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40 一般的な機材の話3 -一冊の本からのカメラの思い出話- [写真 本]

 遂に四十回。2014年からお目にかかったこのブログ。当初はギャラリーや展示を中心のご案内で始めた。最近は被写体や自然に関するもの、ひいては浅学計り知れない機材の話を、一般のレベルでお話ししている。今回もそのとても浅い知識でご披露する機材の話である(したがって、たいした話は出来ない)。お暇な方とそこそこ興味のある方と、通りすがりのネットサーファーの方はお読みいただきたい(笑)。三月はいろいろと忙しくなりそうなので、早めのアップである。これは三月分の記事である(後半に時間が出来るようならもうひとつアップしたいところだが、どうかな?)。
 二十代のころに、いつも眺めていたカメラの本がある。『中古カメラ実用機買い方ガイド』というCAPAの別冊だ。最近、荷物整理のため本棚から出した。懐かしかった。この本を、いつも寝そべりながら、眺めていた時代がある。カタログ形式のページ・レイアウトで、過去に発売された35mmサイズの一眼レフとその諸元や中古市場の状況などが事細かに書かれた本だった。すでにオートフォーカスの時代に入っていたのに、『今度はこのカメラがお小遣い程度で手に入るかも』などとMF一眼レフの購入を考えていたころだ。
 旧大井町ならEMというカメラが、この本をたよりに買ったMF一眼レフカメラだった。発売期間後から約十三年後の中古品だ。それまではお下がりのFE(こっちほうが上級クラスです)を使っていたのだが、どうしても「リトルニコン」がほしかった。F3ジュニアと呼ばれていたからだ。このカメラ、半分オートで取れるところも、当時若者(子ども?)だった私には魅力だった。いまならマニュアル露出計での調整のほうが楽なのだが、当時はそれが億劫に思えていた(不思議だ)。
 昔中高生のころ、ショールームで燦然と輝いていた、かのカメラが、そのころも色あせず、私の瞳に焼き付いていた。そして次にFE2を入手した(その後本稿既出のF3へと続く)。二十代の若者が自分で買えるようになって、旬が過ぎたとはいえ、2000年手前のころ、あこがれていた機材を安価で使うのが楽しかったのだろう。この購入した当時、完全に業界はオートフォーカスが主流だった。コンパクトの分野ではデジタルも当たり前の頃だ。そのためしっかりした金属のつくりにもかかわらず、EMやFE2は完動品でもBクラスなら一万円でおつりがくる値段で、中古店のショーケースに並んでいた。本当にお小遣いで買えたのだ。良い時代だった(笑)。
 この本にはヤシカや京セラ、コンタックスなどの今はなき国産カメラ機種も掲載されている(さすがにトプコンまではない)。残念なのは私がお気に入りだったフジカのジェイシリーズの一眼レフは載っていなかった。フジカは富士フイルムの一眼レフブランド名で、珍しいものが好きだった私はいつもそれを探していた。結局手に入れることはできなかったが、645は富士のGAシリーズを長く使わせてもらった。レンズ交換などはできないが、写りのいいカメラだったのを覚えている。接写リングで近接撮影も可能だった。もうやり方を忘れてしまったが、フィルムの装填も他の中判カメラより楽といわれていた(私は他を知らない)。
 余談だが、この当時コンパクトも富士を使っていて、F100fdという機種が気に入っていた。理由は単純で「美術館・博物館モード」という撮影モードが備わっていたからだ。わたしにぴったりである。通常あまりプログラムモードを使わないわたしだが、この機能だけは別で、説明板を写すのによく使っていた。
 カメラがデジタル化する際に、業界がまだ選びあぐねいていた時期がある。当時の雑誌の知識を思い返すと、現在のような筐体ごとモデルチェンジする方向と、データパック型によってカメラのフィルムのスペースに、装填して撮像素子をフィルム面に充てる方法が考えられていた。もし後者に進んでいたら、「いまも中古市場でニューF1やF3、LX、OM3、X-1なんてのが、高値になっていたのかなあ」などと、たまに思うことがある。それは中古店で、ジャンク品コーナーに並ぶそれらの旗艦機を見た時だ。
 でもそうならなかったおかげで、結果として、私はEOSシリーズの優秀なフォーカスセンサーを知ることになったし、復活したKシリーズのタフなボディに出会えた(これ最高!)。だから自分にとって時の流れは正しかったということになる。それがいまへのプロセスの整合性である(笑)。
 EOSなら最近まで7D(これはデジカメなので、かの本にはさすがに載っていません)を使っていた。使い勝手もよかった。7Dは本当に私のお気に入りだった。ただしいまは少し軽めのひとランク下のクラスにAPS-Cを変えている。長時間の自然散策の際に、今の年齢に適しているからだ。妥協できない機能を最低限備えていてくれる軽いもの、それが今の私のニーズだからだ(でも決して7Dmk2購入計画を諦めたわけではない・笑)。譲れないのはペンタプリズムとミラーである。妥協というわけではないが、まあファインダー視野率は97ー98%あれば十分。どうせプリントしたら切られる。どちらが自分の必須アイテムかといえば、そのままのガラス越しのファインダーで植物を見たいのだ。色や影の具合をガラス越しの感覚で知りたいからだと思う(私ごときがこだわりを持ってスミマセン。たわごととスルーしてください・笑)。
 この手の話題に触れるときに気を付けているのは、あくまでここに述べた機材への感想は、個人的、主観的な考えであり、私の考えが決してマジョリティーではないと皆さんには言っておくことである(むしろダイレクトにマイノリティと言い切っても良い・笑)。最近の一眼レフの動向などはあまり知らないからだ。
 だが各メーカーさんが一生懸命に考案して、より良いものを作られていることだけは確かである。かつてNC両者の保持者が、互いに品評しあうなんてのもよく見られた光景だったが、旧大井町も旧下丸子も製品として素晴らしいものを作っているので互いに遜色など全くない。同じ予算でどこに力を注ぐかで多少の性能が変わる程度のことだ。自分にとっての必要な機能を持っている機種を買えば良いだけのことだ。私の場合は、フィールド撮影用、小ぶりな筐体、ペンタプリズムとミラー、絞りとシャッター速度のダイヤルがそれぞれ前後にあるもの、連写速度などが第一条件のような気がする。探せば他にも必要事項があるのかも……(急には思いつかない)。
 まとめよう。今回の本にまつわる所感でカメラへの愛着が思い出せたことを嬉しく思う。時を経て、この本を再び開いて感じたのは、自分が手にした機材が一番いい機材だということ。再確認である。値段、機能、メーカーや機種も大切だが、それを買うために努力して、悩んで、やっと手にできたその喜びこそ、私としては機材の話で一番重要なことであると思う。きれいごとだって言われてもいい。みんな自分の機材をそうやって手に入れているのだから、喜びや幸せや愛着を忘れずに使ってあげるのが一番である。少なくとも私は本気でそう思っている。春になって、私の愛機はシャッター回数が多くなる。私も幸せを感じる。いいスパイラルではないだろうか。
 自分で言うのも何なのだが、たいした知識もない私ごときが、機材の話を書くと変な感じだ(申し訳なさも含めて)。ネットの世界には、私など太刀打ちのできないような、すごい「つわもの」がつくるサイトがごまんとある。細かな知識はそちらにお任せすることが大切である。あくまでこのブログの機材の話などはたわごとであり、夢想家の酔狂世迷言のようなものと思ってすぐに忘れてほしい(笑)。ではまた。

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39 私流とうきょうの花便り-植物園花色衣・早春編 [写真 自然]

 昨日雪が降った。真冬だ。そして「花便り」、今回は東京出張である(電車で横浜-東京は二十分強である。近い! 横浜市を北から南に移動すると二十分では着かない)。東京の小石川には植物園がある。ご存知東大の付属植物園である。この分園が日光市にもある。ここの本園、もともとは幕府の薬草園だったそうだ。そして青木昆陽がサツマイモの研究をした場所でも知られる。
 場所は地下鉄の茗荷谷駅や春日駅下車で行くことができる。神保町に職場があったころ、この先に部屋を借りていた。白山通りや春日通りなど、この横をたまに自転車でかすめていた。若かった(笑)。
 この植物園の梅園は立派なもので、紅白のウメの木が傾斜地の池の畔に林立している(ただし呼び名は「うめばやし」という)。どの程度江戸の街以前の自然を残しているのは知らないが、この植物園を一回りすると軽いハイキングをした程度の達成感と疲労感を感じる。自然の残された結構な規模の敷地面積があると思って良い。
 さて植物園の話を続けよう。ウメの花は素晴らしく沢山の品種が植えられている。わたしは園芸品種に詳しくないので、その辺は端折らせていただくが、古い建物や青空に映えるウメの花や木に愛着を感じた。その辺は写真を見ていただけば分かる。
 前回も取り上げた兄弟分のサクラについて、この植物園に茗荷谷駅から徒歩で向かうと播磨坂という桜並木の大通りを経由する。その中ほどに河津桜が一本だけあり、満開を迎えていた。その美しい花もアップしておきたい。
 また植物園の中央部奥にも大きなカンザクラがあり、それは旬を過ぎていたが、鮮やかなピンクの花が大きな房咲で出迎えてくれた。
 花自体はそれほど多い季節ではなかったが、スイセンなどは咲いていた。またフクジュソウも小さなつぼみをつけていたので、あと半月ほどで黄色の花を咲かせるのではないだろうか。そして椿である。今回撮ったのは白地に赤のマーブル模様のものだった。
 こう考えると、春もすぐそこまで来ているなという実感である。植物園の入場口からそのまま大きな道を進むと、舗装された道の終わりから、サクラの木が並木のように続いているので四月の初めのは、サクラ見物の人たちで賑わうことだろう。これらはソメイヨシノ系ということだ。またその手前、舗装された道の終点を右に曲がると、藤の木が多く植えられている。これもまた五月には多くの人たちに甘い香りを届ける場所になりそうだ。
 その先に今回写した夏みかんの木がある。植物園のものなので、そっと香りを愉しむ程度なら許されるだろう。
 本来はロウバイも美しかったようなのだが、ヒヨドリの食事なってしまい、今回はその美しい姿を見ることが出来なかった。時期的には一週間前がよかったようだ。
 一応、生涯学習のアドバイスとして、この植物園の展示エリアを挙げておきたい。薬園保存園、分類標本園、シダ園、ツツジ園、梅園、ソメイヨシノ林、針葉樹林園、萩園、クルミ科園、花菖蒲の池などがある。もちろん他にも挙げてはいないが、様々な植物が植生、栽培されている。園のほぼ中央部には売店もある。
 この植物園の温室は改修工事に入ってしまったため、今回は見ることが出来なかったが、新装オープンを愉しみにしたいと思う。
 早春のフクジュソウに会えたのが何よりもうれしかった。山野草ファンにとって、寒い時期、一番乗りのキンポウゲ科の黄色や白の花たちを見つけるといいことに出会えた気分になる(今回はつぼみだけど)。写真にはないが、この園ではフタリシズカにも出会えそうだ。フタリシズカは花よりも葉のほうが大きく、あまり花好きには人気がないが、山野草の雰囲気を持った草である。
 今回は前回に提示した通り、みどりの話を提供した。有言実行できた(つまらぬところで義理堅いとよく言われる・笑)。まだ早春ゆえ、咲いている花は少ないが、確実に春の温かさはそこまで来ている。あと少しだ。また近いうちに、横浜散歩の花たちも撮り歩きたいので、お暇があれば、このささやかなブログにお寄りいただきたい。

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満開の河津桜

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つぼみをつけたフクジュソウ

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園内のカンザクラ

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青空と紅梅

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椿


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夏ミカン

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旧東京医学校の建物と梅林

小石川植物園のHP
http://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/koishikawa/



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38 私流よこはまの花便り8-休息編- [写真 自然]

 久々に花を求めた散歩を再開することにした。最近のお伴の音楽はシーラ・ハルやアリソン・クラウスだ。春だからハルと言うわけでもないのだが、どちらも美声のブルーグラス系ということで、最近気に入っている。
 話は逸れるが、少し説明をいれる(たいした説明でもないし、さほど知りもしない)。ブルーグラスはアメリカのカントリーソング(独立ジャンルという場合もある)のジャンルのひとつである。日本ではそれほど有名なジャンルではない(好きな人はものすごく好きみたいなのだが、わたしはさわり聴く程度である)。アリソン・クラウスのカバーするマッカートニー作の「アイ・ウィル」に惚れてしまった。本家にも匹敵する出来だ。透き通るヴォーカルとスローテンポのアコースティックの雰囲気にとても癒やされる。ハルの「ベスト・バイ」は陽気な二拍子にフィドルが絡むディキシーランドジャズ風なのが楽しい。舞台や銀幕音楽に通じる部分もある。興味ある方はお試しあれ。
 ブルーグラス。大元のルーツは、十七から十九世紀のスコットランドやアイルランド、英国の民謡的フォークソングらしい。これは中世の居酒屋であるパブやイン(個人的には、この辺の文化史の方がまだ得意?)といった飲食店、村の広場、お祭りなどで居酒屋座付き楽団や旅楽団がバラッドに類するクラッシック音楽から庶民に降りてきた弦楽の音楽を歌い演奏したものという。のちにアメリカ移民たちはパーラーソングと呼ぶ。
 移民と一緒に十九世紀にそのスタイルがアメリカに渡り、カントリーフォークと結びついて現在の形になったそうだ。その中心だった人の故郷の地名とバンド名からブルーグラスというらしい。構成楽器は一般的には、フィドル(ヴァイオリンやその仲間)とコントラバス(ポピュラー音楽の時はウッドベースともいう)、バンジョー、マーチンギターD-28、マンドリン、ドブロなどで構成されている。楽器を見れば分かるが、コンプリートなアコースティックというわけで、音の造りだけなら一部クラッシックのトリオやカルテットに通じるものがある。ただしボーカルやバンジョーなどが入るので、印象はかなり違うものになる。角度を変えれば、ジャズの原型にも聞こえる(あくまでわたし個人の感想。音楽分野の知識に精通しているわけでもないので、あとは詳しそうな他人さまのブログやサイトで、乞うご確認)。
 また前置きがとても長くなった。本題に話を戻そう。さてそんなお伴をイヤホンで流しながら、横浜の街なかや山手の丘を散策である。
 梅の状況はまずまず。下の画像を見ていただくとわかる。ちなみに余談だが、伊勢山の桜の芽は、ほんの少し枝先が丸みを見せていたので、準備段階に入ったようだ。
 梅は桜と同様に「木の花(このはな)」と古来より呼ばれてきた。理由は簡単、木に咲く花だから同じカテゴリーだったようだ。現代の目線からいえば、見た目だけでなくバラ科サクラ属なのでそう考えるのも悪くない(ただ昔に博物学の図鑑的な種別分類などなかったけど)。
 だから記紀神話に見られる桜の化身であるコノハナノサクヤヒメノミコトは、マイナー説ではあるが、梅の花の化身とも言われることがある(一般には木の花=桜のほうが有力)。まあ、梅は天神さまや水戸の徳川光圀さまってイメージのほうが一般的である。
 主がなくとも必ず咲き誇れと梅の木に語り掛ける菅公の有名な和歌もあるくらいだし、偕楽園は三名園のひとつに挙がっている梅の名所だ。
 その後山手の尾根道に向かって珍しく汐汲坂を上がってみた。元町からフェリスホールの脇に出る小径だ。さすがに急こう配はゆっくり歩いた。その後ベーリックホール、元町公園を抜けて、港の見える丘公園までウォーキングをつづけた。……が、ベーリックホールも、港の見える丘公園も、バラ園もすべて整備の日でほとんど花がない。しかもむき出しの土が見えていて、植え替えを待っているような状態や水やりのために縦横無尽にホースが張り巡らさせていた。花たちにとっては休息日といったところだろう。また元気になった花たちを被写体にしようと、神社さんでいただいた節分豆をほおばりながら帰路に就いた。
 ここで初めて、なぜ今回の花散歩の前置きが長くなったかがお分かりになったかと思う。主題に沿った話題が少なくて提供できないからだ。また改めて、みどり満喫のお話を近いうちにお伝えできればと思っている。それまでポールやアリソンの「アイ・ウィル」を聴いて楽しむことにする。でも今聴いているのは、加羽沢美濃さんがピアノひとつで奏でる「花のワルツ」である(これがすごくいいんだ)。

注・最近のオフィシャルなものはシエラ・ハルとカタカナ表記されるみたいです。(念のため)


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http://www.sierrahull.com/

https://alisonkrauss.com/
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