正面、交差点の交番側に、ペンタックスの大きな広告を発見。そのビルに入ってみることにした。案内板にはリコーの文字。すかさずエレベーターへと乗り込んだ。
 今回、初めてリコーのショールームにお邪魔した。この辺りは語彙力の乏しいわたしには説明しづらいのだが、新宿のフォーラムは旧ペンタックスフォーラムなので、この銀座のショールームの場合は、もともとのリコーのショールームだった場所というとわかりやすいだろうか。でもまあ、しっかりとペンタックスの製品も置いてあった。銀座の交差点を一望できるロケーションの良いショールームだ。
 実はこのショールームに行くのに階を間違えて、一つ下の階のエレベーターのボタンを押してしまった。どちらにもリコーの文字があったので。(おかげでこのブログにとっては都合良く、ネタがひとつ増えることになった)
 するとそこはギャラリーだった。今回は用件が違ったのと、時間が無かったので入らなかったのだが、入口でまごついていると、中からスタッフの方が出てきて、迷子同然のわたしにこのギャラリーの説明をしてくれた。
 どうやらこのギャラリーは、リコーペンタックスファミリークラブの会員制のギャラリーで、一般のひとは510円の入場料が必要な場所らしい。中でお茶も出来るシステムのようだ。展示作品の販売も行っており、メーカー系のギャラリーとしては珍しく、民間ギャラリーの要素も持っているようだ。気軽に銀座ギャラリーめぐりの拠点に、隠れ家的あなばに、などと考えるのであれば、ファミリーに入会すると会費分のポイント特典も付いたうえで、入場無料になるとの事である。
 平日だからなのか、やはりここでもスタッフの方が親切に、上の階までご案内いただいて、簡単なリコーの社史、旭光学との関係などを過去の製品などを見ながらご説明いただいた。わたしがもともと知識として知っていたのは、理研光学が略してリコーなので、理化学研究所での研究成果を製品として国民に還元して役立てる企業だったと言うことのみだ。いずれにせよ、長い歴史を持つ会社である。旭光学は言わずと知れた国産初の一眼レフカメラを発売した会社である。光学機器の特性を活かした医療機器などでも活躍した会社であった。
 そして今回最後はギャラリーの類でもあるので、例外ではあるが、銀座の中央通りにある楽器メーカーのホールについてのご案内で幕引きにしたい。なんと抽選に当たり、三十名ほどの空間で有償安価なオーディオ試聴会に参加することが出来た。もちろん最高峰のスピーカーもさることながら、音楽家の加羽沢美濃さんの生演奏も聴かせていただけると言うことで、またとない機会なので応募したしだいだ。
 六階の会場は、アコースティックの楽器の音の特性が活かされるように壁面を調整された部屋なのだそうだ。ステージのないコンサートホールということになる。いわばクラッシック音楽なら室内楽などがいい音で演奏を楽しめるホールと言うことになる。こんなホールが銀座店の六階にあったとは知らなかった。普段はエレベーターもとまらない階らしい。画像を見ていただくと分かるが、スピーカーは黒で、グランドピアノとほぼ同じ塗装仕上げとなっており、オーディオとピアノの調和が取れたデザインになっているそうだ。楽器メーカーならではの技である。加羽沢さんのTwitterに載せてある写真の方がわかりやすいかも知れない。
 ただし今回はオーディオスピーカーの試聴なので、音の跳ね返りを防ぐための工夫として、調音ボードを立てての調整を行ったそうである。
 加羽沢さんの演奏は通しで拝聴できたのは二曲。クラッシック音楽一曲とご自身の作品一曲だったが、ピアノを使って試聴する作品の解説をしていただいたので、まるで『らららクラッシック』の番組を見ているかのようだった。石田さんもいらしたら、もっと番組っぽくて良かったのに(笑)。
 今回の試聴会のおかげで、ビッグバンドジャズ、角田健一さんの作品の良さも知れたし、加羽沢さんの今の仕事を目指すきっかけの曲、ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第2番ハ短調』の音の特徴なども教えていただけた。あっという間の時間だった。
 わたしは旧日本楽器製造のYもそのライバルのKも好きである。えっ? なんの話かって。…神奈川県を愛するわたしは、「よこはま」も「かわさき」も好きであるということだ(笑)。おあとがよろしいようで。


品川のキヤノン・ギャラリー
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銀座のリコー・ギャラリー
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ヤマハ銀座店六階のアコースティック演奏ホールと試聴スピーカー
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キヤノン・ギャラリー
http://cweb.canon.jp/gallery/archive/ishikawa-blue/index.html

リコー・ギャラリー
http://www.ricoh-imaging.co.jp/japan/community/squareginza/

加羽沢美濃さんのTwitter
https://twitter.com/kabasawamino

ヤマハ銀座店
http://www.yamahamusic.jp/shop/ginza
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45 私流よこはまの花便り12-バラ満開とまつりの晩春初夏編- [自然 文学 歴史]

 今港の見える丘公園のバラ園では、バラがまさに盛りである。もうピークを迎えていると言っても過言ではない。イギリス館横にあるこのバラ園では、「何で平日なのにこんなに人が多いのかしら?」という声が飛び交っていた。それを聞いている他の人たちもみなそれぞれがそう思っていたに違いない(笑)。
 晴天に恵まれてイギリス館周辺は大賑わい。わたしの愛機ペンタ君(ペンキ屋さんの会社ではありませんし、米国の国防総省の建物でもありません・笑)も大活躍であった。
 バラについて少し述べると、公園を散歩するようになったのはこの十年なので、それ以前は野生種のノイバラやハマナスなどを撮影することが多かった。ノイバラに詳しい人に以前聞いたとき、野生種のノイバラは雑草に近い扱いなのだが、園芸品種のバラを接ぎ木するときに重宝するという。なので、あまり刈り取らずに幹を太くして愛好家に渡すと喜ばれるというのを聞いたことがある。
 アイスバーグや ブルームーンが定番中の定番なので、園芸種にうといわたしでも知っている。各地の植物園には必ずと言って良いほど植えられている。
 以前も述べたが一重咲きのバラが好きだ。でも八重咲きもいい。個人的には暖色系のバラが好きなのだが、とりわけ橙色系が好きである。贈り物として、人さまに差し上げるのには赤やピンクが一番の上品な花と考えて、ふさわしい人にはプレゼントするのだが(そんなにいろいろな人に頻繁に花を贈るほどこまめな性格ではない・笑)、鑑賞するなら白とピンク、でも被写体にするのは橙色が好きなのである。露出の関係上、白は飛びやすく、濃紅は沈みやすいので、露出を設定しやすい中間色の橙色なのである。この理屈がもしわかりにくいひとは、写真の露出の本を読んでみよう。
 話を戻すと、賑わうバラ園の人ごみを画角から消しながら、必死に撮影してきたものをアップしているのでご参照願いたい。
 余談だが、同時に山手西洋館の市民モニターの会合に参加して、初めて知ったのだが、ファンクラブがあって、それのスタンプを集めると、非売品の傘がもらえるらしい。上品そうな奥様方が会合の意見交換で皆に教えてくれていた。十年以上も西洋館とその周辺の写真を撮り続けていたのに「知らないことはあるんだな」と、世間の広さ、深さに感銘を受けた一瞬だった(大げさかな?)。いずれにしても、コアなファンというのはどこにでもいらっしゃるので、わたしのように町の景色としての西洋館や季節の花を愛でる公園という切り方ではない西洋館の楽しみ方もあると言うことを気付かされた。「おにぎりせんべい大使」同様に、間接的にではあるが、横浜市のお役所仕事のPRなどお手伝いをさせていただけることに感謝している。楽しみな一年になることに乾杯!
 あと前回のミツバチくんの件であるが、アメリカ山の公園でミツバチを管理しているらしく、もしかすると、元町の菓子店でも、本牧の養蜂家でもなく、アメリカ山の公園のミツバチが山手の丘を席巻してるような気がする。あるいはそれらの場所すべてのミツバチと言うこともありそうだが……。こんど山手に行く機会があったらフレンチラベンダーの花の前で仕事をしているミツバチ君に訊いて見たいと思う。
「君はどこから来たのかな?」
 きっと無視されることだろう(笑)。

 ではまつりの話に移ろう。記紀神話ファンのわたしにとって、装束なども含めて、王朝絵巻や歴史を実体験できる貴重なイベントが祭だ。


 祭にはいくつかのタイプがある。神さまを神輿や山車でお連れして、ご神域のご視察していただく渡御(とぎょ)があり、休憩所をお旅所(たびしょ)などという。
 神楽(かぐら)や舞楽(ぶがく)のように、舞で神さまをもてなすものも、祭りの重要な儀式のひとつで、一説にはまつりの「まつ」は降臨を「待つ」から来ているともいわれているらしい。したがってこの形が原始的な祭りの原型で、磐座(いわくら)や依代(よりしろ)を用意して、舞を披露したものがその始まりと記す本も多い。
 神輿や山車を渡御するものも分類ができる。威勢の良い担ぎ手の荒々しいものと粛々と進められる厳粛なものがある。多くの祭の写真をおさめさせていただいたなかで、印象に残っているものを画像と一緒に振り返ってみたい。
 伊勢では春や秋にお披露目される舞楽(ぶがく)の演目の他に、川曳きと陸曳き(おかびき)という、神輿の代わりに山車(正確にはお木曳車/奉曳車)や川ソリを使う引き手の祭がある。これは神輿とは意味が異なり、神聖な初穂や神殿の木材などを運ぶ役目を担うものである。お白石の行事もこの手法で運ばれる。舞楽もお木曳きも大好きな祭の行事である。
 熱田では一日中舞楽を奉納するお祭りがある。このおまつりは舞楽好きにはたまらないものだ。初めて訪れたときは雨天で室内の簡略化したものだったが、翌年は色鮮やかな大太鼓(だだいこ)の音やおおきな舞台の上で、見ることができて興奮した。こんなに多くの演目をやってくれる神社さんは少ないからだ。
 関東での舞楽は鶴岡の八幡さまや明治神宮で見ることが出来る。観覧は出来ないが大宮の氷川神社でも『東遊(あずまあそび)』の演目が奉納されている。勅使の列が入場する際、『東遊』の演目衣装を着た踊り手を見ることや撮影することは可能である。まあ、いずれ舞楽についてはあらためてこのブログで紹介してみたいと考えている(ずっと先になると思うが)。
 舞楽の場合、おおよそどこの神社でも決まっているのが最初は、舞台を清める『振鉾(えんぶ)』ではじまり、最後は舞のない音楽のみの『長慶子(ちょうげいし)』でおわるということである。この曲は、笛の名手と名高き、かの源博雅(みなもとのひろまさ)の作ともいわれている。
 人気なのは、もともとは稚児舞から発生したと言われる『胡蝶(こちょう)』や『迦陵頻(かりょうびん)』である(これ漢字出すの難しい)。 女性の舞手が四人で規則正しく舞う姿が、優美なためかもしれない。わたしが見た中では、女性の舞手の演目はこの二つしか無い(知らないだけで他にもある可能性はある)。面をつける『還城楽(かんじょうらく)』や『抜頭(ばっとう)』などの演目も人気だ。文学と結びつくところでは『青海波(せいがいは)』などは、『源氏物語』にゆかりが深い。
 舞楽については、撮影の枚数、写真展の可能性が出てきたとき、いずれ私のなかでお披露目できるレベルになったらご紹介したい。そこそこストックは演目ごとに十年分程度ある。それまでこうご期待(だれがわたしに期待するのだろう?)。このように舞楽は、結婚式や例大祭などでもお披露目されるような、一般に巫女舞と言われているものとは少々異なる舞である。
 さて神輿のほうであるが、富岡八幡さまの水かけ神輿まつり、結構な頻度で出かけている。たまに私にも命中し、濡れてもいい格好で出かけるほど居直った。カメラだけは無事に守り抜くことが使命だ(笑)。最近は知恵がついて、遠くから望遠で抜くことを覚えた(笑)。
 そして今回お邪魔したのは神田祭の神輿渡御だ。江戸の名物とまでも言われた祭りであり、大黒さまとスクナヒコさまをまつるものでもあるはず。近年は将門さまの慰安も兼ねているという。秋葉原の電気街とは真逆の時代装束で練り歩くそのミスマッチな感覚が東京の祭りとしては意気である。
 そんなわけで今回は撮りためたいくつかのお祭りの写真も掲載してお開きとしよう。次回は、ひさびさの「帰ってきた写真ギャラリーめぐり」と考えている。あくまで予定だが。ではまた。

イギリス館とバラと青空
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橙色・黄色系のバラ
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青空とイングリッシュガーデン
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伊勢神宮の舞楽・『迦陵頻』
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熱田神宮の舞楽・『抜頭』
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富岡八幡宮のみずかけまつり
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鎌倉まつり・流鏑馬神事・鶴岡八幡宮
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神田祭・神田明神・神田駅前
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伊勢神宮・川曳き
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伊勢神宮・陸曳き39IMG_3818.jpg















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44 私流よこはまの花便り11-黄金週間編- [写真 自然]

 これを書いているのが28日である。つまり世間は明日から連休ということになる。恵まれている方は、いろいろな休みを使って、長期休暇を取る人もいるであろう。販売業、飲食業、パブリックサービスや休日出勤、事務なのに取引などで時差の関係上、勤務の方々は本当にご苦労さまである。きっと苦労は報われるはずである(気持ちくらいはそう思っておこう・笑)。このブログはがんばる人の味方である(がんばれ!)。この一週間、どこに行ってもこの話だったので、ここでもあえて取り上げてみた(笑)。芸の無いブログですみません(冷汗)。
 カレンダーは人それぞれでも季節は皆に平等にやってくる。陽気に誘われて出かけるひと、なにも連休が取れなくても、期間中、あるいはその前後に1日ぐらいは休日があるはずだ。布団干しや洗濯も勿論大切である(笑)。それを手短に、手早く終えてしまった人はどうするのか? そんなときはのんびり公園に行ってみるのがお薦めだ。東京や神奈川の人には、港の見える丘公園の花が見頃であることをお伝えしておきたい。
 というわけでいつものお花のご案内である(落語のマクラネタっぽい導入部でスミマセン)。先に述べたが、港の見える丘公園の西洋式庭園もバラ園も花が見頃である。またここも含めて、元町公園、イタリア山庭園などの若葉が黄緑色でまぶしく、鮮やかである。そんな写真を順に載せていきたい。
 アメリカ山庭園の八重桜はもうおわりに差し掛かっている。それに対して、先に述べた港の見える丘公園は花が真っ盛りである。しかし園芸品種によわいわたしはキレイとしか書くことが出来ないのが残念。そして港の見える丘公園の展望台からは大桟橋を望むと青空と客船、マリンタワーが見えた。いつもながら良い風景である。
 特筆すべきは、その展望台前の特設花壇である。「ハンギングバスケットの丘」と名付けられたその場所には、西洋館のミニチュア模型とそれに似合った可愛い草花が植えられている。普段見ることのない展示物だけに驚いた。良く出来ている。時間の都合や疲れた方は各館を見て回れない時に、ここで全てを一目するというのはどうだろう(ダメかな?)。
 そしてその場を離れ、イギリス館と111番館の間にはまたフレンチラベンダーが植えられている。そこに集まるミツバチと今年も遊んでもらった(遊ばれているが正しい?)。紫色のラベンダーは美しく、そこに集まるミツバチは花粉団子を沢山足につけて、忙しそうに動き回っていた。この時期の働き蜂は小型のものが多い。身軽なうえに、取れる花粉もまだ少ないので、動きが速くホバリングを撮影するのにも敏捷性が求められる。それが不得手なわたしにも、なんとか作品になりそうなもの数枚は撮らせていただけた。ミツバチ君に感謝である。
 残りの二枚は元町公園付近だ。ひとつはエリスマン邸玄関先からベーリックホールを眺めたところ。新緑の蛍光色にさえ思える黄緑がまぶしい。この時期のみどりの香りほど心地よく、清々しいものはない。特にツツジやサツキ類の香りは植物の、いや自然満喫の香りを楽しめる。もう一方は聖公会(イギリス国教会・アングリカン教会とも言う)なのだが、この構図、聖公会のは自分では印象派のモネっぽいと自己満足している(お馬鹿さんである)。そしてベーリックホールのものはアールヌヴォーやアンリ・ルソーっぽいって、重ねて自己満足している(なんとかにつける薬はない?)。特に今シーズン、聖公会と外交官の家はお化粧直しをしたばかりなので、キレイである。
 さてサクラの次は新緑、山手の丘は今が一番楽しい、美しい時期である。まとまった休みが今年は取れなかったというひとは、めげないで、東京の人なら電車で一時間とかからない横浜はいかがだろう。神奈川の人も、勿論だ。
 ちなみにわたし自身、遠出することもなく、近場でこのGWは過ごす予定である。都内や横浜、近県をぶらつくだけで、しかも空いている日、自由に出来る日もそんなに多くない。でもなぜか山手の丘や写真ギャラリーをぶらぶらしているだけで楽しくなる。来年は遠出出来る人もいるかも知れない。そんな来年に願いを込めながら、今年は近場で休日ぶらぶらしてみよう。ここ三年ほど関東を出ていないわたしからすれば、意外に身近に楽しいことは落ちている事もあったりする。図書館、美術館、デパートのイベント、食べ放題、そしてわたしのような写真ギャラリーや公園、植物園をめぐることも良いのではないだろうか? 単にわたし自身への、自分への鼓舞、慰めと思っていただいて結構だ(笑)。
 ではまた。シーユー。

おまけ
五十歳を前に引退して養蜂家になったシャーロック・ホームズの話『最後の挨拶』がウェブで読めます(もちろん無料)。著作権の切れた原書からの翻訳をしてくれているサイトです。
http://www.221b.jp/



アメリカ山の八重桜
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イギリス館とバラ園(ただしバラはまだ少ない)
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111番館の模型
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イギリス館の模型
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234番館の模型
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エリスマン邸の模型
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べーリックホールの模型
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外交官の家の模型
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ブラフ18番館の模型
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特設花壇の全景
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港の見える丘公園展望台からの眺め
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山手聖公会
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新緑に縁どられたベーリックホール
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ホバリングのミツバチ(遊んでいただきました)
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43 写真、映画と絡めた音楽所感(思い出話) [世間話 イベント]

 最初にマッカートニーのレコード(あくまでCDではない)を手にしたとき、タイトルはビートルズのバラードベスト20(『』をつけないのは正確なタイトルか否か自信が無いため)という再編集されたセレクトアルバムだったと思う(一緒に『幸せのノック』のシングルも買った気がする。あとニュートンジョンの『ザナドゥ』とイーストンの『モダンガール』も)。レノンが倒れたのをきっかけに、どんなものかと真面目に聴いてみようと思った。ビートルズの曲は街角やラジオなどからいつも耳に入ってくる。しかし向き合ってオーディエンスとして聴いてみようと思ったのは、この時が初めてだった。したがって、レノン目当てでのスタートであった。
 ところがこの中の美しいバラードの曲で、特に自分好みの曲がほぼマッカートニーの作品だった(もちろんレノンのものもありました)。『フォ・ノー・ワン』、『ミッシェル』、『ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア』、『イエスタディー』、『シーズ・ア・リビングルーム』などである。でも『悲しみはぶっ飛ばせ』や、『アクロス・ザ・ユニバース』なんていうレノンの曲も好きだった。
 ビートルズはオリジナルアルバムを聴くのが大切と、多くの音楽雑誌で言う。イギリス盤のオリジナルアルバムなら『ラバーソウル』とデビューアルバムの『プリーズ・プリーズ・ミー』がお気に入りだ。理由を述べるとまた長くなるので割愛する。
 決定打になったのが、東京のミニシアターまで見に行った映画で、スピルバーク監督作品の『抱きしめたい』である。本来、曲のタイトルのほうは『I want to hold your hand』だが、映画のタイトルのほうは歌詞と同じ『I wanna hold your hand』である。日本語タイトルは『抱きしめたい』で同じでも、原語表記だと微妙に違うらしい。英米のアクセントの違いか? と書いてある評論を見たこともある。ちなみに当時のビートルズの日本語タイトルをつけた主要メンバーのひとりは、東芝のレコード部門にいらっしゃったクラッシック・ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんのお父様なのだそうだ(ちさ子さん率いる十二人のヴァイオリニストだったかな? 数年前は良くCD聴いていた)。
『未知との遭遇』や『E.T.』で一躍有名になった監督が作った初期作品の青春コメディー。これが最高に面白かった。彼らの音楽を混ぜながら、アメリカでのビートルズ人気のすごさを笑いで紹介してくれる。最後はエドサリバン・ショーのシーンで幕を閉じるストーリーだ。
 実はこの映画を見なかったら、ここまでのファンにならなかったかもしれない。だからわたしとマッカートニーを結ぶ接着剤のひとつ、おおもとは、スピルバークの映画作品ということになる(ほかには、小さなところで、三省堂の英語の教科書の教科書ガイド。「知っていますか?」のコーナーに載っていた。そして当時流行ったYMOのアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイバー』に『デイ・トリッパー』が入っていたことなど)。
 そこから先は、勢い増して片っ端から聴き始めた(当時はやりだったフィルムコンサートにもいったっけ)。同時期に活動休止状態だったウイングスのアルバム『スピード・オブ・サウンド』や最新だったソロアルバム『タッグ・オブ・ウォー』がお気に入りとなる。前者では『心のラブソング』、『幸せのノック』などが好きだし、後者は『ボールルーム・ダンシング』、『ドレス・ミー・アップ・アズ・ア・ラバー』、『ワンダーラスト』、そしてスティービー・ワンダーとの共演『エボニー&アイボリー』である。『エボニー&アイボリー』はテイク違いのものがあり、その45回転LPサイズシングルは、駅まで自転車で三〇分、一時間に一本しかない電車に乗って二〇分掛けてたどり着くレコード店へと買いに行ったものだ。何せ田舎ライフを満喫していたので(笑)。マイケル・ジャクソンとの共演『ガール・イズ・マイン』を買いに行ったのも、正確ではないかもしれないが、おおよそこのころだったと思う。そういえば、マッカートニーの作品の主要なテーマのひとつも田舎暮らしだった。
 1987年、ほぼ全てのビートルズオリジナルアルバム、イギリス盤(通称EMI盤)がCD化される。『マジカル・ミステリー・ツアー』のみアメリカ盤(通称キャピタル盤)だった。ジョン・レノンのドキュメンタリー映画『イマジン』も公開され、マッカートニーよりもレノン関連の話題がこの頃は多かった。わたしの心も少しレノン寄りに傾きかけた(笑)。
 学生時代、オーディオ関係のアルバイトをしていたため、クラッシックを聴くようになる。お客さんの話について行けないと困るため、『FM fan』などで知識を得ていた。
 もともとはシンフォニーに惹かれていたのだが、歳をとるごとに、音の厚みよりも繊細さを好むようになり、室内音楽やピアノ、ギターの独奏曲(最近のクラッシック・ギターならアナ・ヴィドヴィッチや村治佳織さんかな。ほんとたまにだけど聴きます)がお気に入りになった。オケのような音の塊の中で微妙なバランスを聴き取るのも良いが、安らげる音階や旋律に音色の楽しみがあることに気付いてしまった(でもいまでもオケの曲もたまに聴きます。それはそれで荘厳、壮大で楽しいのです)。
 用事で銀座の中央通りや表参道を青山方面に歩いている時、ピアノメーカーのショールームで、デモ演奏に出くわすと得した気分になり、寄り道して中に入ってしまうこともある(要はそれくらい好きと言うことである)。だから作曲家で聴くと言うよりも旋律と楽器の音色を楽しむといった方が正確である。したがって蘊蓄を知らないのはそのためである。
 ジャズもほぼ同時期である。新宿のレコード店でアート・ペッパーとレイ・ブライアントのCDを安価で手に入れてから、この二者の虜になった。やはりクラッシックと同じく、蘊蓄は分からないのだが、音の良さがしみる録音だったためだ。そしてグレン・ミラー風のビッグバンドジャズ(17ー8人編成のジャズバンドで、1930年頃までは、ジャズはこの形態が主流だったはず。現在は別名で、このビッグバンドジャズをスイングジャズともいう)というより、トリオ、カルテット物が好みである。正確にはビッグバンドジャズを詳しく知らないからだ。どの角度から入ったら良いのかわからないというのが本音。きっと分かると楽しいのだろう(スーサの楽曲を良く聴くのだから、似たような編成のビッグバンドジャズの音色は受け入れられるはず)。
 ペッパーの盤はウッドベースと金管楽器のからみの美しさ、ブライアントはライトタッチでホンキートンクのような、聴きようによってはチェンバロにも思えるような音色を出せる技に魅了されてしまった。まあ、理屈ではなく、要は聴いていて心地よいのである。
 他にクラッシックでは今出てきたチェンバロ(古楽器というらしい)やパイプオルガンの音色も好きである。前者はバッハを思い浮かべるが、バッハのすごいところは、ピアノであれ、チェンバロであれ、ギターであれ、フィドルであれ、みんなバッハに聞こえるのがすごい。そういう音の造り、旋律、時代性なのかなと勝手に思い込んでいる。後者は空気のシンセサイザーと思っているのが、わたしの感想である。ストップという切り替えスイッチでいろいろな音を出すことが出来る。曲によってはカッコーだって鳴き出すのだ(笑)。
 さて話を元に戻すと、レノンの最後のアルバムを撮影したのは篠山紀信さん。マッカートニーのアルバムの綴じ込み冊子などは先妻で写真家のリンダ・マッカートニーの作品が見られる(以前botにも出したが旧姓リンダ・イーストマンなので、イーストマン・コダック社との関係を指摘されていたが、本人は完全否定をしている記事を何度か目にしたことがある)。89-90年のマッカートニーのライブツアーのパンフにはリンダの作品が載っている。ディラン、リンゴ、レノンのポートレート作品に交じって、フォギーな木の写った風景写真も載っている。ニコンFを使うリンダの写真も載っている。ちなみに映画『ハード・デイズ・ナイト』の中ではポール所有のペンタックスのカメラをリンゴが借りて、散歩に出かけるシーンもあった。やはりカメラは日本製が多いのかな?
 娘のメアリー・マッカートニーは現役の写真家である。マドンナなどの撮影でも知られている。しかも結構なべっぴんさんである。コンタックスやライカを使っているところを写した写真を見たことがある。母の跡を継いでミュージシャンの写真を撮り続けている。たまにネットでロンドンなどでの写真展のニュースを見るのだが、私が見てみたい写真展はあまり英国外ではやらないように思えた。(わたしが知らないだけかも知れないが)。
 仲睦まじいポールとリンダのソロアルバムの写真などを見て、音楽を聴くと、こころが晴れる。音楽と写真を愛したご夫妻だった(シンパシーを感じる・笑)。『幸せのノック(Let'em in)』のように、のんきで気軽な、気の置けない人々を、仲間はずれのない優しい雰囲気で迎え入れる身近な生活を歌うマッカートニーに魅了されて、おおよそ35年ということになるわけだ。七十を超えても、ステージで動き回るマッカートニーもすごいなとあらためて思う。自分がその歳になった時には、現役という意味では、こんな七十代にとなるべく、あやかりたいものである。ではまた。

写真は2015年のステージの撮影である。十二弦ギターを弾いているので、『アナザーデイ』を演奏中の時と思われる。後ろは愛用の日本メーカーのピアノ。欧米のポピュラー音楽のアーティストは、宣伝効果を見込んで一部カメラの持ち込みOK、撮影後スチール写真の個人サイトへのアップOKが多い。良い時代になったものだ(動画はだめみたいです)。
(画像はちゃんと持ち込み検査も受けて、許可をいただいたカメラで撮ったもの。しかも個人の趣味のブログなので、アップOKとアナウンスに見合っているため、ルールに従いアップしました)

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こちらは2017年ドーム初日のもの。今回はアコースティックギターの活躍が目立った。半音進行のコード循環から『ユー・ウォント・シー・ミー』へと移ったり、『ラブ・ミー・ドゥー』などのナンバーもこのような編成スタイルでプレイした。妻ナンシーさんへの曲『マイ・ヴァレンタイン』も落ち着いたジャジーで良い旋律のピアノ曲だった。
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42 私流よこはまの花便り10-シリーズ「サクラと青空」編- [写真 自然]

 わたしの好きな被写体の中で、比較的おとなしめながら、タイミングの難しいものとして「サクラと青空」がある。もともとフィルムのころから青い空を写すのが好きで、わざわざT64なんてタングステンフィルムを使って撮った頃もある。だが結果的には、自然の青空と絞りの調子で写すのが一番キレイなんだと最近は思っている(今のところ)。
 サクラの咲く時期の気象条件を考えると分かると思うが、「花曇り」という言葉があるように、不安定な天気になりやすい。寒気のみの乾いた冬の空気の中でなら晴天の日が多くなるが、南風の入る日が多くなるこの頃になると湿った空気が運ばれる。その日がどちらなのかによって青空が撮れるのか否かが分かる。とりわけ咲き始めの頃は比較的撮りやすいが、満開や花吹雪の時期になると曇天の確立が高くなる。春の陽気になるからだ。晴れていても、霞がかかったように水蒸気や雲が入り、F値を絞っても青が出にくくなる。
 さすがに長年撮っていると、状況が分かってくる。晴れていても、青の出にくい空の時期どうすれば良いのか。答えは早朝である。遅れても午前中である。毎年サクラを撮っているのに青空に出会えないと嘆いている方は、朝一番の空で確認して欲しい。朝靄さえなければ、サクラの時期でも十分に青が表現できる機会に出会えることが多いはずだ。わたしはこれを自分勝手に「朝飯前」ならず「昼飯前の青空」と名付けている。おまけに朝だと風も少ないため、植物の撮影には輪を掛けて適している。今日もそうだったが、午後は強風が吹き荒れていた。その時間にはもうわたしは撮り終えていたので、なんの問題も無かった。
 では本日の成果である。横浜公園の名物チューリップが並び始めた。水やりの直後のものを一枚アップしておこう。次に氷川丸前のしだれ桜、最近はこのサクラも有名なようで、ここで撮影するひとも増えたように思う。綺麗なものは皆がいいと思うのだろう。これも青空を背景に出せた。
 マリンタワーとサクラも青空で撮れた。ただしこの場所のサクラは個体差があり、まだ三分咲きのものもあれば、六分、七分までいっているものもある。いずれにせよ、週末から来週が満開の見頃を迎えそうだ。
 山手の丘に上がって、谷戸坂の桜並木は七分咲き程度、エリスマン邸や聖公会付近の元町公園は五分といったところ。ただしエリスマン邸裏手の八十番館遺跡前にあるサクラは八から九分咲き、満開に近い状態だった。その様子はアップしておく。
 続いてサクラの天井が出来る山手公園の六十八番館テニスクラブ棟前は六から七分咲きだが、角度によって綺麗な青空といっぱいのサクラを撮影できる。日向の枝は皆他より早く咲き誇っているようだ。ここも絵を描く人たちが多く見受けられた。やはり綺麗なものは皆がいいと思うものなのだ。
 所見としては、もうサクラを見に行くのであれば、問題なく見られる。タクシーを乗り付けてサクラを見に来ている人も今日は随分見かけた。山下公園や山手の元町公園はサクラ日和となった。あとはアメリカ山の里桜、八重咲きが気になりはじめ、それが終われば、イギリス館前のバラである。気持ちも明るくなる季節が到来といったところだろうか。
 ちなみにひとつだけお断りしておくと、山野草と違い桜は様々な交配品種があり、わたしは品種そのものはほとんど知らない。端的に言えば詳しくは述べられないのであしからず。種類も気にせず、ただ画になるか否かだけで撮影している。
 今回は青空がキレイに出てくれたものが多かったので久々にピクスタにも並べようと思っている。満開の時期にも青空に出会えると良いのだが、そこは自分のスケジュールや天候との組み合わせ、ままならないのが世の常である(笑)。
 おまけのお話だが、わたしはかつて鶴岡八幡宮の外郭団体である槐の会主催の写真展において、第三回鶴岡八幡宮宮司賞を受賞、いただいたことがある。芳賀先生の紹介文もいただけて大変名誉なことだった。鎌倉の街角に自分の作品のポスターが沢山貼られていて、少し照れてしまったことを思い出した。
 第十回を迎えたその写真展の今年の応募チラシに、今回は歴代の受賞作品九点が掲載されている。勿論拙作も掲載されている。わたしが賞をいただいた頃は、後援が教育委員会と観光協会、神奈川新聞だったが、その後順に写真プリント店や全国紙など多くの応援も増え、力強く発展、嬉しい限りである。八幡さまの社報やカレンダー表紙にもしていただき、いまでも大変感謝している。
この写真展参加費は、自然保護の協力金にもなるので、ぜひ皆さんも腕試しや腕自慢を兼ねてご応募いただきたい。この時期、段葛や源平池のほとりもサクラで美しいはずである。写真を撮りに出かけてみてはいかがかな。『四季の鶴岡八幡宮』が写真展のタイトルである。興味のある方はお調べいただきたい。今回は沢山の画像(写真)でいっぱいの回となった。いつになく写真のブログらしい。ではまた。

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八幡さまの社報とカレンダー
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MasamiNARUSE Petit Photo-Exhibition
-Admiring the beauty of nature-
『木の花咲く、照り花揺る場所』
<開催期間> 2017年4月1日-4月15日
<開催場所> カフェ ポーポキ
〒112-0004   
東京都文京区後楽2-16-7
定休 月曜日と第四日曜日
時間 火曜-金曜 7:30-10:00 11:30-16:00
    土日祝   12:00-18:00

お越しいただいた皆さん、ご来場ありがとうございました。
現在は『植物園花色衣・横浜花色衣3』と『横浜に宿ったヨーロッパの風景と生活2』を思案中です。
またその時はよろしくお願いします。


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41 私流よこはまの花便り9-あんずもすももも西洋館編- [写真 自然]

  春になるとまず動き出すのは、人間だけではない。とくに目につくのが鳥。ウグイスやヒヨドリ、そしてメジロである。赤いほっぺのヒヨドリやその名の通り目の縁が白いメジロ、春の美声を聞かせるウグイスは、いわゆる留鳥。越冬して、その辺に潜んでいる鳥らしい。暖かくなって姿を見せるようだ。
 わたしも最近知ったのだが、ウグイスの身体の色はいわゆるうぐいす色ではなく、くすんだ黄緑色なのだそうだ。それを知ってすぐに図鑑で調べたところ、全くもってその通りであった。しかもその図鑑には、ウグイスはあまりウメの木にとまることはないと記されている。藪の中に潜んで姿を見せないらしい。つまり私たちのお決まりの知識である「ウメにウグイス」はほとんど見られないということらしい。うーん……感慨深い。
 そんなわけで、一分咲きの伊勢山皇大神宮の手水舎の上のサクラで蜜をすするメジロを撮ったのでアップしてみよう。桜の季節が徐々に近づいてくる。嬉しい限りだ。今回はあっちこっち用事のために出かけて、終わったのが午後二時。その後の午後二時過ぎから横浜の中心部を回ったので、時間短縮も兼ねてバスで山手までは向かった。それでも午前中からの分も含めて、トータルすると七キロ超のウォーキングになった。かなり足にきた。明日は大人しくしていようと思った(笑)。何かのウエブサイトでみた地口のような、若者は「アイシタイ、コイシタイ」らしいが、わたしぐらいになるとそろそろ「アシイタイ、コシイタイ」という文言が本音だ(笑)。本日のわたしは全く以てその通りになった。
 港の見える丘公園のバラ園は、まだバラの季節ではないが、花で満ちあふれていた。パンジーやマーガレット、ほかにも春の花々が沢山出迎えてくれた。イギリス館のまわりも人で溢れていた。人なみが切れるのを待って、角度をつけて一枚とったのでそれもあげておきたい。すれ違った観光客のグループが、「バラの季節になったらもっと混みそうだな」と会話していたが、心の中で頷いていた私だった。
 西洋館と花々はとても似合う。今回はどこの西洋館も『garden necklace』と冠した花のイベントの看板を入口に掲げていた。そんなわけで、今回は山手資料館とすももの花、ブラフ18番館とあんずの花をおさめた画像も載せておきたい。
 そして18番館の脇、石川町駅に向かう階段にはシャガの花が咲き乱れていたので、一輪、風がやむのを待っておさめてみた。アヤメの仲間であるが、これだけの群生で見られるのはうれしい。大磯の城山公園や茅ヶ崎の里山公園の近くで見たことがあるが、野草が横浜のど真ん中で群生しているのは素晴らしい。植生したのか、もともとの在来種なのかは知らないが、野の花の可憐な咲き方には笑みを浮かべずにはいられない。そんな数時間のみどりの時間だったが、石川町から今回は帰路に就いた。あと一、二週間のウチにサクラ(ソメイヨシノ系)は見頃を迎えるはずだ。
 天候にも恵まれたせいか、人出の多い土曜日となった。最近は、整理整頓に追われ、屋内で過ごすことの多い毎日、他の用事で久々に外出できたのだが、やはり山手の花が気になって行ってしまった。熱心なのか、お馬鹿さんなのか、最近は判断しにくい自分の行動も含めて、春なんだなあと実感した。
 四月以降、これからはしばらく横浜の花散歩が続きそうである。それにしても今日のメジロは人なつっこかった。あんな近くまで来てくれたことはない。大口径を持って行っていれば、もう少しピントも描写も、よりどんぴしゃな、かりっとした画像になったはず。だが大きなレンズを抱えて、別の用事を足しに行くのもおかしなものであるから、そこは諦めるしかない。考えてみれば、軽めの機材とは言え、交換用の望遠レンズも含めて日常持ち歩いている時点で、お馬鹿さんの類かも知れない(笑)。……疲れた。ではまた。


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40 一般的な機材の話3 -一冊の本からのカメラの思い出話- [写真 本]

 遂に四十回。2014年からお目にかかったこのブログ。当初はギャラリーや展示を中心のご案内で始めた。最近は被写体や自然に関するもの、ひいては浅学計り知れない機材の話を、一般のレベルでお話ししている。今回もそのとても浅い知識でご披露する機材の話である(したがって、たいした話は出来ない)。お暇な方とそこそこ興味のある方と、通りすがりのネットサーファーの方はお読みいただきたい(笑)。三月はいろいろと忙しくなりそうなので、早めのアップである。これは三月分の記事である(後半に時間が出来るようならもうひとつアップしたいところだが、どうかな?)。
 二十代のころに、いつも眺めていたカメラの本がある。『中古カメラ実用機買い方ガイド』というCAPAの別冊だ。最近、荷物整理のため本棚から出した。懐かしかった。この本を、いつも寝そべりながら、眺めていた時代がある。カタログ形式のページ・レイアウトで、過去に発売された35mmサイズの一眼レフとその諸元や中古市場の状況などが事細かに書かれた本だった。すでにオートフォーカスの時代に入っていたのに、『今度はこのカメラがお小遣い程度で手に入るかも』などとMF一眼レフの購入を考えていたころだ。
 旧大井町ならEMというカメラが、この本をたよりに買ったMF一眼レフカメラだった。発売期間後から約十三年後の中古品だ。それまではお下がりのFE(こっちほうが上級クラスです)を使っていたのだが、どうしても「リトルニコン」がほしかった。F3ジュニアと呼ばれていたからだ。このカメラ、半分オートで取れるところも、当時若者(子ども?)だった私には魅力だった。いまならマニュアル露出計での調整のほうが楽なのだが、当時はそれが億劫に思えていた(不思議だ)。
 昔中高生のころ、ショールームで燦然と輝いていた、かのカメラが、そのころも色あせず、私の瞳に焼き付いていた。そして次にFE2を入手した(その後本稿既出のF3へと続く)。二十代の若者が自分で買えるようになって、旬が過ぎたとはいえ、2000年手前のころ、あこがれていた機材を安価で使うのが楽しかったのだろう。この購入した当時、完全に業界はオートフォーカスが主流だった。コンパクトの分野ではデジタルも当たり前の頃だ。そのためしっかりした金属のつくりにもかかわらず、EMやFE2は完動品でもBクラスなら一万円でおつりがくる値段で、中古店のショーケースに並んでいた。本当にお小遣いで買えたのだ。良い時代だった(笑)。
 この本にはヤシカや京セラ、コンタックスなどの今はなき国産カメラ機種も掲載されている(さすがにトプコンまではない)。残念なのは私がお気に入りだったフジカのジェイシリーズの一眼レフは載っていなかった。フジカは富士フイルムの一眼レフブランド名で、珍しいものが好きだった私はいつもそれを探していた。結局手に入れることはできなかったが、645は富士のGAシリーズを長く使わせてもらった。レンズ交換などはできないが、写りのいいカメラだったのを覚えている。接写リングで近接撮影も可能だった。もうやり方を忘れてしまったが、フィルムの装填も他の中判カメラより楽といわれていた(私は他を知らない)。
 余談だが、この当時コンパクトも富士を使っていて、F100fdという機種が気に入っていた。理由は単純で「美術館・博物館モード」という撮影モードが備わっていたからだ。わたしにぴったりである。通常あまりプログラムモードを使わないわたしだが、この機能だけは別で、説明板を写すのによく使っていた。
 カメラがデジタル化する際に、業界がまだ選びあぐねいていた時期がある。当時の雑誌の知識を思い返すと、現在のような筐体ごとモデルチェンジする方向と、データパック型によってカメラのフィルムのスペースに、装填して撮像素子をフィルム面に充てる方法が考えられていた。もし後者に進んでいたら、「いまも中古市場でニューF1やF3、LX、OM3、X-1なんてのが、高値になっていたのかなあ」などと、たまに思うことがある。それは中古店で、ジャンク品コーナーに並ぶそれらの旗艦機を見た時だ。
 でもそうならなかったおかげで、結果として、私はEOSシリーズの優秀なフォーカスセンサーを知ることになったし、復活したKシリーズのタフなボディに出会えた(これ最高!)。だから自分にとって時の流れは正しかったということになる。それがいまへのプロセスの整合性である(笑)。
 EOSなら最近まで7D(これはデジカメなので、かの本にはさすがに載っていません)を使っていた。使い勝手もよかった。7Dは本当に私のお気に入りだった。ただしいまは少し軽めのひとランク下のクラスにAPS-Cを変えている。長時間の自然散策の際に、今の年齢に適しているからだ。妥協できない機能を最低限備えていてくれる軽いもの、それが今の私のニーズだからだ(でも決して7Dmk2購入計画を諦めたわけではない・笑)。譲れないのはペンタプリズムとミラーである。妥協というわけではないが、まあファインダー視野率は97ー98%あれば十分。どうせプリントしたら切られる。どちらが自分の必須アイテムかといえば、そのままのガラス越しのファインダーで植物を見たいのだ。色や影の具合をガラス越しの感覚で知りたいからだと思う(私ごときがこだわりを持ってスミマセン。たわごととスルーしてください・笑)。
 この手の話題に触れるときに気を付けているのは、あくまでここに述べた機材への感想は、個人的、主観的な考えであり、私の考えが決してマジョリティーではないと皆さんには言っておくことである(むしろダイレクトにマイノリティと言い切っても良い・笑)。最近の一眼レフの動向などはあまり知らないからだ。
 だが各メーカーさんが一生懸命に考案して、より良いものを作られていることだけは確かである。かつてNC両者の保持者が、互いに品評しあうなんてのもよく見られた光景だったが、旧大井町も旧下丸子も製品として素晴らしいものを作っているので互いに遜色など全くない。同じ予算でどこに力を注ぐかで多少の性能が変わる程度のことだ。自分にとっての必要な機能を持っている機種を買えば良いだけのことだ。私の場合は、フィールド撮影用、小ぶりな筐体、ペンタプリズムとミラー、絞りとシャッター速度のダイヤルがそれぞれ前後にあるもの、連写速度などが第一条件のような気がする。探せば他にも必要事項があるのかも……(急には思いつかない)。
 まとめよう。今回の本にまつわる所感でカメラへの愛着が思い出せたことを嬉しく思う。時を経て、この本を再び開いて感じたのは、自分が手にした機材が一番いい機材だということ。再確認である。値段、機能、メーカーや機種も大切だが、それを買うために努力して、悩んで、やっと手にできたその喜びこそ、私としては機材の話で一番重要なことであると思う。きれいごとだって言われてもいい。みんな自分の機材をそうやって手に入れているのだから、喜びや幸せや愛着を忘れずに使ってあげるのが一番である。少なくとも私は本気でそう思っている。春になって、私の愛機はシャッター回数が多くなる。私も幸せを感じる。いいスパイラルではないだろうか。
 自分で言うのも何なのだが、たいした知識もない私ごときが、機材の話を書くと変な感じだ(申し訳なさも含めて)。ネットの世界には、私など太刀打ちのできないような、すごい「つわもの」がつくるサイトがごまんとある。細かな知識はそちらにお任せすることが大切である。あくまでこのブログの機材の話などはたわごとであり、夢想家の酔狂世迷言のようなものと思ってすぐに忘れてほしい(笑)。ではまた。

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