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08 写真ギャラリーめぐり-「イベント会場(統一主題と自然公園を例に)」 [写真 ギャラリー]

「イベント会場(統一主題と自然公園を例に)」 ということで今回は前回のCP+とは形態の異なったイベントにスポットを当てたい。まずは「東京写真月間」だ。形態の違いというのは、CP+がパシフィコ横浜という展示場を使ったイベントであるのに対して、「東京写真月間」はメインの展示場を持たないことと、写真作品に特化しているギャラリー相互の協力により統一主題を抱えたイベントであると言うことだ。前回の部分と比するなら、「フォト・ヨコハマ」に形態が似ている。
 ではその実体を過去の例を参照しながら見ていきたい。私が興味を持った年のテーマは2010年の「森はふるさと-生物多様性の恵み」である。この年はエプサイト(新宿西口にあるエプソンのギャラリー)、ペンタックスフォーラム(新宿西口)、コニカミノルタプラザ(新宿東口)、キヤノンギャラリー銀座、富士フイルムフォトサロン(六本木・ただし住所は赤坂)、オリンパスギャラリー(神田小川町)のギャラリーが同じ統一テーマで一流の写真家の作品を集めて展示している。作家ごとに細かな被写体は異なるが、大枠でとらえればネイチャーや自然風景写真である。里山、樹海、きのこ、森の風景などが主に作品の被写体だった。
 このとき鑑賞してきた際の私の「鑑賞記録ノート」に残されているものは、里山の写真展では「トチノキと陽光の光輪を写したものがきれい」とある。他にも「コウノトリと小学生の通学風景がほほえましい」、「カタクリやミツバチなどの自然の姿が生き生きと写し出されている」などの感想コメントが残っていた。これは俗称「下丸子」のメーカーさんの銀座ギャラリーでの展示であった。
 次に「自然公園」の例えだが、こちらも同じ年、2010年に行われた「東京バードフェスティバル2010」の資料から掘り起こしてみたい。こちらは自然科学系の社会教育施設と公園の融合した場所での開催であった。鳥を写すかたはご存じのかたも多いのだろうが、知らないかたのためにおおざっぱな説明を入れると、JR大森駅、京急平和島駅からバスでおよそ五分から十分、モノレールの流通センター駅から徒歩十五分ほどの場所にある埋め立て地を利用した干潟、潮入池のある海浜公園だ。類似施設としては葛西海浜公園(駅名は葛西臨海公園である・不思議)が新木場近くにある。私自身、あまり鳥に詳しいわけではないが、自然風景を写すために必要な程度の興味はある。通常東京港野鳥公園は入園料が必要なのだが、初夏ごろのこのフェスタのときは無料になる。中で軽食程度の食事もとれるので、東京にいながら軽いピクニック気分を味わえる。またかつての俗称「大井町」のカメラメーカーファンには嬉しいフィールドスコープとの合体撮影を実演していたのを覚えている。かのメーカーはフィールドスコープの分野でも有能ぶりを発揮していた。
 このときは敷地内奥に位置するネイチャーセンターという社会教育施設に動物や自然を撮影なさっている写真家の先生が講演をしてくれるということで訪れた記憶がある。そのタイトルもずばり「ネイチャーフォトを楽しもう!」である。そのときの印象がやはり「鑑賞記録ノート」に残っているので引用してみる。「カウボーイルックのお似合いになる先生。小さな冒険やサバイバルの話が実直な人柄とともに楽しかった。デジタルスライドはフィルムからおこしたものもあり、それらは独特の乾いた質感がフィルムの味をデジタルになっても保っていた。新しいデジタルで撮影したものはビビッドなものがあり今風だ。新鮮でいまにも動き出しそうなカットだった」と残してある。この先生の講演は他の場所でも何度か拝聴したことがあるのだが、お話が楽しいことでも訪問した甲斐がある。もちろん写真も絶品ばかりである。また望遠レンズの使い方を「自分の手法として」と冠しながらもお話ししてくれたのも参考になる(とはいっても同じものなど絶対とれません-笑-)。
 以上の二つのイベントについては、予定変更がなければ5月から6月頃に毎年行われているイベントである。前回同様、これは過去のプログラムなので今度のプログラムがどのようなものになるのかは分からない。こちらも事前にご自身でお確かめの上でご参加願いたい。
 さてなぜ同じ年のイベントのご紹介になったかというと、この2010年は生物多様性のメモリアルイヤーということで、ある種のパラダイムのような思想観があった。その派生として、ネイチャー分野の写真にもスポットが当たっていたことに起因する。こういったイベントは他にもたくさんあるし、ご自分の好きな分野でのイベントを探して訪問するのも楽しみの一つである。そしてこういったイベントでお話をうかがった先生方の作品を次はギャラリーで拝見するというのもギャラリー訪問の楽しみとなる。
 およばずながら今回ご紹介したイベントのURLを下に記しておくので何かのご参考になさっていただければと思う。では今回はこの辺で失礼。


http://www.psj.or.jp/gekkan/about/index.html「東京写真月間」のURL
http://www.wbsj.org/wbsj-blog/yachoukouen/東京港野鳥公園のURL
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index027.html葛西海浜公園の案内

追記 2015年5月にオリンパスのギャラリーは新宿方面に移転が決まったようです。現在の詳細は以下のリンクでどうぞ。
オリンパスプラザ
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07 写真ギャラリーめぐり-「写真展と写真集」 [写真 ギャラリー]

「写真展と写真集」という主題で今回は話題をすすめたい。ふと写真展や写真美術館などにいくと、ごく希に鑑賞客の中に「そんなの写真集で見たっておんなじだよ」という声を耳にするときがある。これはたわいもない台詞でこの人たちに悪気など毛頭ないのはすぐに分かる。しかし真剣に写真している人たちには痛い言葉だ。なぜこんな屁理屈が生まれるのかを暇つぶしのよもやま話の材料としてみたい。今回の問題提起はここから始めよう。
 もちろんこの台詞に対して、「写真を理解していない人の屁理屈であり、取るに足りない」と思っている賢人読者諸君の一蹴する声は容易に私にも想像はつく。だが写真を鑑賞する方法としては、写真展、写真集のどちらも間違っていない。両方とも正解だ。甲乙などつけてはいけないと考えている。これが絵画であると、まだ説明や理由付けを伝えることに適していることが素人目にもわかる。筆致、色のりなどで、顔料や絵具の凹凸や、筆跡、技法までもが分かるから、実物を目の前でみたいと思うのはそういった人たちにも理解できるものである。例えば点描主義の作品は印刷の網掛け作業では細部が省略されてしまうなどの話は良く聞くよい例えである。まあ後期印象派のスーラなどがその代表格だが。
 では写真はというと、大前提として写真は絵画ではない。写真の仕組みそのものはもともとが「科学の子」である。タルボットやダゲールの実験と開発を起点としている。描くのではなく、像を映し出す化学反応だ(現在は電気信号だ)。だからその特色を説明できる手がかりは他で見つけてみよう。
 よく写真家の先生方がイベントや雑誌などで訴えているのが印画紙やプリンタ用紙での出力で見て欲しいというお話である。好きな写真作家のお気に入りの写真を安価で手元に置いておきたいという願望に叶うのはポストカードや写真集なのだが、これは最大限できるかぎりの品質を苦慮して、出したカラーグラビア印刷の作品ということになる。あまり受け手の私たちは考えることは少ないが、印画紙やフォトプリンターのプリントがどれだけ細やかなのかとか、なぜフォト専用のプリンターや用紙を各社ラインナップを設けているのかを考えていただければ答えは自ずと出てくるはずである。
 もちろん写真集側のかたを持たせていただければ、印刷技術も向上してきたので一概に写真集が劣るとは考えにくい。よりよい素材(高級な紙やインクなど)を使った写真集を出せば、個展に負けないくらいのクオリティのものはいまの印刷業界のポテンシャルならなんなくクリアできる。ただしそんな高級な素材を使えば、一冊二千円程度に抑えられない。下手をすれば万単位、十万単位の値段をつけないと商売が成り立たなくなる。それを誰が買うというのだろう。需要と供給のバランスに反した行為だ。本来、お気に入りの作品を気軽に手元に置きたいという発想から来ているのに本末転倒だ。
 だから気軽に、安価に、皆に同じ条件で作品にとって一番いい環境でみてほしいという作家サイドの親心の顕在が印画紙やプリンター用紙でのスポットライトなどをつかった展示方法になるのだ。考えてみて欲しい。ほんの十数年前まではカラー理論などCMYKの四色で済ませていた話だ(シアン・マゼンダ・イエロー・ブラックの四色ですよ)。ところが、試しにプリンターメーカーのショールームに行って欲しい。今現在四色で稼働するプリンターは何機種ぐらいあるのだろうか。フォト専用となれば八色以上のインクを使っているはずだ。色空間の広い、グラデーション表現の段差のなめらかなプリンターで作品をつくり、インクに適したフォト用紙で出力したものを最高の条件で展示をしたギャラリーで見てもらいたいというのが作家の「親心」のように思う(「親心」の部分は勝手に私がそうでないかと思っているだけかも知れない)。だからプロの作家さんやギャラリーのスタッフさんなら余計に写真展に対しての意気込みは大きいのではないだろうか。
 まとめれば、手元におきたいお気に入りのものは、多少クオリティは劣るとも安価なポストカードや写真集で押さえておき、作家本人の納得のいく条件の作品を愛でたいと思うのであればギャラリーの個展へとご足労願うというのが本来の姿ということになる。
 つまりは同じ作品でも媒体や展示場所が違えばそれに合わせた準備や調整をしているというのが本当のところなのである。だから「そんなの写真集でみれば…」の台詞は、写真を愛でる人の台詞ではなく、アイテムとしての写真好きの台詞であると考えるのが妥当なのだろう。そもそもの住処や対象が違っているというだけのことである。結局意識の問題であり、重きを置く場所の違いである。
 例え下手な私の例えで言うと、ラーメン好きだって、毎日有名店で食べるわけもなく、カップ麺、即席ラーメンだって同じラーメンなのだから「家で手軽に本場の味を」というのだって悪くないということなのかもしれない(自分で出してみて、この例え合っているか? と若干疑問の自分-笑-)。
 まあ、例えの善し悪しはともかくとして、ギャラリーへと作品を愛でるために足を運ぶことは決して無駄では無いと言うことがお伝えできていれば、今回は良しとしたい。春の足音ももうすぐそこまで来ているようだ。暖かい日にはギャラリー巡りに出かけてみたくなる季節だ。途中公園などに立ち寄ってマクロレンズで早春の花を写すのも悪くない。梅香る早春、甘酒の似合う場所を求めて出かけてみようと思う。
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透過光ごしの梅花


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