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24 帰ってきた写真ギャラリーめぐり-たのしくなる写真展 [帰ってきた写真ギャラリーめぐり]

 何度か例に挙げてきたが、見ていて楽しくなる写真というのがある。その代表となるのが私の場合は植田正治だ。例えば『ジャンプするボク』や『ボクのわたしのお母さん』である。数年前東京駅のステーションギャラリーでやった植田の写真展では間近でお目にかかれた。それより少し前の埼玉の県立美術館でやったときもやはり展示された。シリーズ『パパとママとコドモたち』の数々の作品も同じ雰囲気だ。
 こういった作品と対峙していると思わず頬が緩む。どうしてこんな優しくユーモラスな作品を作り上げることが出来るのだろう。露出とピント、シャッター速度では作れない、なにか向こう側にある世界観なのだろうなと日々思う。マネをしたくても出来ない代物だ(それ以前に、人物の演出やポートレートなどをあまりやらないけど…)。
 先日、製品のことで新宿にあるリコーのショールームにお邪魔した。併設するギャラリーとは別の用事だった。格好良い展示機材を眺めながら、用件を済ませるとショールームを背にして駅に向かう。その一瞬、出口のところでわたしの横に展示してあった大きなカラー作品が目に入った。奥まった先のギャラリーに展示してあった作品だ。
 外に出て、二階廊下から下りエスカレーターに乗る直前、「ん」と思いがよぎり、『見て帰ろう』と心が身体を反転させた。引き返して、ギャラリーへと入ったわけである。
『ニッポンのはたらく人たち』と題した写真展がそれである。うっそうと茂る森の中で時間を止めた各々のポーズが面白い。チェーンソーから飛び散るおがくずもピタリと止まっている。なんともユーモラスな、そして嫌みの無い笑顔がまっすぐに心に飛び込んできた。被写体の人々が生き生きと半ば滑稽にさえ見える陽気さで鑑賞者の笑顔を誘う作品だった。展示された多くの作品のほとんどは、集合写真のようでいながら演技、演出も入っているところがいい。わたしの目には演出写真と言えば植田正治が真っ先に浮かぶのだが、植田のそれとは違うセンス、元気さが前面に出る。先に挙げた植田作品が「ほほえみ」なら、これらの作品は「大笑い」というのが合いそうだ。そこに「働く人」という主題があるからなおさら楽しく見えるのかも知れない。
 わたしが戻った理由。もうひとつは何処か記憶の中にある作品の構図とダブったからだ。それは森の樵夫(しょうふ・「きこり」のこと)を被写体にした古い乾板・湿板のガラス写真時代のもので、『直径三メートルのもみの木・切り込み口作業を終えた樵夫たち』という作品だ。アメリカの写真師ダリウス・キンゼイ(Kinsey 1869ー1945)が1900年頃に撮った作品である。樵夫たちが森を開墾している勇姿を知人に自慢するために、キンゼイに注文して撮らせた作品だ。この作品以外、わたしはこの写真師の作品を知らないし、作品だけでなく素性も知らない。ただインパクトでこの作品の構図が記憶に焼き付いていただけだ。
 ここに掲げられた大型のギャラリー作品が、わたしを惹きつけたのは、おそらく記憶に残ったキンゼイのような森の樵夫の構図と植田のような見ていて楽しくなる表現が重なったためである。
 さらに良いと感じたのは「合成なし」という言葉と、かりっとした画像に仕上がっているクオリティの高さである。久々のお気に入りの一枚に出会えたように思った瞬間であった。本当はもう少し時間が経ってからアップしようと思っていたのだが、折角紹介するので、会期中にアップすることにした。大急ぎとなった。
 もしこの作品をご覧になることがあれば、あなたの心を楽しくする何かに出会えるのではないだろうか。コメディの映画や演劇を見た後のような、楽しい気持ちで会場を後にすることが出来る一品であった。会場の写真撮影はOKという太っ腹なところも、作者、ギャラリー側の両者に感謝である。

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リコーイメージングスクエアー新宿
http://www.ricoh-imaging.co.jp/japan/community/squareshinjuku
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