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73 ちょっとだけliberal artsっぽい話 3 -歴史と占星術と天文学とホルスト- [リベラルアーツっぽい話]

 長いタイトルである。しかも格を示す助詞の「と」だらけで、良い文章とはお世辞にも思えない(笑)。今回は欧州の文芸や創作の根底にある主題の源泉となる事が多いローマ神話と占星術の「お伽話」である。なぜお伽話なのだろう。この当時は「天体占星学」という学問と民間信仰の狭間の最末期時代-もうほぼ学問ではなくなった時代である。信じがたいが、近代以前は魔女の黒魔術、金を生み出す錬金術、そして今回の話題である占星術って本気で学問として、調査、研究されていた時期がある。こういうテーマって、歴史好きが一度は気にかけたことがある題材にしたリベラルアーツならではのお話である。特に占星術は、天文学の要素を含んでいたので、昔は必須の学問だったけど、今はいち文化に過ぎないもの。感覚としては、日本の大正以前、科学八割、民間俗信がまだ地方や部分的な分野で二割程度残っていた時代と同等の社会背景かと私は考えている。科学の進歩とともに、天文学と分離して占いや文化に変化していった概念。
 では始めるが、根本はおおよそで押さえているとは思うが、所詮は実証事項のない「お伽話」である。もしまことしやかに読めるとしても、憶測の領域を出ない伝説や昔話の類いとしてお読み頂きたい。『遠野物語』の座敷童やカッパと同等に、愛される西洋占星術の歴史の絡んだ昔話、お伽話である。歴史文化の雑学とも言える。このようなコンテンツを事実のように言ったら、私自身何か違うと思うし、実証史学の歴史好きのみなさんがなじめないかもしれない(笑)。

 では占星術という主題を選んだきっかけから入っていこう。最近、ラトル(Sir Simon Denis Rattle)の振るホルスト(Gustav Holst 1874- 1934)の『惑星』(1918)を聴いている。十九世紀から二十世紀初頭を生きたホルスト、たまに聴くといつも新鮮である。今回のものは音も録音も実にいい。クラッシック音楽の録り直されていくコンテンツは、日進月歩で聴くごとに面白くなっている。今回聴いているEMI盤(TOGE-11084)は冥王星だけでなく、小惑星まで入っている。どんどん増えていく(笑)。
 専門家に言わせれば、もともとこの曲は天体や天文学を意識した曲ではない。わたしのような拙い者のお粗末な知識だが、本来ミュシャの『黄道十二宮』なども含めて、こう言った芸術的な主題の背景には、おおよそ歴史的時代相や文化概念が関係している事が多い。
 私たちおじさんは、2006年に国際的な取り決めが変わる以前の学校教育で、冥王星を惑星の一部として教わってきた。『すい・きん・ち・か・もく・ど・てん・かい・めい』と小学生の時覚えたのが懐かしい。
 このホルストの『惑星』には冥王星がないのは、大きく周知されている(別の作曲家マシューズが後に付け足したけど)。1930年のトンボーによる冥王星発見がまだなされていない時代の作品だからだともいう。しかしそれ以前に冥王星のない時代の時代相、占星術の見地からのイメージで、現代の天文学を意識した作品ではないから入っていないと考えるのが無難だ。
 いわばもっと重要なことは、地球が入っていない事である(『惑星』TOGE-11084の解説ライナーノーツp.18にも軽く触れられている)。これは母なる世界なので、視点であり土台だからである。そしてそれこそが、この作品が天文学ではなくて、それ以前の占星術との関連を示唆している部分だからだ。占星術の星の要素は地球から見える天宮図であるからおおよそ地球は大地としてしか見えない。星や天体の一部とは見做されていないと言う意味だ。
 子どもの頃に習ったように、惑星は不規則運動をする。太陽公転の惑星には、地球の自転による円盤運動(現代の星の日周運動、天球の北極星を軸とした天体運動)が及ばないからだ。他の大多数の恒星とは異なり、勝手に円を描かず移動するのである。理科で大昔に習ったのを思いだそう。
 この地球なしの状況からみても、ホルスト(あるいはホルストにインスパイアを与えたもの)は神話や占星術としての惑星をイメージしての創作だった。これはそれぞれの惑星に、副題が添えられているところからも容易に想像が付く。例としては金星が「平和をもたらす者」などだ。専門家がよくホルストについての文章を書いているのを見ると、わりと触れられることの多い話題である。ただしこういうお話は、音楽を理論で考える人々に任せておけば良い。音楽を聴くだけで、歴史に興味のある私は、こっちではなくて文化的時代相が気になる。
 たまに日本語の占星術というのを英語にするとどうなのだろうと小さな疑問にぶつかるときがある。それほど得意分野ではないが、ちょうど良い機会なので簡単に調べてみた。さらにそれに空想も加えてみよう。astrologyは辞書で占星術、horoscopeも占星術である。もうひとつ星占いにはzodiacという単語がある。ただしzodiacには辞書を引くと黄道帯と十二宮図、歳月などの一周という三つの意味があり、十二宮図には金属の星座が彫られた円盤の絵図が載っている(『プログレッシブ英和中辞典 第四版』小学館 p.2160)。つまりzodiacこれ自体に占星術の意味は無い。きっと後ろにastrologyかhoroscopeの単語を付けてセットで、黄道十二宮の占星術、つまり十二星座星占いになるのではないだろうか。それを省略してzodiacのみでもその意味で使うことが多くなったのかも知れない。推測に過ぎないが。常に私が違和感を持つ、携帯電話を「ケータイ」だけで、電話を意味させているあれにちょっと似ている(笑)。
 ただそう考えれば、私が別アカで出しているミュシャの『黄道十二宮』の英名「zodiac」の十二円盤や便宜上「西洋十二支」といっている意見に正当性を少しだけいただけるかもしれない。
horoscopeはhoro-という語頭に意味がありそうだ。例えばhorolo-まで行くと、辞書を単語順に観察すれば、時計やその台座である時計盤や円盤の関連語に行き着くことが分かる。時間という「時の概念」だろう。
 空想してみよう。私たちは巨大な円盤を皆平等に頭上に持っている。天球だ。その天球は夜空になるとわかりやすくなるが、地球自転速度が一時間に十五度で(北極星だけは動かないけど、天球一周360度÷15度<一時間>=24時間。つまり天球は大きな24時間の時計盤という概念が成り立つ。実際には太陽光での昼間、大地の下に沈む星々もあるので、時計盤の針を追うように360度で星の周期は見えない)、これに合わせて天球も回っている。このことが通底概念全てのルールとなる。ここに時間という概念が存在するし、成り立っている。夜空の星や太陽が時を刻むのである。つまり地球が自転と公転することから時間という概念が生じたと考えるのが妥当だろう。換言すれば自転が24時間と公転が365日と言うことだ(もちろんぴったりの数値でないから閏歳、閏月、閏秒などの修正時間が必要とされてきたし、誤差をなくすために、起点となる春分や秋分の同時刻の影などから、太陽が同じ日にちの同じ時刻で南中に位置することなども調べたのだろう。ましてや天動説の時代も含めたときは、24や356、29-30などの数字のみの計算に過ぎない可能性もある)。ここから過去の時間や暦に関わった優秀なひとびとは、両者を考慮の上で分割したり逆算して、分や秒という概念を発見したのかも知れない。たしか我が国の陰陽師の所属した宮中中務省の部署はそんな場所だったような……?
 私たちの現代社会は、宇宙の周期性のルールである時間という概念とともに過ごしていることになる。その意味で天体と占星術と時間は大昔は背中合わせの学問だったのかも知れない。哲学概念で言えば、大もとは一緒の概念だったとも言えよう。
 つまりhoroscopeは、-lo-がない分、時間とは関係ない方の概念のようにも想像できる。黄道十二宮や天宮図を意味するので、大空の太陽の移動する円盤(天球)と考える空想も成り立つ(同掲書 小学館 p.936)。やはり太陽の通り道にある星座たちということで、天体運動と黄道十二宮の概念に行き当たる(ただ実際上の天体の黄道の星座は13あるのだけど)。そしてその星々の移動や運動の規則性などから導き出すご機嫌伺いが、星占いと言うことだったのだろう。
 一方のastro-にも-logiと-nomの接続する語尾があり、語彙や意味の枝分かれがある時点から存在したのだろうと考えた。ただしこの辺の言葉の解明も英語の専門家がもうやっているのだろうから、空想家の素人の出る幕ではない。どれも私の空論、勝手な推測の領域を出ない。でもこういう話には夢がある(笑)。
 ここで必要なのは占星術と天文学は似て非なるものということだし、このホルストの作品がインスパイアされた文化的土壌を考慮したとき、やはり占星術からの主題と考えてこの音楽を聴くことが重要であると個人的には思っている。神話、すなわちローマ神話の神々と星々、そのお姿を思い浮かべて聴くのが私流ということだ。マーキュリー、ジュピター、サターン、ヴィーナスと神々の名前を冠する惑星たちとそのイメージ(ちなみに地球はテーラ terraである。そして関係ないけどマッカートニーのアルバムにも『ヴィーナス・アンド・マース』がある)。まさに歴史と神話と自然物からの創造物である。だから冥王星が入っていなくても問題にはしないし、小惑星もとくに興味ない。今回はこの歯切れの良い結論を導き出したかったのだ。ただし詳細事項の部分は、素人の世迷い言故、世間話の延長線上に位置するお話、お伽話として処理してほしい。おおよそ、だいたいは間違いとは言い切れないが、信憑性は低いレベルの話だ。なぜなら私は天文学者でも占い師でもないからだ。しっかりした事実を知りたい方は、本当に学問や研究をしている書物を当たることをおすすめする。
 どうでもいい理屈を並べさせて頂いて、鑑賞するイメージやモチーフの再検証をここでさせて頂いた。こういう機会でもないと、ちゃんと調べようという気にならないためである(笑・ここで使う「ちゃんと」という言葉が、素人の探求ごときに対して適切かどうかは疑問だが)。
「ここまでややこしく考えて、音楽を聴いても楽しくない」といわれると困るので、今回はたまたまであると言い訳をしておこう。『惑星』だからである。これが「マス」だったら魚釣りの話をしていただろう。

 今回は文化、概念、芸術のベースとなる歴史社会と時代相を面白い切り口から取り出すことが出来たのではないだろうか?
 最後に占星術astrologyと天文学astronomyのこと。これらの両者、語尾のわずかな違いで、どこかの時代から枝分かれしたお隣同士の概念だったのかも知れない。しかし現在は全く相容れない概念である。狭間に科学という大きな壁があるからだ。
 こんなややこしいことを考えるよりもホルストを聴いて心を安らげることにしよう。



おまけ
 前の話題、三輪そうめん食べてみた。きめ細やかで、繊細なそうめんだった。おいしくいただけた。御利益ありそう(笑)。最後はローマではなく、日本の神さまの話になってしまったが。あしからず。



 
ラトルの『惑星』に関する盤紹介。ここにもシンセサイザー演奏者冨田勲さんの話題があるが、クラッシック音楽を雰囲気だけそのままにポピュラー、大衆に紹介する才能の持ち主であることが今更ながら知ることが出来る。尊敬に値する。
https://www.hires-music.jp/mqa-classic4/



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67 ちょっとだけliberal artsっぽいはなし 2 [リベラルアーツっぽい話]

 四月、新年度、一回目は格調高く参ろう(私レベル、低レベルでの格調の高さだ・笑)。
 その昔十七世紀や十八世紀の頃、ヨーロッパの富裕層の人たちは成人と見なされるために、ある一定の年齢になるとローマなどの芸術に触れる旅行に出されたという。とりわけ男の子は、社交界にデビューするためにこの儀式がとても重要だった。
 訪問地は、おおよそイタリア、ローマやフィレンツェなどの美術館がある町が多かったようである。これらの町は、現代の私たちからすれば、町全体が美術館のようなものなのだが……。
 そんな文化の中心地だったイタリアへと行かされる貴族諸侯の利発な子息、子女たち(特に子息)は、それなりに立派な馬車を用意されることもあり、一路ローマへ向かったという。この目的はなにも芸術鑑賞が最重要というわけではなく、そこで得た知識を武器にして社交界で名声や信用を得るための話題作りと述べる歴史書もある。中には旅の途中にスリやチンピラに扮した父親の部下が、その子女にやっつけられて、彼らが自信を持つための演出ハプニングを行ったなんて記録も残っている。過保護なのか、サプライズなのか、座興なのかよくわからない行為である。
 ダヴィンチやミケランジェロ、ボッティチェリなどの様々な芸術作品を学ぶことで、社交界にデビューした際に話題について行けるように(見くびられないように)、教養を高めておくのが名目上の目的だったという。とりわけ遠方にあったイギリスからの旅行は大変なものだったと伝えられている。それは大がかりな旅支度になったろう。
 馬車に限って当時を推測してみよう。ホームズのテレビドラマの台詞から察すると、馬車の御者席が区切られて、四輪、二頭や四頭立ての馬車ならとても高貴な人物と推測していたので、お金持ちほど頑丈な馬車で旅したのかも知れない(グラナダテレビの『シャーロックホームズの冒険』「ボヘミアの醜態」で依頼客が閣下クラス以上と見抜いた時の理由である)。いまならロールスロイスなんかにあたるのだろうか?
 現在は一部の知識人だけが芸術を愛する時代ではないので、多くの人たちが名作や名画とよばれる作品を自由に堪能できる。おかげで庶民の私でも名画と呼ばれる数々の絵画を自分の目で見ることも出来た。「アイスクリーム」の歌と同様に、王子や王女でなくとも絵画を見て、アイスクリームを召し上がるのだ(笑)。
 時代に関係なく、文学的な画家というのをリベラルアーツの立場からご紹介しようと思って、今回はこんな始まりかたにした。いつになくまじめな内容で失礼する(ちょっと文学部出身っぽいでしょう? 笑)。
 イギリスのバロック時代の画家にウイリアム・ホガース(William Hogarth 1697-1764)という人物がいる。時代はバロックだが様式的にはバロックとは言いがたい(と個人的には思っている)。一般にはこの画家は風刺画家といわれているが、あまり類を見ないユニークな作品を残している。マスコミ的なドーミエ(1808-1879)などとは少し質が違い、文学っぽいのである。絵の雰囲気でいうとロココ様式のフラゴナールに似ていると私個人は勝手に思い込んでいる(正解の解答ではなく、あくまで個人的見解)。版画の方は、まあ銅版画のおきまりのパターンである。
 前述した時代のイギリスの良家の子女を想像してみよう。そんな高貴な家柄の息子の元に、時代の寵児のような商いをしていた商人の娘が嫁ぐという興味深い作品を残している。『当世風の結婚』という作品だ。
 彼の連作作品は紙芝居のように物語があるため、しばしば文学的であると紹介される。教訓オチしているところまで古典から中世の文学的だ。これのほかにも『放蕩一代記』や国立西洋美術館にも一部所蔵されている『残酷の四段』などもある。なぜこれを美術館紹介の別アカウントの自分のブログではなく、こちらに出したかというと、別アカウントの方は十九世紀の様式論のみを扱っているためだ(唯一の例外はボッティチェリ)。それとおちゃらけて話題に出す程度の知識しかホガースのことを知らないからだ。
 物語としては、没落気味の高貴な貴族の息子と成金商人の娘の政略結婚のなれの果てを描いているという何とも辛口な風刺画である。全六枚は紙芝居形式のように物語り仕立てなので、絵画に疎い人にも興味を持てるものだ。その中でちゃんと絵画の見所であるメタファーもばっちり仕込まれている。結末はお互いに浮気相手を作り、結婚生活は完全に破綻というモラルのない社会へのメッセージがあるとともに、それとは逆のアンチ禁欲主義のメッセージもあるという。最後の六枚目には貴族の新郎はいなくなり、弁護士は処刑、新婦は自殺と、まるでアガサ・クリスティの小説のような結末。ハッピーエンドが好きな私にはちょっと心が痛いエンディングである。気になる人は専門的なものを読んでみよう。
 十七世紀から十八世紀は、まだ十九世紀ほど社会が整っておらず、中世のしきたりが残っていたように感じる時代背景や時代相を読み取れる。科学的見地のテイストがまだ社会に浸透していないのだ。ちなみにホガースの作品は、絵画のものと版画のものがあるので、二度楽しめる。
 イギリスを代表する画家として、ほかのヨーロッパに絵画の分野で遅れをとっていたこの国が追いつくきっかけになった画家である。国民的画家とまでいわれることもある。また『放蕩一代記』の第二場面「新当主の会見式」では、なんとあの音楽家ヘンデルのハープシコード(チェンバロ)を弾く姿がお目にかかれる(『メサイヤ』、『クセルクセス』などを手がけたバロック作曲家です。バッハの好敵手という方もいらっしゃる)。二人は知り合いだったようだ。結構、絵画ファンの間では有名な作品なのだが、一般にはまだまだ浸透していない作品なので、もし興味がある方は図書館などで見ていただきたい。
 今回はちょっと芸術風の内容で気取ってみた。私程度のご紹介する底の知れたリベラルアーツではあるけれど。そう所詮は書き手が私なので、たいしたことない(笑)。


ウイリアム・ホガース 『当世風の結婚』
http://www.salvastyle.com/menu_rococo/hogarth_marriagea.html

参考資料
夢プロジェクト編『名画謎解きミステリー』河出書房新社 2005年
国立西洋美術館サイト http://collection.nmwa.go.jp/G.1994-0012.html

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58 社会教育施設・音楽ホールの話-生涯学習としての考察から- [リベラルアーツっぽい話]

 街角やラジオからマッカートニーの『ワンダフル・クリスマス・タイム』やレノンとヨーコの『ハッピークリスマス』が流れる季節になった。このマッカートニーの曲も『幸せのノック』のようにあたたかくて、仲良しな曲である(私はそう解釈している)。「シンプルにステキなクリスマスの時間を」なんて歌詞がマッカートニー流だ。しかもふわふわのテクノポップ調だ。
 レノンのほうは、周知の通り、ご存知平和を願うメッセージソングである。でも多くの皆さんはやっぱり山下達郎さんかな? 
 さて、今回は表題通りの「リベラルアーツっぽい話」が出来る上に、主題の一つである社会教育施設についての話も兼ねている。少しだけ普段より背伸びをしてお話をしていきたい。ただし所詮書き手はわたしなのでそこそこレベルである。そこそこが、どの程度かは皆さんが一番よくご存じであろう(笑)。
 今回は鎌倉芸術館という音楽ホールへと仲道郁代さんのコンサートに出向いた。加羽沢美濃さんの時と同様に音を楽しみに行く。しかも今回のお目当てが利き酒ならぬピアノの音の聞き比べである。音楽家でも、調律師でもない素人のわたしにピアノの音の聞き比べの内容は述べられないので、そのものではなくて、文献屋が書けそうな周りの話題をご紹介と言ったところだ。
 さて、家でよくかけているクラッシック音楽CDの弾き手のひとりでもある仲道さん。その方の演奏が生で聴けるというので、フラフラと出かけていくことにした。加羽沢さんの時は、音楽とトークで心を温めに行く。
 若き日は美人ピアニストとして名を馳せた(今でももちろん変わらずにお綺麗だ。よく世間一般の例えに使われる「野に咲く花」と「高嶺の花」。この方を例えるならやっぱり後者である)。ちなみにわたしはそれが目当てで行くわけではない。それがお目当てなら、お顔のよく見える左やや中央寄り、一番前の席を陣取るほうがいい。いつものように「おじさんに、そこまでの行動力はない」と言うつもりだったが、その場所はわたしよりご年配のおじさんたちが沢山いた(やっぱり人気なんだ・汗)。でも鍵盤さばきを見たい人や知人、身内、関係者などもいると思うので、一概にすべてがファンとも言えないけど、それぐらいファンがいてもおかしくないピアニストさんである。
 私流に言えば(素人の私流ですよ・笑)、演奏家の技、ピアノの音が調和する音が味わえるのは、個人的にやっぱり後ろの席とにらんでいた。しかも表立って電気的に音を拾わない、ほぼ原音だけのコンサート。一段高い舞台上のピアノ。その天板の開き位置の角度が調音パネルのように客席に音を反響させるので、なるべく真ん中から後ろあたり。しかも弾き手が左側なら、音の出る場所は右側ピアノ本体。客席も中央から見て、やや右よりがいい。わたしの勘は今回は当たった。第二部の演奏会の時に開いた天板の真正面。幸運だった。
 以前と重複になるが、主によく部屋でかけている現役の日本の演奏家のCDが、小山実稚恵さんと仲道郁代さんのものだ。歯切れのよい、割かし規則正しいさっぱりしたリズムで弾かれる小山さんに対して、たおやかで、しなやか、柔らかい演奏をなさる方だなと素人ながら思っている(あくまで素人のわたしの個人的な感想である)。今回もそうだった。だがその奏法なのに激しい曲もちゃんと出来ている。さすがだ。しかも後半、あの長時間、延長時間になっていたが、息切れ一つせずに、MCも続けていた。
 そのほかのこの方の個人的なことや経歴などはあまり詳しく知らない(プロフィールにでていることだけ知っている)。それ以上のことはファンの皆さんのほうがよく知っていると思うのでボロが出ないうちに次の話題に移ろう。
 もともとホールスタッフのお話だと、仲道さんはこのホールが作られたときに、この会場に設置するピアノの選考委員のお一人だったそうだ。改装が終わって、再稼働する記念のこけら落とし、「リニューアル記念公演ラインナップ」の一環での開催である。
 その選定されたピアノは四台。ベーゼンドルファーMODEL290、スタインウェイD-274、ヤマハCFⅢ-S、カワイEXである。スタインウェイは選びに行ったエピソードなども話して下さった。この四台のピアノがどのような性質のものなのかステージで調律師の皆さんや仲道さんが教えてくれる。僭越ではあるが、及ばずながら、それ以外のコメントはわたしなりに調べたものもある。
 順に行くが、まずはベーゼンドルファーから見ていこう。コンサートのリーフレットにはMODEL290の後に「インペリアル」の文字が無いのだが、会場のスタッフさんに訊いたところ、同じ物とのことだ。オーストリアを代表するピアノでありメーカーでもある。現在は日本の楽器メーカーヤマハの傘下にある。辞書でこの名を調べると、企業名ではなくピアノ製造のファミリーの名前が出てくる。ロケーションからして、やはりクラフツマンシップが生きているからなのかなと思う。辞書には、創業者の息子ルートウィッヒが今日の繁栄の基礎を固めたとある。
 MCでも触れていたのだが、特殊なモデル290は97鍵盤数を誇り、低音の9音が他のピアノより多い。ちなみにピアノは88鍵盤が一般的。余分な鍵盤は白鍵位置にありながら黒色である。
 資料によると、バッハのオルガン曲をピアノで弾くことを目的に作ったという話も見つけた。しかもその愛用者のすごいこと、その鍵盤数の多さを武器にして、バルトーク、ドビュッシー、ラヴェルなどの愛用者の名前がある(ほぼ印象派の面々)。しかも生産数の異常に少ないことでも有名。ステージ上の調律師さんの説明では、チェンバロからピアノへと派生していった過程の痕跡を残すピアノで宮廷用に音響効果が設定されているという。この辺り歴史好きの私の心をくすぐる(笑)。
 またわたしの資料にあったのでは、このピアノ独特の響きやそれを再現する楽曲を「ウインナートーン」というらしい。ウインナー(ウイーン風)といえば、コーヒーとソーセージしか知らないわたしにとって、なんて高尚な響きの単語なんだろうとひとつ賢くなった気がする(笑)。ちなみにモデル番号の290はピアノの奥行きが290cmあることに由来する。
 次にスタインウェイである。これも274というモデル名は奥行きの長さである。もともとはドイツでの創業だが、1849年の二十年もたたないうちにアメリカのニューヨークへと移って名声を得たメーカーである。知識のない私を含め外国の楽器メーカー、特にピアノを一つ挙げろと言われたら、この会社名を挙げる人が多いのではないだろうか? それぐらい認知度の高いメーカーである。
 これもステージ上の解説ではアメリカの富裕層がホームパーティなどで使うために、それに合わせて音を作っているという。まさにブルーグラスの発生と同じくして大きな家で音楽を楽しむためのピアノだったようだ。
 スタインウェイ社には二つのフラッグシップモデルといわれるピアノがあり、クラッシック音楽で威力を発揮するのがこのD-274である。ジャズやポピュラーではC-227というモデルが有名なようである。ちなみにこのD-274は二千万を下らないそうだ。
 そしてヤマハCFⅢ-Sという国産フルコンピアノ。ここに挙げた四台は、すべてフルコンピアノという。グランドピアノの中でも奥行きの長いピアノのことをそう呼ぶようだ。正確にはフルコンサートピアノという。大会場でも音が響くように設計されている。だからこの芸術館の大きなホールに設置されてるのだ。おおよそ270cm以上の奥行きがあるものが一般にフルコンと呼ばれるそうだ。
 利点としては、ピアノ線が長いので、低音が安定することと、弦の震えが長く続くので余韻や響きが豊かだという。このピアノについては、かつていわれていたらしいのだが、ヤマハ特有のきらきら音から脱皮して、深い味わいの音を出したと称賛を浴びたモデルだ(どこからかの請け売り。ただしわたし個人的にはきらきら音も好きである。安心感さえ持てる。なんせシンセサイザー世代なので。DX-7なんて名器だったなあ。KXとの組み合わせも最高)。
 ヤマハが出れば、カワイも出る。EXという国産モデル。とりわけ会社の姿勢としては、オーディオメーカーのオンキョーと提携して、音への追及をしている勉強熱心な部分もある。EXは他の製品とハンマー部を変えて特注にするなど細心の技術が施されている。たたき具合で強弱や余韻って変わるから、やはり重要である。
 とまあ、楽器好きではあるが、ピアノの型番までは知るわけもなく調べものの山であった。しかもフルコンのピアノって、商品のラインアップに入っているのを今回調べて初めて知った。各メーカー受注生産に等しいこれらのラインアップ製品もコンシューマー向け製品と同列にPRしていたことに驚きだ。
 個人的には、ピアノって学校かお店でしか、あまり触ったことないので、フルコンピアノにいたっては、この先ご縁もなさそうにも思う。触れる日は来るのだろうか? 少なくとも自分で買う可能性はまったくもってゼロに近い。当たり前か……(笑)。
 まあ、四台のピアノ概略をざっと拙い知識で並べてみた。ステージ上での説明と入れた物は、実際の公演での最中にピアニストさんや調律師の方々が教えてくれた知識である。それ以外はぎこちない当方、ピアノに関しての知識がすくないため大目に見ていただきたい。先に頭を下げておくしだいだ。

 館内の設備はとても各方面に行き届いて、清潔かつ機能的である。玄関にいたるアプローチも広く、同じ時刻に閉幕後観客が殺到する際の混雑もそれほど気にならなかった。音楽ホールは「く」の字型に広がって客席側奥に行くにしたがって広がる構造だ。高低差もあり、出入り口の扉付近はステージよりも若干高くなっている。エスカレーターで二階に上がる構造で一階の美術展示室が廻廊状になっているのと同じ間取りで二階の音楽ホールに行くアプローチも廻廊状になっていた。
 その廻廊は一階に竹林の日本庭園が造られているため、それを囲む形。一階にいても、二階にいてもの庭園が見える配置になっている。
 今回のリニューアルは構造上の刷新ではなく、主に消耗品や摩耗の補修などを中心としたものとのこと。ただしステージの照明などは新しくされたと、ステージでの説明はあった。
 コンサート自体は第一部は楽器の音色鑑賞という面白い企画。ドビュッシーの『月の光』を四台で聞き比べをすることが出来、貴重な音を拝聴できた。『子犬のワルツ』のワタリ弾きなど普段の仲道さんのコンサートでは見られない貴重なステージだった。
 第二部は演奏者がそのピアノに合った楽曲を数曲ずつ弾いていく。したがって演奏リスト通りの順番ではない曲になっている。アンコールはエルガーの『愛の挨拶』。これが聴けるのが個人的には嬉しい。値段以上のコンサートだったとわたし自身は感じた。帰り道には頭の中で『愛の挨拶』の余韻が残っていた。
 以前にも話したが、特にクラッシック音楽に詳しいわけでもなく、ただ好きで聴いているだけのわたしだ。したがって、曖昧な部分や上手く表現できていないのは、わたしの知識の未熟さである。大変申し訳ないが、先にご了承いただけると嬉しく思う。
 社会教育施設としてのこちらの音楽ホールはどちらかというと、かなり専門性のある音楽ホールである。ピアノが四台もある時点でわかることだ。しかも演奏者さんも言っていたが、その四台が同じステージ上に並ぶなど多分あまりないという珍しい光景を見れたのも興味深かった。
 今回の功労者はステージ上、四台のピアノを渡り歩いて弾いていただけた仲道さんではないかと思う。普段は一カ所で一台のピアノで弾く筈なので、疲れたのではないだろうか? また彼女が「この子たち」と移動されていくピアノを慈しむ言葉をかけていたのが、客席のわたしには好印象に映った。そして同様の功労者、スタッフの皆さんたちにも、ねぎらいの言葉をおかけしたいくらい忙しいセッティングだった。
A thousand thanks! とそっと言っておこう。とても楽しいステージだった。しかも都内より少しだけリーズナブルなチケット代設定にも感謝である。


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仲道郁代さんのTwitter
https://twitter.com/Ikuyo_nakamichi

鎌倉芸術館のホームページ
http://www.kamakura-arts.jp/
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53 遊べる趣味の文学ざんまい [リベラルアーツっぽい話]

 考えてみるとこのブログは、音楽や美術(写真も含め)の鑑賞のことが結構比重を占めていたように思う。タイトルも改変したので、ひとつ文学部出身ということもあり(実はあんまり関係ないのだが・笑)、文学の手短で、ゆるい鑑賞法を一緒に共有したいと思う。この見解はあくまで楽しむための手法である。
 学生時代「文学概論」という授業があり、文学部の学生は全員必修で、この授業もとてもお気に入りの授業だった。わたしの学年は英文学の先生が担当なさっていた。この授業で習った文学タームを元に、やはり図書館にこもって用語調べをしていた。楽しみだった。時間が無いときは、古書店でそのままその本を買って自宅読みをしたこともある。
 また小説の作られかたや文学入門の概説書などでも書かれているオーソドックスな内容なので、知っていても損はないと思う。
 例えば、文学、特に近代文学の小説の構造は、タームで言うと、「テーマ」、「プロット」、「バックグランド」、「キャラクター」などが主な要素になる。もう日本語になっている用語なので、そのまま並べると順に、「主題」、「筋立て」、「背景」、「登場人物」である。
 このうち文学がなぜ絵画や音楽と同じ芸術なのかというと、「主題」を持つ創造作品だからである。これは写真や映画にも言えることだ。同じ主題を持つ作品でも、論文や報道レポートなどは、学術考察、ノンフィクションなのでおおよその場合、芸術や文芸とは言わない。ただしもちろん例外はどこにでもある。
「主題」で一番わかりやすいのは、タイトルが主題の作品になっているもの。例えば、武者小路実篤の『友情』である。そのままテーマは友情だ。友人関係と恋愛の狭間で悩む主人公の葛藤が美しい話だ。興味のある方は一度お読みいただきたい。結構短い作品なので、三日坊主にならずに読み終えて、しかも高尚な作品なので知人に自慢できる(別に無理に自慢する必要は無い・笑)。
 また社会派の文学の基礎のような作品テーマも、実はシェークスピアの時代には出来ている(正確には後の時代にそう評価された)。借金の担保として、胸の肉一片を渡すというお話は何処かで聞いたことがあるのではないだろうか? この物語の面白いところは「血を一滴も流さずに」という禁じ手を加えたことにより、決まり事を出し抜いたという「まんまとしてやった」というオチである。故にこれはもともと喜劇の部類に入っていたのだが、近代の評価では法の解釈の有用性が強調され社会派的な扱いを受ける作品になっているということだ。
 似たような社会派作品だと森鴎外の『高瀬舟』なども安楽死の問題と絡んで、位置づけがなされている。とくに鴎外の場合はもともとが医師なので、その辺りの法的な基準をテーマにしやすかったのだろう。
 プロットのおもしろさというのであれば、演劇作品の際立ちが大きい。『ピグマリオン』というより、映画『マイフェアレディ』といったほうがわかりやすい。なので映画の内容を思い出しながら書いてみよう。
 ロンドンの下町なまりの花売りの少女が、上流階級の言葉と身だしなみを与えられて、ステキなレディへと変身していくさまを描いている。オームがえし言葉で逃げ切った競馬場の場面では、思わず笑ってしまった方も多いのではないだろうか? 主人公のイライザが、品位と知性を身につけていくと、偉く見えた言語学者の先生が、実は利己的で自分勝手と言うことが見えてしまう。でも愛しくもある。複雑な展開がある。
 一方のイライザの父親もたかり癖のある貧乏なその日暮らしから一転、億万長者になってお金が貯まりすぎていらいらするなど、コミカルな筋立てで物語が流れていく。この作品のテーマを吟味した所見は、階級社会であるイギリス社会での、上流階級への風刺とも言われている。
 イライザに恋する青年、フレディ役は、ジェレミー・ブレッド。このブログでもご紹介したグラナダテレビの人気シリーズ『シャーロックホームズの冒険』でホームズを熱演した俳優さんである。
 ちなみに映画のタイトル、『マイフェアレデイ』は一説に、高級ショッピング街のロンドン「メイフェア街」を下町なまりにすると「マイフェア街」と聞こえるからと言う意見を聞いたことがある(請け売りでいうと、子音Yの前のAは{ei}と読まずに{ai}と読むため、メイがマイに聞こえる。日曜日のサンデーがサンダイなるのと同じ理屈だ)。そんなセレブ御用達の街にふさわしいレディになるさまを描いているプロット仕立ての物語なので、タイトルを入れ替えたとも。『ピグマリオン』 もギリシア的というか、文学的で良いタイトルなのだけれどな。
 このように筋立ての思わぬ展開が読者や鑑賞者をどきどきさせたり、共感して感情を入れ込んだりする役割になる。そこに高尚なテーマや普遍的なテーマが入ることで、一気に芸術性が増すというのが、この手の文学のありがたみなのである。
 ついでなので、古典文学の場合はどんな分類方法があるかというのも軽く触れて終わりにしたい。現代のものではなく、昔の文学は鑑賞と言うよりも、分類で歴史的価値や文化の流布、移動を読み解く鍵になる。その役割のほうが現在は重要に感じる側面もある。もちろん教訓オチの多い古典や昔話の類では、バックグランドから現代の私たちと同じ心情などをくみ取ることも大切である。ただ文化全体の流れの中で、口承に近い形で人から人へと語り継がれて、時代や地域を渡り歩いたプロセスが、まるで悠久の時を経て完成した伝言ゲームのようで、文化圏のパーティションを教えてくれるのも興味深い一面とも言える。即ち換言すると、ある意味では歴史研究の補助学問に相当するという場合があるようだ。とりわけここでは、浅学の私ごときがご案内できるごく一般的な、どの国の文学作品にも通底して、適応できる分類方法を取り上げる。
 一例として、某譚という分類をするやり方を見てみよう。昔話や神話の類をエピソードの似ているものでカテゴライズする方法だ。これだと世界中に類似性のあるプロットや展開が散らばっているので分類しやすい。近隣諸国の場合だと(特に地続きの欧州など)、どこからかの影響を受けているという調査やルーツの研究もしやすいそうだ。
 挙げていこう。長者没落譚なら代表的なのは『山椒大夫(安寿と厨子王)』、英雄譚は各地に散らばっているので特に沢山の例はいらない。有名どころでは『アーサー王伝説』などかな。名剣を真鍮(岩だったかな?)の塊から引き抜く辺り、こどもの出来る技ではない。やはり英雄は違うのだ。異類婚姻譚なら『鶴の恩返し』や日本神話の「ニニギノミコトとコノハナノサクヤヒメの話」、「三輪山の神さまの話」など、貴種流離譚なら日本神話「大国主命の話」や『オデュッセイア』、動物報恩譚は再度『鶴の恩返し』や『浦島太郎』等もこれに当たる。他にも沢山の分類する某譚はあるのだが、ゆるい話の本稿はこんなもので良いと思う。後は気になった人はご自分で、他にどんな分類があるのか調べてみるといい。これ以上深く掘り下げるとわたしは熱中してしまうのでやめておく。
 これ以外にも他の方法で、神話の分類には、「バナナ型神話」分類もあり、このサンプルは世界中にあるという。スコットランドの偉い学者が名付けた分類方法である。不死と短命の分類方法らしい。これもまた興味のある人は調べてみるといい。もしこの時代、この物語の主人公になったとして、あなたはイワナガヒメとコノハナノサクヤヒメの両方を娶れるかという問いに、選択肢によってあなたの運命が決まるというお話である。興味のある方は日本神話を読んでみよう。永遠の命と限りある命。「なんか、小学校時代少年誌に連載されていたSLが宇宙を走るマンガにも、そんなテーマがあったなあ」と思い出してしまう。感慨深い。
 久々に文学、深いなあと思った。一応学費分以上の勉強はしたんじゃないかと自負している(笑)。これも自分で思っているだけだが。
 生涯学習は、教養を楽しく身につけることから始めるのがいい。そんなお役にたてば嬉しいのだが。
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51 ちょっとだけliberal artsっぽい話-パリ回想- [リベラルアーツっぽい話]

「photo message board」 としての最終回である。そして「I'll follow the sun-liberal artsっぽい話」という表題でブログの更新をしていく初回でもある。どちらに載せても大丈夫な内容にしている。
 今回の新装した理由。これまでわたしの生涯学習の成果発表を写真展として行ってきたが、今後の主軸はブログになるためである。割合の問題でこちらに比重がおかれる。もちろん写真展もやめるわけではないが、手軽に、身近に発表や閲覧可能なブログにシフトすることが、今のわたしにとってはベストだからだ。
 もうひとつはこのタイトルでは収まらない時代になったからである。ボーダーレス時代と言われてからも久しいが、このブログも様々な分野に跨がっている。それらの中心、主題にあるのが、文字通りliberal arts 、つまり「芸術・文芸」の内容と言うわけだ(高等教育機関の一般教養科目もliberal artsというが、もともとの派生は教養という意味で文芸を意味するところから来ている。ヨーロッパ人にはもともとたしなみの一部で、今も適応しているかはさておき、昔から成人していると知っていなくてはいけない知識なのである。common senseとはまた違った一般常識というのかな?)。
 前々回のイギリスの話に続いて、今回はフランス、パリ。イギリスやったら、フランスもやらないとと勝手に思っている。学部時代に「フランス文学史」の先生がいい話をたくさんしてくれたので行ってみたくなったのが理由だ。俗ラテン語の話やジッドの話。読んでみると『田園交響曲』は心にくるものがあった。どことなく田山花袋の『蒲団』にも似ていたイメージを持った。他にルソーやモンテスキューの話。実は実証史学のもとになったひとつは、意外にも『法の精神』なのである。門外漢の研究書が別の分野で役に立つ好例である。
 初めてパリのカフェで「オレンジジュース」を注文したとき、親切なパリの学生さんが(自分も学生だったけど)、片言の英語で「座るとお金がかかる」というニュアンスのアドバイスをくれた。こっちもおぼつかない英語で会話したのを覚えている。その時飲んだのが「オランジーナ」。まさか、日本でも飲めるようになるとは思いもしなかった。あちらでは当時瓶が主流で、まるで水時計や砂時計を起こすように、瓶を逆さまにして沈殿物を混ぜ合わせてから栓を抜いていたのを覚えている。
 目的地は、オルセー美術館。絶対にオルセーだった。勿論ルーブルだって外せない。モナリザなどルネサンス、バロックの絵画も気になるが、やはりモネだった。印象派、そしてその中心のモネ、というのが、その当時のわたしの絵画のこだわりである。
 メトロの中でびっくりしたのは、突然、コントラバスとアコーディオン、フィドルをもった三人が乗り込んできて、ジャズやシャンソンを奏で始める。乗換駅に来ると、向かいのメトロに乗り換えて、また演奏をしていた。日本では見たことのない光景に驚かされた。これをカルチャーショックというのかも知れない。
 そんな珍道中を経験しながらたどり着いたオルセー。廃止駅舎を利用した美術館だ。駅の構造物である天井の高いドーム駅舎の中に、スタンドや台座のように二階部分が増築されていた。時計台を背に、広い階段を登って印象派絵画の待つ展示室に行った。ドームの辺りはガラス張りで、温室のように開放的で明るかった。残念ながら二十年以上前なので、絵の配置までは覚えていないが、漸く本物に会えた喜びと感激は今も胸に残っている。
 クシェットという寝台車で車中泊をしながら北駅に着き、サン・ラザールという駅(だったかと思う)からカレーを目指した。その間の途中滞在で二三日だったが、朝の駅構内のカフェでクロワッサンとコーヒーで気分を出した(コンチネンタル・ブレックファースト)。モンマルトルで、遠目に風車のネオンサインを見たり(昼間なので電気はついていなかった)、シテ島を散策したりと良い思い出を作った。どこに行っても散歩をしているわたしだ。気分は印象派。少々お馬鹿な旅行者? ただ目的地はとにかくルーブルとオルセーだった。あとはパリ市の歴史博物館なども見て回った。
 今回、単なる紀行文、思い出話にしたのは、ルーブルやオルセーの話を詳細にしてしまうと、別に美術館のブログをやっているので、それとかち合ってしまうためである。でも街角からシャンソンが聞こえるって、気分をかき立ててくれる。風景というのは目だけでなく、音の臨場感でも感じることが出来ると教えてくれたのもヨーロッパの空気たっだ。その時からアコーディオンがおしゃれに聞こえた(録音盤はオルガンかシンセ)。スイングスローのアコーディオンが、なぜかそのときパリで聴いた音楽を思い出させてくれる。

画像は①エッフェル塔②ルーブル美術館③オルセー美術館。ロンドンに続きフィルムおこしなので画像劣化はご勘弁いただきたい。

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50 横浜山手の楽しみ方-生涯学習としての考察から- [リベラルアーツっぽい話]

 ついに50回である。初心回帰で生涯学習に関する記事をお届けしよう。
 横浜の楽しみ方はいくつもあるのだが、わたしは花めぐりを主な楽しみにしている。このブログでもシリーズにして、一部横浜の花めぐりをご紹介している。それはいつもの更新でご紹介しているので、今回は違った楽しみ方を二つご紹介したい。
 ひとつは古地図ファンや建築ファンの休日散歩に最適なお話である。かつてブラフと呼ばれた「崖の上」は、外国人居留地として、生活物資購入の拠点元町をお膝元に抱えた静かな住宅地と緑の多い地域だったようだ。所々には欧米の軍隊の駐屯地や病院なども点在して、文明開化の最先端であった横浜の代表的な地域のひとつだったのだろう。
 現在でも山手の洋館や資料館などには、当時の地図などが所蔵されているので、現在の地形と比べてみるのも興味深いものだ。大正時代、関東大震災以前の地図には、山下公園の姿はない。
 洋館の建築や間取りについて、また洋館そのものに興味のある人は『洋館さんぽeast』という書籍をご紹介しておく。古建築の分野に入りつつある明治や大正の洋館の数々をふんだんに写真と資料で紹介してくれる優れものだ。おなじみの横浜西洋館は案内、解説文の他に、各館の見取り図や散歩のための周辺地図なども載っている便利なものだ。
 すこし外れるが、学生時代大好きで何度も訪れた鎌倉文学館もこの本には載っている。バルコニーから自販機のカップジュースを飲みながら、相模湾を眺めるのが大好きだった。お気に入りの場所のひとつである。
 話を戻して、わたし自身も二度ほどこの横浜山手の西洋館のギャラリーをお借りして写真展をやったことがある。その様子は、このブログの第一回「01写真ギャラリーめぐりー序」や「11 写真ギャラリーめぐり-社会教育施設のギャラリー」に掲出した画像を見ていただくと分かる。いい会場である。そんな楽しみ方もいいのではないだろうか。

 さてもうひとつは、山手にある西洋館の様々なイベントである。今回はたまたま別件でイベントの視察をしたので、その時のメモを再利用しながら楽しみ方を探ってみたい。
 今回のような視察やこのブログの活動などは、生涯学習インストラクターのテキストで言うところの「学習に関する情報を提供する活動」にあたる。前回触れた花と緑のイベントでは華道という日本の伝統的なお稽古事やフラワーアレンジメントなどの芸術とテーブルウェアのコラボだった。同様に今回はこの西洋館各館が主催する「サマーコンサート」について触れてみたい。
 七月から八月にかけて、各館で開催される音楽の祭典はジャンルにとらわれない斬新な企画だ。単に演奏だけでなく蓄音機の再現や野外演奏なども行われており、音楽好きはいちどは立ち寄りたいイベントである。
 既述のように、折角書き手のわたしが鑑賞してきたので、その中の二三をご紹介しておこう。例のごとく、お名前をどうしようかな? と思ったのだが、コンサートの日程と開催館を照らし合わせればすぐに分かるので、今回も読者に委ねることにした。
 今回はわたしの時間が空いた日がたまたまみんなピアニストさんだった。ピアニストと一口にいっても多種多様な取り組みをしておられる。それぞれが個性的でみな良い持ち味を活かしたピアニストさんたちだった。

七月十五日 べーリックホール(元町公園の横にある大きな茶色の洋館・もと寄宿舎・ちなみにここの音響環境は西洋館の中では抜群であるとわたしは思っている。こことイギリス館はおすすめである)
 黒のシックなドレスで、連弾のお二人が登場したときは、どんな演目をお持ちなのかと興味津々だった。親子連弾しかイメージ出来ないわたしにとって、演奏者の連弾という初めての体験はいささか想像できないものだった。
 弾き始めてみると安定感のあるピアノである。リズムも正確でわたしが知っている楽曲は、正確にそのままのレコードやCD通りのステキな響きだった。またピアノソロと違って、音の厚みが出て、響きがひと味違っている。今まで聴いたことのない音の厚みと響きが、楽しみを倍増させた。
 演奏者の語りは少なく、寡黙な二人だったが、ひとたび鍵盤からものを奏でれば、静謐を押しやり、それが全てメッセージのように聞こえたのもこの演奏者の特徴だった。ピアノのプレイ自体は安定感のある安心して聴ける演奏者であった。
セットリストの概要
三つの古いウィーンの舞曲(愛の喜び・愛の悲しみ・美しきロスマリン)・ リベルタンゴ・想いの届く日・オブリヴィオン・アレグロタンガービレ・アレグロブリリアンテ・ラヴァルス(演奏プログラムのレジュメより)

七月二十九日 外交官の家(渋谷区より移築された日本人が住んでいた洋館。イタリア山庭園にある)
 この演奏者が素晴らしいと感じたのは、ステージ構成上でだが、オーディエンスたちを一緒の舞台に連れて行くという演出である。「次は皆さんが主役です」といって、唱歌などの伴奏に徹して、オーディエンスを参加者の一部にしてしまう試みは楽しさを膨らませた。そういえば開演前、会場の人たちも常連さんが多いのか、歌を歌うのを楽しみに歌詞カードを眺めながら演奏者の登場を待っていた。「この歌知っている?」「知らない」などの会話も飛び交う開演前の一コマだった。
 タッチに特徴のある演奏者なんだと思った。柔らかく、しなやかな、一音一音大切に奏でる演奏者は好印象に感じた。全体的な所感としては、聞き手を大切にして、一体感のある空間を作る優しいステージだったと思う。
 一曲目の戦前のサロンダンスや舞踏会などの時代を思い起こさせる楽曲は歴史文学ファンであるわたしにはたまらない選曲であった。穏やかで華麗な演奏は聴く人に優しさを与えていた。
セットリストの概要
シュトラウスレハールメドレー・あの夏へ{千と千尋の神隠し}・さよならの夏{コクリコ坂から}より・叙情歌メドレー{夏の思い出・我は海の子・少年時代・故郷}・ファンタジーワールド・海の声・万華鏡・ホープアンドレガシー ・サマー「菊次郎の夏」より・蛍「永遠の0」より(演奏プログラムのレジュメより)

八月六日 エリスマン邸(元町公園の一角にあるみどりいろの洋館)
 気軽にクラッシック音楽を知りたいけど、勉強してまではという人におすすめである。クラッシック音楽の作曲家や演奏家の話題を沢山含んでいる説明もあるステージ。暗譜もしっかりとこなし(クラッシックの場合はここ大切なようですね)、力強さから、軽やかさや柔らかさまで音にこだわった演奏をなさる方である。
 運指などの専門的な難しいことは分からないが、楽器好きのわたしは、楽器や音の調整や扱い方を見て、演奏者が楽器を大切にしていることくらいなら、すこしだけ分かる。わたし自身が楽器を大切に扱うからだ。
 リストを奏でる方は少ない。正確には、弾くことは出来るが、ステージの演目に入れてくれるという人がそう多くないのだ。クラッシック音楽に少しでも興味のある方ならおわかりだろうが、リストは「ピアノの魔術師」と称されるように難度の高い曲を多く書いた。その分美しい調べが多い。ショパンと比べられる理由のひとつもその辺りにありそうだ。それを生演奏で聴けるというのは(しかも無料で)、ありがたいことである。
 演奏者は、敷居を下げてくれながらも、知っておきたい正統派のクラッシック楽曲を耳にすることが出来る貴重なステージを体験させてくれた。
セットリストの概要
ラ・カンパネラ・ベルガマスク組曲プレリュード・ベルガマスク組曲月の光・ラ・カンパネラ(再演奏)(演奏プログラムのリーフレットより)

 以上今後もサマーコンサートは開かれるので是非HP等で確認の上、足を運ばれてはいかがだろう。これからもジャズを含むいろいろなコンサートが目白押しである。またサマーコンサート以外にも、単発のコンサートなども開かれており、有償無償を問わず気になるものがあればぜひ鑑賞されることをおすすめする。わたし自身もなにかのご縁があれば、今回拝聴した演奏者の人たちの演奏をまた西洋館の何処かでお聴きできるかも知れない。ヴォランティアで演奏して下さっている皆さんに幸あれ。
 今回は山手の楽しみ方と題して西洋館の展示やイベント、主にコンサートの様子についてのお知らせをさせていただいた。坂を登るのは苦労だが、坂の上には楽しみがある(でもバスやエスカレータもあるので、すいすいいくことも出来ます・笑)。






写真は①べーリックホール②外交官の家③エリスマン邸である。

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