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25 一般的な機材の話2 回想編 [一般的な機材の話]

 YMOが時代を席巻し、オリビア・N・ジョンやシーナ・イーストンが歌姫となり、ジョンレノンが倒れた80年代はじめ。Walkmanやportasoundなどすべてが持ち運びできる趣味へと変化したころである。このころ『ニュークラウン』の英語の教科書にはビートルズとジュリー・アンドリュースが登場し、画期的と評判になった時代だ。
 旧大井町はF3、旧下丸子はニューF-1を登場させ、ついに一眼レフは二極化の方向へとかじどりを切った。しかし知名度で言ったらやはりX-7である(なぜって? CMのおかげである)。他にもLX OM10など一眼レフの新機種は華々しくデビューを飾る。
 私もtrip35というコンパクトカメラで撮影した経験のあるスーパーカーショーやブルートレインのブームもひと段落。「電子制御」という言葉が時代を彩り、シンセサイザーやカメラのAE化を筆頭に、多くの製品について回った。
 この当時、ズームは回転式と直進式の二通りが発売されていた。今は精密性を考えて、回転式しか存在しないが、当時は直進式のズームのほうが使い勝手が良いということで重宝されて人気があった。
 後の時代に私はほしかったこの時代の機材を調達した。F3である。もうすでにFのシングルナンバーはF5が現行製品だった。驚くことにまだ2000年前後のこのころにもF3は生産されていた(私は中古で入手しました(笑))。
 今回はこのF3を思い出せる範囲で回想する。スポット測光という独特の測光方式のため、使いにくいと評判だったが、私にとってはそれほどではなかった。なぜなら、中央にある測光部分を三地点で測って、その平均を概算して露出をしていたからだ。
 主な使用目的はウエストレベルファインダーによるマクロ撮影。被写体は植物だ。撮影時に、マクロスライダーに載せて、マイクロスプリットのフォーカシングスクリーンでずれを合わせる方法なのでピントを合わせやすかった(像が左右反転することと光が少ないと片側だけ黒くなってヤマカンになったことを除けばの話だ)。合焦サインを出してくれるAF機のない時代やシビアな撮影にはこの当時は重宝したファインダーだったのだろう。
 一方、アイレベルファインダーでの風景の場合、経験された方はお分かりかもしれないが、フィルム時代というのは背景の青空の青をより美しくしたいと思うと、被写体がアンダーになる。絞りを閉じるからだ。発色のよいベルビアやアスティアなどではf8でも青は美しく出たが、センシアという癖のないポジフィルムを使うことが多かった私はf16以上に絞りをもっていかないと青がきれいに出ないことが多かった(…と覚えている。あるいは私が下手だったのかもしれない?)ただf16以上では、順光なうえに「ど」がつくほどの夏のピーカンでないと被写体はアンダーになる。そのすれすれを楽しみながら写していた(かわったひと?)。
 それに比べてデジタルの時代になってありがたいこと。出てくる画はおおよそ、どのメーカーさんも発色のよいポジフィルムよりさらに発色良い(まるで当時大好きだったダイナハイカラーというポジフィルムの高発色、それよりもさらに色合いのいい状態である。あまりの発色良さに写真がうまくなったと少し勘違いしたくらいである(笑))。かつての私の悩みは雲の彼方へと飛び去った(笑)。しかもISO感度の粒状性が少ないことに驚きだ。ISO800のフィルムはきつかった。ところがデジタルのISO800は常用可能である。科学の進歩を感じた瞬間であった。今所有の機材はどれも各社現行製品ではない。しかも旗艦機でもない。でも十分の常用感度である。カメラメーカー、フィルムメーカーって本当にすごいなと感心させられる部分である(まあ、十五年も前との比較なら当たり前だといわれそうだが…)。
 ちなみにこのF3、私にとって、ひとつだけ難点があった。普通のホットシューがない。これ専用の接点で装着するスピードライトが必要だった。変換プラグもあったがそれでは意味がない。頑張って買い足した記憶がある。それも今は昔で、このカメラ、私の手元を通り抜けていった。でもいいカメラだったと回想している。
 それほど機材に詳しくないわたしだが、F3は唯一使用経験のある旗艦機の機材だったのでよほどうれしかったのかもしれない。それ以後旗艦機を入手してはいない(特に必要としていないということもある)。唯一の旗艦機にして、最後に購入したフィルムカメラだった(……と思う。すでにF100やデジタルのEOSの使用頻度が上がっていた気がするから)。今回は見せかけにせよ、ちょっとカメラファンっぽいことを書けたかなと思っている。賢人な読者諸君、この痴れ者をそう思わせておいてほしい(笑)。



たまたま偶然機会あって撮った最近のブルートレイン(門外漢である)と日本のスーパーカー

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24 帰ってきた写真ギャラリーめぐり-たのしくなる写真展 [帰ってきた写真ギャラリーめぐり]

 何度か例に挙げてきたが、見ていて楽しくなる写真というのがある。その代表となるのが私の場合は植田正治だ。例えば『ジャンプするボク』や『ボクのわたしのお母さん』である。数年前東京駅のステーションギャラリーでやった植田の写真展では間近でお目にかかれた。それより少し前の埼玉の県立美術館でやったときもやはり展示された。シリーズ『パパとママとコドモたち』の数々の作品も同じ雰囲気だ。
 こういった作品と対峙していると思わず頬が緩む。どうしてこんな優しくユーモラスな作品を作り上げることが出来るのだろう。露出とピント、シャッター速度では作れない、なにか向こう側にある世界観なのだろうなと日々思う。マネをしたくても出来ない代物だ(それ以前に、人物の演出やポートレートなどをあまりやらないけど…)。
 先日、製品のことで新宿にあるリコーのショールームにお邪魔した。併設するギャラリーとは別の用事だった。格好良い展示機材を眺めながら、用件を済ませるとショールームを背にして駅に向かう。その一瞬、出口のところでわたしの横に展示してあった大きなカラー作品が目に入った。奥まった先のギャラリーに展示してあった作品だ。
 外に出て、二階廊下から下りエスカレーターに乗る直前、「ん」と思いがよぎり、『見て帰ろう』と心が身体を反転させた。引き返して、ギャラリーへと入ったわけである。
『ニッポンのはたらく人たち』と題した写真展がそれである。うっそうと茂る森の中で時間を止めた各々のポーズが面白い。チェーンソーから飛び散るおがくずもピタリと止まっている。なんともユーモラスな、そして嫌みの無い笑顔がまっすぐに心に飛び込んできた。被写体の人々が生き生きと半ば滑稽にさえ見える陽気さで鑑賞者の笑顔を誘う作品だった。展示された多くの作品のほとんどは、集合写真のようでいながら演技、演出も入っているところがいい。わたしの目には演出写真と言えば植田正治が真っ先に浮かぶのだが、植田のそれとは違うセンス、元気さが前面に出る。先に挙げた植田作品が「ほほえみ」なら、これらの作品は「大笑い」というのが合いそうだ。そこに「働く人」という主題があるからなおさら楽しく見えるのかも知れない。
 わたしが戻った理由。もうひとつは何処か記憶の中にある作品の構図とダブったからだ。それは森の樵夫(しょうふ・「きこり」のこと)を被写体にした古い乾板・湿板のガラス写真時代のもので、『直径三メートルのもみの木・切り込み口作業を終えた樵夫たち』という作品だ。アメリカの写真師ダリウス・キンゼイ(Kinsey 1869ー1945)が1900年頃に撮った作品である。樵夫たちが森を開墾している勇姿を知人に自慢するために、キンゼイに注文して撮らせた作品だ。この作品以外、わたしはこの写真師の作品を知らないし、作品だけでなく素性も知らない。ただインパクトでこの作品の構図が記憶に焼き付いていただけだ。
 ここに掲げられた大型のギャラリー作品が、わたしを惹きつけたのは、おそらく記憶に残ったキンゼイのような森の樵夫の構図と植田のような見ていて楽しくなる表現が重なったためである。
 さらに良いと感じたのは「合成なし」という言葉と、かりっとした画像に仕上がっているクオリティの高さである。久々のお気に入りの一枚に出会えたように思った瞬間であった。本当はもう少し時間が経ってからアップしようと思っていたのだが、折角紹介するので、会期中にアップすることにした。大急ぎとなった。
 もしこの作品をご覧になることがあれば、あなたの心を楽しくする何かに出会えるのではないだろうか。コメディの映画や演劇を見た後のような、楽しい気持ちで会場を後にすることが出来る一品であった。会場の写真撮影はOKという太っ腹なところも、作者、ギャラリー側の両者に感謝である。

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リコーイメージングスクエアー新宿
http://www.ricoh-imaging.co.jp/japan/community/squareshinjuku
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