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54 久しぶりのポップス [世間話 イベント]

 先日、懐かしいメロディーが耳に入ってきたかと思ったら、アレンジは今風(数年前の曲らしい)。『プリーズ・ミスター・ポストマン』という曲を、The Saturdaysというイギリスの綺麗な女性たちが歌っていた。焼き直しだ。古くはマーベレッツというモータウンのグループが歌い、ビートルズ、カーペンターズもカバーしている。
 なぜこんなことを書き始めたかというと、ありふれたこの曲、いままでなら右から左へ抜けていた。なのに、ビートルズで聴いていたのもあったのだろうが、耳に素直に残ったからだ。良い時代になったと思うのは、即座にググる事が出来る。以前、ネットのない時代ならCDショップやラジオ局に訊ねるか、再びその歌にラジオで出逢うまで正体不明だった。時代をこえた、世代をこえた曲の歌詞が甘酸っぱいというか、ここで今更あらためて聴くと「青春を謳う曲だな」と思ったのだ。要は素直に自分の中で頭に残った。自分もそこそこの歳と言うことか? (笑)

―ちょっと待って、郵便屋さん。こっち、こっち。あなたのカバンの中にわたしの手紙がありませんか? ボーイフレンドからのはがきや手紙あるでしょう。郵便屋さん、わたしはずっと長いこと待っていたんです(拙訳・拙くてすみません)―

……と歌っている。歌詞カードすらあまり読まない性分で、しかも母国語じゃないわたしにもストレートに入ってくる歌詞だ。そして一番の驚きは、WEBやE-mail全盛の昨今に、アナログ感全開の歌詞で、この曲がなぜイギリスの若者たちの間でヒットしたのかが不思議に思った。歌い手さんの魅力なのか、かつての若者だった人たちが支持して、チャートに上がったのかは不明だ。わたしの知る由もない。一番嬉しい気持ちでいるのは、郵便物のPRにもなりそうな歌詞なので、ロイヤル・メール(英国郵政公社)かも知れない(笑)。この情景、舞台が日本なら、かつてのシンデレラ・エキスプレスばりのCFが作れそうである。

 このブログでは、たまたま『アイ・ウィル』や『ティル・ゼア・ウォズ・ユー』などのビートルズのカバーソングを過去に話題にしてきたが、いずれも品の良いブルーグラスやミュージカルの挿入歌である(別にこのお姉さん方も品は悪くないですよ。正統派のポップスって感じです・笑)。ここで取り上げたのは、ノリの良い曲調とアナクロにさえ思える歌詞のミスマッチに不思議な感覚をおぼえたからである。

―遠くにいるボーイフレンドからありったけの言葉が今日綴られてくるはず。お願いです。郵便屋さん、察してほしい、手紙ありません? わたし宛の手紙ひとつ。ここでねばって、郵便屋さんを待って、ずっと立ちっぱなしなんです(拙訳・度々拙くてすみません)―

 お馬鹿なわたしでも、なんとか意味が通る程度には伝わっているようだ。感性なので、細部の勝手な意訳はご勘弁願いたい(単語とニュアンスは足していないので、残念で不出来な訳でも忠実な訳ではある。つまり出来の悪い逐語訳である)。私ごとき、その程度の訳語能力、おつむと悟って残念に思ってほしい(笑)。

 ちなみにわたしが高校の軽音に入部の際に弾いたのは、『イエスタデー』。アコースティック・ギター一本で弾いた。入部できたので一応合格ラインだったのだろう(笑)。
 この曲は奏法として、通の間でマッカートニーの有名なエピソードがある。通常わたしは親指でベース音となる五六弦を弾き、残りの和音を人差し指、中指、薬指で同時に鳴らす。したがって完全なアルペジオではない。なにがエピソードかというと、マッカートニーはこの和音を三本の指を使わずに、人差し指、ないし時に中指を加えた一二本で、下に払うように爪の甲を使って、いっぺんにはじくのである。不思議な弾きかただが、何遍見ても真似出来なかった。すぐに諦めた。結果的に弾ければ、手段や経過はどんなものでも良いのだと割り切った。ついでに言うと、マッカートニーはバレーコード(代表的なのはFのコードかな)も人差し指一本ではなく、親指と人差し指の輪っかで押さえる。『ブラックバード』や『アイ・ウィル』の演奏でそれは確認できる。まあ、これはたまに他のアーティストにもいるので、独特というほどではないが。
 最近は、大人の趣味として楽器が売れているという。レンタルも含めてなのだが。かつては楽器というと、若者の特権のように思われていたが、わたしよりも年上、それもかなりのご年配の方がエレキギターやコントラバスをケースで担いでいたり(もちろんキャリア付きで転がしていますけど)、フォークギターを背負っていたりする。それもすごい人数をお見かけする。そしていい音を求めた、聴くだけの人たちも増えた。高音質な密閉型のヘッドフォンで、町中を歩いているのを目にする機会がとても多くなった。
 楽器に関しては、オケの団員やプロのミュージシャンでもない人が、昔を思い出して、あるいは昔出来なかった無念(?)を晴らすために、やっているかな? なんて勝手に思っている。実際、制約を受けずに楽しみながら、音楽を奏でるのも個人の自由だし、指を頻繁に動かすため、お年寄りにはほどよい脳の活性化になると言われている。生涯学習の課題として、楽器演奏をなさる方も多い。
 そう考えれば、『プリーズ・ミスター・ポストマン』がリバイバルヒットするのも分かるような気もする(これ自分勝手な結論、合点です)。もちろん楽器メーカーさんの努力もあるのだろう。ただそれにも増して、潜在的に音楽を楽しみたいという純粋な気持ちの人たちが、手軽に音楽と向き合える時代が来たと考えるのも悪くないと思った。

次回は横浜山手で花を写すつもりだ。


おなじみのヘフナー・ヴァイオリンベースを演奏するマッカートニー
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(画像はちゃんと持ち込み検査も受けて、許可をいただいたカメラで撮ったもの。しかも個人の趣味のブログなので、アップOKとアナウンスに見合っているため、ルールに従いアップしました)
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52 オーディオシステムの昔話 [世間話 イベント]

 レコードがCDに切り替わる頃、オーディオメーカーさんのオーディオアドバイザーというアルバイトを七年ほどしていたことがある(要は学生時代全部だ)。土日はこのアルバイト、平日は別のバイト。いろいろな意味で、元気だったなあと今考えると思う。
 それ以前、高校は軽音楽の部長(肩書きだけでなにもやっていないのだが)をやっていたので、そこそこ音楽に興味のある人間だったと思う。わたしのいた軽音は名前だけの軽音ではなく、ちゃんと軽音楽やっていた。だからアコースティック・ギターやヴァイオリンベースが馴染んでる。先輩にはバンジョーの達人っぽい人もいた。わたしに関しては、もう最近指の動きも鈍いので、たまに楽器のためにいじってあげるのがイイカナという程度で、お手入れがてら楽しんでいる。もっぱら聴くほうが多い。
 話を戻そう。その当時の単品コンポやミニコンポでは、ちょうどDAコンバーターという変換回路をどこに積むかという変化が起きていた。要はCDに刻まれているゼロイチ信号をアナログ信号、つまり音に近い記録信号に変換するのを、CDプレーヤー内ではなく、アンプで変換するといい音になるという理屈である。ちなみにわたしは理系ではないので、販売や趣味、解説の上での理屈しか知らない。その辺は考慮願いたい。入門編といったところのお話としておさめていただければ幸いだ。
 そこで出てきたのが光伝送という方式だ。それまでの赤と白のピンジャックケーブルでアンプとCDプレーヤーを繋ぐのではなくで、ゼロイチ信号のまま、光ケーブルでアンプに送って、そこでアナログ変換と音変換するという方法だった。だから光伝送だ。当時この方式のミニコンポのテレビCMに使われたのは、ショパンの『幻想即興曲』だった。光という言葉が新しかった。理屈としては電気抵抗や転送劣化を防ぎ、ピュアな音を再現できるというものだった。
 スピーカーについても、スリーウェイが主流になりつつある時代だった(ジャズやアコースティックと室内音楽などを主に聴く、わたし個人はツーウェイ派だったんですけど・笑)。スリーウェイというのは、スピーカーの箱に丸いコーンが三つあるタイプで、上からツイーター、ミッドレンジコーン(ミッドスコーカーとも)、ウーハーとなる。光は可視光といい、人間に感じる明度があるが、音にもあって高音波、高周波の領域では耳に聞こえないものがあるが、振動と波長が降りてくると高音の「音」になる。その領域がツイーターの復元領域。この辺りの音は音の波が小幅なので数メートルで届かなくなる。ハープの高音域やトライアングル、ハンドベルの高音域など、頻繁に出されるとキンキンして不快だが、適度に入ると涼しげで澄んだ音を奏でてくれる。
 人間の声、おおよその主旋律を弾く楽器、とりわけ金管楽器や木管楽器、ピアノなどの中音域を拾うのが真ん中のミッドレンジと一番大きなコーンのウーハーである。ヴォーカルをミッドコーン、音の広がりをウーハーが担当しているというメーカーさんのものもあった。この音域がしっかりしていると、ヴォーカルのブレス音はもちろんのこと、ジャズドラムのハケのスクラッチ音が渋く響く。結構個人的にはこれがたまらない。そして同じくこの音域がきちんと再生されていて録音原盤がクリアだと、ピアノの八十八鍵盤のうちの高音スケール、低音スケール、両端の鍵盤からでたピアノ線の音色の他に、鍵盤自身のカタンという木のプッシュ音まで再生されているのも聴かせてもらったことがある。一般の家では無理だが、フェアやイベントなどに立ち寄ってみるといい。臨場感満点の感動ものだ。
 そして低音から超低音である振動と音の境目までを再生してくれるのがウーハーということになる。ウーハーのコーンの大きさが何センチとか何インチとかとこだわりのある人は、この振動すれすれの音を再現してくれるのを楽しみにしているからだ。コントラバス、ウッドベース、ティンパニーの音の再生はここにかかっている。お腹に響く音だ。ただしこれ半分は振動なので、建物や構造物を共振して、隣の部屋などに伝わってしまう。離れたところでもカラオケなどのベースの音だけが伝わって聞こえるのはそのためだ。都市部の家で大音量で聴きたい場合、防音設備のある部屋でないと、大インチのウーハーを持つスピーカーシステムは設置できないというわけだ。それを電気的に聞こえやすく振動を音に近づけたのがスーパーウーハーシステムである。電気的なので違和感が多少あるが、いままで聴くことができなかった楽器や音の再生がかなったという部分で、当時としてはすごかった。こういうのをダイナミックレンジ(音周波数の幅)が広がったという。
 ちなみにスピーカーは何で四角の木の箱かというと、答えはアコースティックギターと一緒である。裏面に必ずエアダクトを兼ねたサウンドホールがある(なければ何処かに必ず穴らしきものがあるはずです)。共振しやすい素材の木製で、共振した振動を外に逃がす役割を担っている。ピアノの天板が開く構造も一部は同じ理屈で、中で音が反響しないようにするためである。大きな意味ではスピーカーは、構造面から見たなら楽器の仲間ともいえるかもしれない。
 周りが固い素材の室内では高音が吸収されないので、窓を開けたりカーテンなどを全体に張り巡らせている小規模な演奏会場などもよく見た。高音は反響しやすく、返しの多いだぼついたぐずぐずの音になりやすいそうだ(洞窟やトンネルの中、お風呂場などを思い出そう)。柔らかい素材は振動を吸収してしまうので、高音は布やスチロール材などの壁にすると跳ね返らないらしい(ラジオ局や学校の放送室の壁を思いだそう)。低音は既述の通り壁全体で受け止めて共振するので、その場のオーディエンスの耳には残らない。壁を伝ってどっかに行ってしまう。
「音の抜けがイイ」というのもこのことだ。ただし、いまは随分と変わったようで、ここ最近は調音ボードや調音パネルの性能が良いらしく、専門家がやれば、難なく手短に、そこそこ環境設定は出来ると言うことだ。とりわけオーディオの再生は、本当の専門家がやると素晴らしいものになる。感動的なセッティングをイベント会場で、数回ほどお見受けしたことがある。
 他にもアンプの出力ワット数と音の関係、真空管アンプの柔らかさや、今はほとんどみないカセットテープのアジマス調整、メタルテープを使ってのノイズの消去録音など、当時のオーディオファンにとって、きっと興味は尽きなかったのだろう。
 記録媒体はオープンリールから8トラック、カセットテープ、そしてDATやMDからCD-R。さらにはMP3再生など、媒体を使わない録音まで登場して、わたしはもう浦島太郎状態に近い(笑)。わたしはカセットテープからの世代だ。幼少期にその前の8トラやオープンリールは存在を覚えているが、扱ったことはほとんど無い。
 でも音楽が人の心を癒やしてくれるのは、いつの世も変わっていないと感じることができるのは嬉しいことだ。七年もやっていたのでもっと話題はあるかなと思っていたが、意外に残っていない。忘れん坊の称号をいただけるほど、忘却力だけは負けない(威張れることでもない・笑)。知識のおつりで書けることはこんなものである。おそらくこの話題のシリーズ化は無理かも知れない。(筆者ポンコツのため)
 最後にもう一度お断りしておくが、わたしは技術者ではないので、大ざっぱな見解であり、精密、厳密な理屈をここで掲げてはいない。入門や初心者向けのわかりやすい案内をしたまでだ。しかも二十年も前のオーディオ機器の話なので、思い出話として受け取っていただけるとありがたい。実際わたし自身も、今は単品コンポを使ってはいない。ミニコンポである。そして性能のいいベッドフォンが今は出回っているので、大きな音での再生、再現をしたいときはそれに限る。それがシエスタのお伴である。
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47 公共施設でのふたつのイベント [世間話 イベント]

 今回の更新まで、かなりのご無沙汰になった(笑)。今回は公共施設とイベントをメインにしたものを主題にする。したがって久々に写真ドストライクの話題ではない。あしからず。
 いきなり主題と外れる(笑)。わたしの中でのファンと言うほどではないが、良くCDで聴く女流ピアニストは中村紘子がいる。中村紘子に関しては、ひととなりを紹介するときの番組内VTRなどで、若い頃の振り袖でショパンを弾いている白黒のテレビ映像の姿を覚えている。日本のクラッシック音楽、特にピアノ音楽の復興を支えたお一人として紹介されることが多いため、知っている程度だ。生前晩年はコンテストの評論をなさる年輩女性というのがわたしのイメージだ。
 他に小山実稚恵さんや仲道郁代さんなどのアルバムを聴く。小山さんは留学経験のないなかで、多くのコンクールで受賞して、あれだけの地位を築いているのが驚かされる。勿論演奏も忠実な部分の中に光る個性と感じるものがある。素人のわたしですらわかる。
 先日一柳慧(いちやなぎとし)さんのクラッシック楽曲を耳にした。なんかコンピュータ音楽をアコースティックなピアノで奏でているような、かつて聴いたことのない不思議な世界だった。衝撃という意味では、武満徹の音楽を初めて耳にしたときととても似た感覚を覚えた。現代クラッシック楽曲ってどこに向かっているかなあと未来志向の音楽を感じさせるような気がした。
 久々に更新したと思いきや、いきなりの本題から外れた話題に恐縮である。ついでにいうと最近エルガーにこっていて、過去のもので藤岡さん指揮の東京フィル演奏の「威風堂々」第一番をたまたま耳にする機会があった。オーケストラ久しぶりに聴いたら楽しくなってしまった。しかも格好良いと思った。どうしよう?(べつにどうもしないのだが・笑)
 ちなみに同じ「威風堂々」の第四番はダイアナ妃ご成婚で有名な曲である。
 では本題、ひとつめのイベントの方からいこう。公共施設、日本橋の三重テラス。ステキだった。キレイだし、設備も整って、三重名物がどっさり売られていた。その上の階のイベントホールでマスヤさんの報告会を兼ねた三重フェスが行われたのだ。銘酒「おかげさま」良かった。
 さてまずはおにぎりせんべい大使をさせてくれたおにぎり倶楽部とその協力をしてくれたギャラリーさんたちへの感謝の心からだ。その報告会でご挨拶をさせていただいた際に「ご尽力ありがとう」という風なお礼を言われたが、協力してくれた親切な皆さんがいただけ。これは謙遜ではなく、事実を述べたまでだ。わたしの感想、本当の気持ちであり、それ以上でもそれ以下でもない。
 そしてこの場所でありがとうを言われるのは、間違いなくわたしではなく、写真展とのコラボを笑顔で了承して下さったカフェギャラリーとアンケートに答えて試食してくれたボックスギャラリーのスタッフの皆さんである。この場をお借りしてこころから敬意を表したい。もし小さな写真展をこれからやってみたいという扉を叩くならこのカフェギャラリーはとてもおすすめである(カフェ・ポーポキで検索。あるいはこのブログの記事42番目に住所あり)。
 総括すると、趣向を凝らしたおにぎりせんべいの食べ方をご教示いただけた楽しいイベントだった。でも同じテーブルには著名な方や、はたまたマスヤの優秀な方々が同席して(結構緊張してしまった・汗)、おにぎりせんべいの面白い工夫した食べ方を見せていただけた。そのメニューは下の画像をご参考になっていただきたい。中にはのせるのも忘れて、おつまみとして召し上がっていた方もいらっしゃったようだが、それくらいオイシイ食材だったということだ。でもおにぎりせんべいが主役ということを忘れてはいけない(笑)。
 また機会があれば、ふたたびおにぎりせんべいのPR活動のお手伝いもしてみようと考えている。もちろんマスヤさんの了解が出ればの話しだが。
 そしてこの席上で初めて知ったことがあった。このおにぎりせんべい大使の任命は、わたしの中で勝手に抽選とばかり思っていたのだが、書類選考があって180名の応募の中から20名が選ばれたのだそうだ。つまりちゃんと審査を経て選考していただいた栄誉ある役職だった。この選んでいただけたことにも感謝なのである。あいかわらず鈍さと勘の悪さだけは天下一品の拙き者。皆様とは、こうべを垂れて平に次回はお目にかかることになりそうだ。
 この報告会、すごい報告の数々を拝聴、拝見した。わたしが言って良いのかわからないので、さらりと触れる程度の説明で終わらせる(詳しくはマスヤさんのHPでどうぞ)。カルチャーショックに近い状況を、わたしの頭の中では覚えている。ミニFM局での対談、地域のコミュニティーセンター、保育園などでの食育講演会の依頼、ライブハウスでの楽曲制作とライブ活動、さらには、各販売店で統計を取って、マスヤ商品がどの程度の売り場面積を競合メーカーと競り合っているかや、何種類のおにぎりせんべいやピケエイトなどが売られているのかなど、営業さん顔負けの市場調査や販売調査をしている方などがいらっしゃった。それぞれが得意分野を活かしてがんばっていたというわけだ。わたしのこの時の感想は『皆つわもの、恐るべし』である(汗)。いずれにせよ皆ご苦労様である。そして良い経験をさせてくださったマスヤの皆さんにも大感謝である。
 久々におにぎりぼうやの着ぐるみにもお会いして写真を撮らせていただけた。関東ではなかなか見れないので、下に出しておく。
 後者はやはり公共施設の横浜西洋館の『花と器のハーモニー2017』についてである。全国都市緑化よこはまフェアのフィナーレを飾る、キャンペーンとのコラボを行った企画展と言うことだ。以前も記したが、わたしは西洋館の写真を外から撮ることの方が多い。頻繁に出かけているが、中までお邪魔するのは五回に一回あれば良い方だった。景色を写しているので。
 まあそれはおいておくとして、器が花に彩られている。歴史的にはテーブルウェアというのは中世末期から近代(近世)にかけてのヨーロッパ諸侯の権威を見せるために焼かれた経緯がある。まだ磁器の技法が確立できないヨーロッパで釉薬によって、見た目だけでも磁器っぽく仕上げることに成功したマジョリカや、しばらくして東洋からその技法を会得して開窯したマイセンやセーブルなどが磁器造りに成功し、ウェッジウッドなどもそれに続いた。そしてこの欧州陶磁器芸術は、絵画や文学では開花しなかった「ロココ様式」を見事に開花させた芸術作品を残している。機会があったらいずれロココについては記してもよいのだが、ここでは簡単に済ますことにする。ヨーロッパの王侯貴族中心に広まった絢爛豪華な装飾的なデザインを好んだ遊び心の詰まった美術様式である。ドイツの一部とフランスを中心にこの様式は流布している。18世紀から19世紀ごろまでこの様式のものは焼かれていた。
 それらの窯も含めて、紆余曲折を経ながら現代まで焼き続けているものの最高傑作がセットもののテーブルウェアである。つまり晩餐会などで使われるカップ、ソーサー、平皿、スープ皿、椀などに至るまで、すべてを同じデザインや色調で統一したシリーズものをいうのである。
 今回の各館の食堂(ダイニングの和訳である。一膳めし屋ではない。念のため)のテーブルにもきれいに整えられたディナー風の皿のレイアウトが展示されていた。
 一応、西洋館の方にはアーティストのお名前をブログに出してもいいという承諾は得ているのだが、歴史人物や文化人、テレビタレントさんというわけでもなく、特に親しくもなく、知人でもない方のお名前を出すのもいけずうずうしい気がするのでタイトル程度にしておく(笑)。
 気になったのはイギリス館の「おしゃれな女子会」。おじさんが何を言うといわれそうだが、タイトルはさておきうつくしい展示だった。また奇抜だったのがエリスマン邸。食器が花で埋もれていた。同様にベーリック・ホールは、部屋中が花の香りで包まれていた。111番館にいたってはアンリ・ルソーの絵画の世界かと思った。これらはあくまで個人的な見解である。作家さんの主題とは別に、自分勝手なイメージを感想として出しているに過ぎない。
 話は飛ぶが、以前から書きたかったことを記して、今回はお開きとしよう。西洋館の234番館の二階には国産のリードオルガンがある。私はあの楽器が大好きなのだ。鍵盤が開いているところあまり見たことがない。わたし自身がめったに館内に入らないのだから当たり前だ。何の変哲もない足踏みタイプのものなのだが、どこか気になるオルガンなのである。
 ペンタプリズムの一眼レフカメラと鍵盤楽器と弦楽器は興味アイテムなのである(金管、木管もわりと好きだ)。被写体としての山野草やまつりに会いに行けないときは、カメラと楽器を見ているのが一番の癒しなのである(すこしおバカかもしれない・笑)。 そして今日は七夕さま、関東近県は晴天に恵まれ、牽牛と織女姫は逢瀬を楽しんでいることであろう。乾杯!

追伸 -おなじみさまへー
このブログ、そろそろリニューアルを考えています。自然、写真、生涯学習、文学、歴史、芸術という枠組みは変わらないのですが、どのように変化をさせるのかを模索中です。数ヶ月で結論を出そうと思っています。ちょくちょく途中経過はお知らせします。たいした変化はありませんが、思いつきですごい変化したらそれはそれでいいなあと思います。ではよろしく。

おにぎりせんべい活動報告会の記事
http://onigiri1969.jp/news/detail.php?id=69&t=1&cn=ZmxleGlibGVfcmVjcw%3D%3D&iid=1710121b50eb46eb9988becc826a3a28&uid=4916058769&nid=244+272699400

山手西洋館のHP(これだけ話に出しているのに実はリンクはるのは初めて・笑)
http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/yamate-seiyoukan/

画像の方は①おにぎり坊や、②③おにぎりせんべいの食べ方ア・ラ・カルト、④名古屋限定おにぎりせんべい。⑤西洋館の花と器のサインボード、⑥234番館のリードオルガン



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43 写真、映画と絡めた音楽所感(思い出話) [世間話 イベント]

 最初にマッカートニーのレコード(あくまでCDではない)を手にしたとき、タイトルはビートルズのバラードベスト20(『』をつけないのは正確なタイトルか否か自信が無いため)という再編集されたセレクトアルバムだったと思う(一緒に『幸せのノック』のシングルも買った気がする。あとニュートンジョンの『ザナドゥ』とイーストンの『モダンガール』も)。レノンが倒れたのをきっかけに、どんなものかと真面目に聴いてみようと思った。ビートルズの曲は街角やラジオなどからいつも耳に入ってくる。しかし向き合ってオーディエンスとして聴いてみようと思ったのは、この時が初めてだった。したがって、レノン目当てでのスタートであった。
 ところがこの中の美しいバラードの曲で、特に自分好みの曲がほぼマッカートニーの作品だった(もちろんレノンのものもありました)。『フォ・ノー・ワン』、『ミッシェル』、『ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア』、『イエスタディー』、『シーズ・ア・リビングホーム』などである。でも『悲しみはぶっ飛ばせ』や、『アクロス・ザ・ユニバース』なんていうレノンの曲も好きだった。
 ビートルズはオリジナルアルバムを聴くのが大切と、多くの音楽雑誌で言う。イギリス盤のオリジナルアルバムなら『ラバーソウル』とデビューアルバムの『プリーズ・プリーズ・ミー』がお気に入りだ。理由を述べるとまた長くなるので割愛する。
 決定打になったのが、東京のミニシアターまで見に行った映画で、スピルバーク監督の総指揮作品『抱きしめたい』である。本来、曲のタイトルのほうは『I want to hold your hand』だが、映画のタイトルのほうは歌詞と同じ『I wanna hold your hand』である。日本語タイトルは『抱きしめたい』で同じでも、原語表記だと微妙に違うらしい。英米のアクセントの違いか? と書いてある評論を見たこともある。ちなみに当時のビートルズの日本語タイトルをつけた主要メンバーのひとりは、東芝のレコード部門にいらっしゃったクラッシック・ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんのお父様なのだそうだ(ちさ子さん率いる十二人のヴァイオリニストだったかな? 数年前は良くCD聴いていた)。
『未知との遭遇』や『E.T.』で一躍有名になった監督が作った初期作品の青春コメディー(実際にメガホンををとったのはロバート・ゼメキス。そう『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の監督です)。これが最高に面白かった。彼らの音楽を混ぜながら、アメリカでのビートルズ人気のすごさを笑いで紹介してくれる。最後はエドサリバン・ショーのシーンで幕を閉じるストーリーだ。
 実はこの映画を見なかったら、ここまでのファンにならなかったかもしれない。だからわたしとマッカートニーを結ぶ接着剤のひとつ、おおもとは、スピルバークの映画作品ということになる(ほかには、小さなところで、三省堂の英語の教科書の教科書ガイド。「知っていますか?」のコーナーに載っていた。そして当時流行ったYMOのアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイバー』に『デイ・トリッパー』が入っていたことなど)。
 そこから先は、勢い増して片っ端から聴き始めた(当時はやりだったフィルムコンサートにもいったっけ)。同時期に活動休止状態だったウイングスのアルバム『スピード・オブ・サウンド』や最新だったソロアルバム『タッグ・オブ・ウォー』がお気に入りとなる。前者では『心のラブソング』、『幸せのノック』などが好きだし、後者は『ボールルーム・ダンシング』、『ドレス・ミー・アップ・アズ・ア・ラバー』、『ワンダーラスト』、そしてスティービー・ワンダーとの共演『エボニー&アイボリー』である。『エボニー&アイボリー』はテイク違いのものがあり、その45回転LPサイズシングルは、駅まで自転車で三〇分、一時間に一本しかない電車に乗って二〇分掛けてたどり着くレコード店へと買いに行ったものだ。何せ田舎ライフを満喫していたので(笑)。マイケル・ジャクソンとの共演『ガール・イズ・マイン』を買いに行ったのも、正確ではないかもしれないが、おおよそこのころだったと思う。そういえば、マッカートニーの作品の主要なテーマのひとつも田舎暮らしだった。
 1987年、ほぼ全てのビートルズオリジナルアルバム、イギリス盤(通称EMI盤)がCD化される。ジョン・レノンのドキュメンタリー映画『イマジン』も公開され、マッカートニーよりもレノン関連の話題がこの頃は多かった。わたしの心も少しレノン寄りに傾きかけた(笑)。
 学生時代、オーディオ関係のアルバイトをしていたため、クラッシックを聴くようになる。お客さんの話について行けないと困るため、『FM fan』などで知識を得ていた。
 もともとはシンフォニーに惹かれていたのだが、歳をとるごとに、音の厚みよりも繊細さを好むようになり、室内音楽やピアノ、ギターの独奏曲(最近のクラッシック・ギターならアナ・ヴィドヴィッチや村治佳織さんかな。ほんとたまにだけど聴きます)がお気に入りになった。オケのような音の塊の中で微妙なバランスを聴き取るのも良いが、安らげる音階や旋律に音色の楽しみがあることに気付いてしまった(でもいまでもオケの曲もたまに聴きます。それはそれで荘厳、壮大で楽しいのです)。
 用事で銀座の中央通りや表参道を青山方面に歩いている時、ピアノメーカーのショールームで、デモ演奏に出くわすと得した気分になり、寄り道して中に入ってしまうこともある(要はそれくらい好きと言うことである)。だから作曲家で聴くと言うよりも旋律と楽器の音色を楽しむといった方が正確である。したがって蘊蓄を知らないのはそのためである。
 ジャズもほぼ同時期である。新宿のレコード店でアート・ペッパーとレイ・ブライアントのCDを安価で手に入れてから、この二者の虜になった。やはりクラッシックと同じく、蘊蓄は分からないのだが、音の良さがしみる録音だったためだ。そしてグレン・ミラー風のビッグバンドジャズ(17ー8人編成のジャズバンドで、1930年頃までは、ジャズはこの形態が主流だったはず。現在は別名で、このビッグバンドジャズをスイングジャズともいう)というより、トリオ、カルテット物が好みである。正確にはビッグバンドジャズを詳しく知らないからだ。どの角度から入ったら良いのかわからないというのが本音。きっと分かると楽しいのだろう(スーサの楽曲を良く聴くのだから、似たような編成のビッグバンドジャズの音色は受け入れられるはず)。
 ペッパーの盤はウッドベースと金管楽器のからみの美しさ、ブライアントはライトタッチでホンキートンクのような、聴きようによってはチェンバロにも思えるような音色を出せる技に魅了されてしまった。まあ、理屈ではなく、要は聴いていて心地よいのである。
 他にクラッシックでは今出てきたチェンバロ(古楽器というらしい)やパイプオルガンの音色も好きである。前者はバッハを思い浮かべるが、バッハのすごいところは、ピアノであれ、チェンバロであれ、ギターであれ、フィドルであれ、みんなバッハに聞こえるのがすごい。そういう音の造り、旋律、時代性なのかなと勝手に思い込んでいる。後者は空気のシンセサイザーと思っているのが、わたしの感想である。ストップという切り替えスイッチでいろいろな音を出すことが出来る。曲によってはカッコーだって鳴き出すのだ(笑)。
 さて話を元に戻すと、レノンの最後のアルバムを撮影したのは篠山紀信さん。マッカートニーのアルバムの綴じ込み冊子などは先妻で写真家のリンダ・マッカートニーの作品が見られる(以前botにも出したが旧姓リンダ・イーストマンなので、イーストマン・コダック社との関係を指摘されていたが、本人は完全否定をしている記事を何度か目にしたことがある)。89-90年のマッカートニーのライブツアーのパンフにはリンダの作品が載っている。ディラン、リンゴ、レノンのポートレート作品に交じって、フォギーな木の写った風景写真も載っている。ニコンFを使うリンダの写真も載っている。ちなみに映画『ハード・デイズ・ナイト』の中ではポール所有のペンタックスのカメラをリンゴが借りて、散歩に出かけるシーンもあった。やはりカメラは日本製が多いのかな?
 娘のメアリー・マッカートニーは現役の写真家である。マドンナなどの撮影でも知られている。しかも結構なべっぴんさんである。コンタックスやライカを使っているところを写した写真を見たことがある。母の跡を継いでミュージシャンの写真を撮り続けている。たまにネットでロンドンなどでの写真展のニュースを見るのだが、私が見てみたい写真展はあまり英国外ではやらないように思えた。(わたしが知らないだけかも知れないが)。
 仲睦まじいポールとリンダのソロアルバムの写真などを見て、音楽を聴くと、こころが晴れる。音楽と写真を愛したご夫妻だった(シンパシーを感じる・笑)。『幸せのノック(Let'em in)』のように、のんきで気軽な、気の置けない人々を、仲間はずれのない優しい雰囲気で迎え入れる身近な生活を歌うマッカートニーに魅了されて、おおよそ35年ということになるわけだ。七十を超えても、ステージで動き回るマッカートニーもすごいなとあらためて思う。自分がその歳になった時には、現役という意味では、こんな七十代にとなるべく、あやかりたいものである。ではまた。

写真は2015年のステージの撮影である。十二弦ギターを弾いているので、『アナザーデイ』を演奏中の時と思われる。後ろは愛用の日本メーカーのピアノ。欧米のポピュラー音楽のアーティストは、宣伝効果を見込んで一部カメラの持ち込みOK、撮影後スチール写真の個人サイトへのアップOKが多い。良い時代になったものだ(動画はだめみたいです)。
(画像はちゃんと持ち込み検査も受けて、許可をいただいたカメラで撮ったもの。しかも個人の趣味のブログなので、アップOKとアナウンスに見合っているため、ルールに従いアップしました)

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こちらは2017年ドーム初日のもの。今回はアコースティックギターの活躍が目立った。半音進行のコード循環から『ユー・ウォント・シー・ミー』へと移ったり、『ラブ・ミー・ドゥー』などのナンバーもこのような編成スタイルでプレイした。妻ナンシーさんへの曲『マイ・ヴァレンタイン』も落ち着いたジャジーで良い旋律のピアノ曲だった。
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35 三重の話 [世間話 イベント]

 前々から一度話題にしたかった三重のお話し。私の三重県ぶらぶら旅の多くは津、松阪、桑名と伊勢である。
 とりわけ桑名では、地口の類っぽい「そいつは桑名の焼き蛤」って言葉通り、本当に焼き蛤が食べられるのかと気になって、急きょ快速みえ号を降りた。駅から歩道橋でつながっている商業ビルの中に観光案内所があって、そこで紹介された焼き蛤を食べられる店に行った。地元でも人気のレストラン兼和食屋で上品なつくりだが、そんなに高級店というわけでもなく、庶民の私でも入れた。当時は機材が重かったので大きなキャリーバッグを引きずっての来店に、「これ全部カメラですか?」と仲居さんに驚かれたのを覚えている。
「本当に桑名は焼き蛤が食べられるのかを知りたくておりました」というと、「面白いですね。食べられますよ。東京の人ですね」と私の言葉のアクセントが地元ではないことにすぐに気づいたように笑顔で答えてくれた。正直本当においしいお店だった。
 津ではウナギが名物なのでそれを求めて入る。津のウナギは庶民的な食堂スタイルのウナギ屋さんで廉価で食べられるのが気に入った。
 この町では三、四回ほど駅近隣のビジネスホテルに泊まったことがある。駅ビルがローマ字の津、つまり「TSU」をさかさまにした「UST」という冗談のようなネーミングがうけた。地味な県なのにジョークは一流なのかとひとり笑った記憶がある。そこの地下の百円ショップには何度かお世話になった。立ち食い駅そばの感覚でチェーンの牛丼屋が駅舎にあるのも驚いた。町から少し離れた郊外にあるイオンまで歩いたこともある。
 松阪は伊勢市と同じくらい拠点にしている。宿にしていたビジネスホテルが駅前にある。松阪から伊勢市までの鉄道の車窓風景が好きだ。近鉄もJRもどちらもいい。きれいな川の鉄橋や稲穂の実りを味わえたり、遠くの山並みが美しかったりする。そして本居宣長の記念館や旧商家の保存建築に何度か足を運んだ。記念館は石垣を抜けて高台にある緑豊かな場所でいいところだ。残念なのは機会がなくて、松阪牛は現地で一度も食したことがない。どこに行けばあるのかも実は知らない(笑)。
 伊勢市に関しては、ここで私が言わなくても、十分知られている。おかげ横丁や内宮さんの参道であるおはらい町、外宮さんの参道周辺の伊勢市駅前などの商店の数々。赤福さんはもちろんだが、フルーティな清酒おかげさまさん、ヒノキの桝でカウンター飲みをできる白鷹酒造さん、お土産やお食事の岩戸屋さん、内宮広場に面したバス待ちに便利な勢乃国屋さん、有名和菓子の神代餅さん、二見の名物御福餅さん、ういろの伊勢虎屋さん、糀屋の黒蜜プリン(食べ物ばかりだが、そんなに頻繁には入らない。いくたびごと順番に一、二店お邪魔する程度である)。赤福は季節のしおりカード欲しさにお伺いしている(もちろんおいしいからでもある)。盆という注文方法が面白い。
 そしてなんといってもおかげ横丁の土産物店ではとても大きなおにぎりせんべいが、伊勢限定で買うことができるらしい。おかげ横丁の中にある劇場前の土産物店にあるそうだ。わたしもまだ確認をしていない。現物はマスヤの方におにぎりサミットのときにいただいた。
 河崎の街並みが散歩にはまたいい。古民家カフェなどもあり、ノスタルジックな雰囲気を味わえる。木造家屋の香りの中で散歩を楽しむのが格別だ。伊勢市や宇治山田の駅前から徒歩で行けるのもいい。
「おいないな」や「よいとこせ」などの言葉も初めて訪れたときは、とても新鮮だった。いまでもたまに聴くと関西弁でもなく、東海地区とも少し違う独特の雰囲気がある言葉だ。田舎あられのお茶漬けや宮川のアユなど他にも紹介すべきことはたくさんあるのだろうが、この文章を見て、読んで、興味を持った方はガイドブックを読んでみてほしい。別に昔の彼女の名前がミエさんでもなければ、三重県出身でもない私だが、お気に入りの場所である。行けばそれなりに素朴な田舎の良さや風情が味わえる旅になる。三重だけに二重マルを超えて「さんじゅうマル」の旅であろう(ダジャレでスミマセン)。
 おにぎりせんべい大使になったこともあって、今回は私の三重県所感をテーマにして思い出話をした。写真はかつて三重で撮影したものを引っ張り出してみた。三重県、おすすめだ。年明けの次回は横浜の夜景の総集編をお届けしたい。いつものごとく、気力が続いていればの話なのだが……(笑)。ではみなさんよいお年を。

再整備できれいになった伊勢市駅前
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近鉄名古屋駅の掲示板
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川曳きの様子(五十鈴川)
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陸曳きの様子(おはらい町)
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赤福ぜんざい
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やっぱりおにぎりせんべいでしょう!
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33 イベントの話-馬車道を馬車がいく [世間話 イベント]

 各地のイベントやお祭りの写真をお撮りになる方は、わたしも含めて多いと思う。とりわけ十九世紀西欧ファンと記紀神話ファンのわたしにとって、横浜のいくつかのまつりはちょっとした和洋折衷の興味深いイベントだ。
 先頃訪問した馬車道まつりはまるで印象派やロマン派の絵画の世界が再現されているようで、見ていて楽しい。絵画作品を鑑賞する際には、当時の乗り物、日用品、衣装や装飾品、装備品などを知ることで、絵画の鑑賞や解釈のうえで、理解するのに役立つこともたまにある。ちょっとした発見に繋がれば、イベント見学も意義のある学習行為だ。
 時期を同じくして、最近、十九世紀のクラッシック音楽の作品も鑑賞できたので満足である。心が満たされるというのもありがたい。もともと大好きな曲である「ラ・カンパネラ(カンパネッラ)」を改めて気に入ったこの秋である。他にもリストといえば「エステ荘」など町や景色、情景を感じさせる美しい曲をたくさん持つ。クラッシック音楽に関して、私はただ音楽を聴くだけの人なので、曲や作曲家の背景やいきさつなどは知らない。
 彼は一般に文学や絵画と結びつく標題音楽の代表格に挙げられる。これについての詳しい内容は知らない。でもベルリオーズやリストに感謝(笑)。
 話を戻そう。この日は朝から馬車が馬車道を何往復もするし、英語で「リックシャ」と言われる人力車も登場する。さながら明治や幕末の横浜の町の社会を小さいながらも再現している。そして神奈川県立歴史博物館のゆるキャラマスコットも登場して練り歩き、その両脇には露店やメリーゴーランドも並ぶ。
 歴史的にも意義のある神社などのお祭りはよくお邪魔するのだが、この手のパレード系街頭イベントで、複数回訪問した記憶があるのは、鎌倉まつりとこの馬車道まつりくらいである。しかし馬車道まつりの詳しい経緯は知らない。通りの名については、横浜の居留地や船着き場と日本人の住む街を往来する西洋人の馬車が行き交ったことで、馬車道という名が残っている。もちろん現在は自動車が走る道で、馬車など走らない。
 根岸森林公園の一角にはJRAの馬の博物館もあるので、なにかと馬に縁があるのだろう。ちなみにわたしはその博物館内にお邪魔したことはない。近くにある遺構として残る根岸の競馬場跡を撮影したことはある。立ち入りが許されていないため、いまは外観しか味わえないが、当時は洋風のステキな建物であったことがうかがえる。それこそ映画『マイ・フェアレディ』の世界であろう。
 今回のもうひとつの話題は、イベントという意味では、こちらもイベントの一つである。実はこの度、三重県伊勢市にあるマスヤという菓子食品会社のイベントで「おにぎりせんべい大使」に就任させていただいた(希望者の中から抽選で選んでもらっただけのことで、ありがたいお話ではあるが、たいそうなお話ではないので勘違いしないように)。
 スーパーなどでお見かけになったこともおありだろうが、マスコットキャラクターのおにぎり坊やでおなじみのスナック菓子が主力の庶民的なヒット商品を作る会社である。もう少し説明すると、伊勢神宮内宮の参道であるおはらい町の通りで、江戸の頃より名物みやげとして知られてる『赤福餅』を売る有名なお店、赤福の関連会社である。
 昨年、おにぎりサミットという同社のイベントに参加させていただいて以来、「おにぎり倶楽部」というファンクラブ(?)を通してのお付き合いなのだ。三重県フリークのわたしにとっては、洒落や座興の類とはいえ、嬉しいお役目である。ウェブの片隅などを使ってPRを展開することもあるので以後お見知りおきを。
 私流なおにぎりせんべいの食べ方としては、松阪にある伊勢フーズの海苔の佃煮をおにぎりせんべいの上に少しのせて、ちびちびと白鷹を流し込む。あるいはスコッチでクリームチーズをのせたおにぎりせんべいというのもありだ。
 商品のために、販売イベントもやっているようで、可愛いマスコット(最近はゆるキャラともいう)、おにぎり坊やが街頭に出て販売することもあるらしい。目にした方は一緒に写真でもとられてはどうだろう。
 ただし、中部、東海地区が圧倒的に多いらしく、関東地区でおにぎり坊やを見られるのは希だと前回のサミットでうかがっている。どうやら関西と中部地区では生活に密着したおやつなのだということらしい。関東地方や東北地方ではまだまだこれからの認知度アップらしい。わたしも余暇を使って、遊びの一環として大使の役目を行っていくつもりである(笑)。簡単な大使としての名刺も作ってもらえるらしいので、知人の方でその名刺が欲しい方は、わたしと会ったときはリクエストして欲しい。ぜひ差し上げよう(わたしの名刺など欲しい人はいないような気もするが・笑)
 そんなわけで、ゆるキャライベントの握手撮影会というのはわたしはあまりいかないのだが、愉しめる要素が満載と言うことも、昨年のサミットを通して理解出来た。自分で撮影するも良し、お目当てのイベントでゆるキャラといっしょに撮影してもらうも良し、写真は記録媒体としての役目もあるが、記憶媒体(=思い出)でもあるので、楽しみを味わう道具でもある。
 最後に伊勢と横浜の共通話題を提供すると、先ごろの式年遷宮で立て替えのすんだ伊勢神宮の以前のご正宮の建物はなんと横浜に来ることになっているという話だ。サクラのお伊勢さま、伊勢山皇大神宮の神さまがお使いになるらしい。かつて訪れたことのある建物と、こんな身近で再会出来るかも知れないのだ。これで両者を繋ぐまとめ話として、お話のいい落としどころになった。なので今回はこれで失礼する。-ジョワイユー ノエル- よいクリスマスを。


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クラッシックスタイルの馬車
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ボックスタイプの馬車

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森林公園にある競馬場の遺構
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おにぎり坊や
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ハマのお伊勢さん(桜のころ)
 

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