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33 イベントの話-馬車道を馬車がいく [世間話 イベント]

 各地のイベントやお祭りの写真をお撮りになる方は、わたしも含めて多いと思う。とりわけ十九世紀西欧ファンと記紀神話ファンのわたしにとって、横浜のいくつかのまつりはちょっとした和洋折衷の興味深いイベントだ。
 先頃訪問した馬車道まつりはまるで印象派やロマン派の絵画の世界が再現されているようで、見ていて楽しい。絵画作品を鑑賞する際には、当時の乗り物、日用品、衣装や装飾品、装備品などを知ることで、絵画の鑑賞や解釈のうえで、理解するのに役立つこともたまにある。ちょっとした発見に繋がれば、イベント見学も意義のある学習行為だ。
 時期を同じくして、最近、十九世紀のクラッシック音楽の作品も鑑賞できたので満足である。心が満たされるというのもありがたい。もともと大好きな曲である「ラ・カンパネラ(カンパネッラ)」を改めて気に入ったこの秋である。他にもリストといえば「エステ荘」など町や景色、情景を感じさせる美しい曲をたくさん持つ。クラッシック音楽に関して、私はただ音楽を聴くだけの人なので、曲や作曲家の背景やいきさつなどは知らない。
 彼は一般に文学や絵画と結びつく標題音楽の代表格に挙げられる。これについての詳しい内容は知らない。でもベルリオーズやリストに感謝(笑)。
 話を戻そう。この日は朝から馬車が馬車道を何往復もするし、英語で「リックシャ」と言われる人力車も登場する。さながら明治や幕末の横浜の町の社会を小さいながらも再現している。そして神奈川県立歴史博物館のゆるキャラマスコットも登場して練り歩き、その両脇には露店やメリーゴーランドも並ぶ。
 歴史的にも意義のある神社などのお祭りはよくお邪魔するのだが、この手のパレード系街頭イベントで、複数回訪問した記憶があるのは、鎌倉まつりとこの馬車道まつりくらいである。しかし馬車道まつりの詳しい経緯は知らない。通りの名については、横浜の居留地や船着き場と日本人の住む街を往来する西洋人の馬車が行き交ったことで、馬車道という名が残っている。もちろん現在は自動車が走る道で、馬車など走らない。
 根岸森林公園の一角にはJRAの馬の博物館もあるので、なにかと馬に縁があるのだろう。ちなみにわたしはその博物館内にお邪魔したことはない。近くにある遺構として残る根岸の競馬場跡を撮影したことはある。立ち入りが許されていないため、いまは外観しか味わえないが、当時は洋風のステキな建物であったことがうかがえる。それこそ映画『マイ・フェアレディ』の世界であろう。
 今回のもうひとつの話題は、イベントという意味では、こちらもイベントの一つである。実はこの度、三重県伊勢市にあるマスヤという菓子食品会社のイベントで「おにぎりせんべい大使」に就任させていただいた(希望者の中から抽選で選んでもらっただけのことで、ありがたいお話ではあるが、たいそうなお話ではないので勘違いしないように)。
 スーパーなどでお見かけになったこともおありだろうが、マスコットキャラクターのおにぎり坊やでおなじみのスナック菓子が主力の庶民的なヒット商品を作る会社である。もう少し説明すると、伊勢神宮内宮の参道であるおはらい町の通りで、江戸の頃より名物みやげとして知られてる『赤福餅』を売る有名なお店、赤福の関連会社である。
 昨年、おにぎりサミットという同社のイベントに参加させていただいて以来、「おにぎり倶楽部」というファンクラブ(?)を通してのお付き合いなのだ。三重県フリークのわたしにとっては、洒落や座興の類とはいえ、嬉しいお役目である。ウェブの片隅などを使ってPRを展開することもあるので以後お見知りおきを。
 私流なおにぎりせんべいの食べ方としては、松阪にある伊勢フーズの海苔の佃煮をおにぎりせんべいの上に少しのせて、ちびちびと白鷹を流し込む。あるいはスコッチでクリームチーズをのせたおにぎりせんべいというのもありだ。
 商品のために、販売イベントもやっているようで、可愛いマスコット(最近はゆるキャラともいう)、おにぎり坊やが街頭に出て販売することもあるらしい。目にした方は一緒に写真でもとられてはどうだろう。
 ただし、中部、東海地区が圧倒的に多いらしく、関東地区でおにぎり坊やを見られるのは希だと前回のサミットでうかがっている。どうやら関西と中部地区では生活に密着したおやつなのだということらしい。関東地方や東北地方ではまだまだこれからの認知度アップらしい。わたしも余暇を使って、遊びの一環として大使の役目を行っていくつもりである(笑)。簡単な大使としての名刺も作ってもらえるらしいので、知人の方でその名刺が欲しい方は、わたしと会ったときはリクエストして欲しい。ぜひ差し上げよう(わたしの名刺など欲しい人はいないような気もするが・笑)
 そんなわけで、ゆるキャライベントの握手撮影会というのはわたしはあまりいかないのだが、愉しめる要素が満載と言うことも、昨年のサミットを通して理解出来た。自分で撮影するも良し、お目当てのイベントでゆるキャラといっしょに撮影してもらうも良し、写真は記録媒体としての役目もあるが、記憶媒体(=思い出)でもあるので、楽しみを味わう道具でもある。
 最後に伊勢と横浜の共通話題を提供すると、先ごろの式年遷宮で立て替えのすんだ伊勢神宮の以前のご正宮の建物はなんと横浜に来ることになっているという話だ。サクラのお伊勢さま、伊勢山皇大神宮の神さまがお使いになるらしい。かつて訪れたことのある建物と、こんな身近で再会出来るかも知れないのだ。これで両者を繋ぐまとめ話として、お話のいい落としどころになった。なので今回はこれで失礼する。-ジョワイユー ノエル- よいクリスマスを。


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クラッシックスタイルの馬車
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ボックスタイプの馬車

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森林公園にある競馬場の遺構
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おにぎり坊や
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ハマのお伊勢さん(桜のころ)
 

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32 帰ってきた写真ギャラリーめぐり-横浜の百貨店ギャラリー [写真 自然]

 予告通り横浜の話をしよう。しかし今回は山手でも山下公園でもない。つまり、桜木町や石川町界隈ではなく、巨大ターミナル駅、横浜駅界隈の話だ。
 横浜駅前にはバラの包みの百貨店がある。「ヨコタカ」の愛称で知られている。その百貨店の催し物会場で、北海道物産展の美味しそうなにおいをかきわけながら、着いた先が今回の話題である。
 シロクマの親子の遠望する姿を写した微笑ましい姿がチラシやポスターになっている。そう星野道夫の特別展である。
 個別的には、それほど詳しくは知らないが、わたしの知識の中では星野道夫という写真家は、たぐいまれにみる「知的なつわもの」というイメージだ。もし生まれていたのが古い時代なら、深田久弥や小島鳥水のような自然文筆家の仲間入りをしていそうな人物である。現代に生まれたために、野生の生態系や自然観察を写真におさめる職業についたようにも思う(あくまで個人的な所感である)。
 この写真家は育ちも良くて、秀才肌、それでもってワイルドな特性を持つ。しかも優しそうな顔立ちに、女性だけでなく、同性の私たちにも親しみやすそうに見える風貌だ。動物の生態を学ぶためにアメリカに渡って学校に行くなどの努力の人でもある。作品だけを見ていたら、そんな興味深い「人となり」を忘れてしまいそうだ。
 最近のテレビ番組では彼の著書である『旅をする木』についてのエピソードを教えてもらった。とある古書店で売られていた、タイトルの「木」の字に、ペンで一本棒を書き足された一冊のこの本。『旅をする本』とタイトルがなっていて、実際にその一冊が探検家の懐を何度も渡り歩いているという。現代版わらしべ長者のようなお話だった。
 この写真展では様々な作品がいくつかのジャンルに分かれて展示されていた。星野の人物を被写体にした作品なども貴重なもので興味深い。中でも、私が「いいなあ」と思ったのは、スライドフィルムの作品だった。アザラシやリスが時系列におさめられた作品のフィルム。それが、後ろからライトを当てられて見ることができるようになっていた。その構図と味わいが、説明しようもない「いいなあ」という感想になったのである。
 写真の他には愛用品の数々も展示されていて、カメラファンには懐かしい旧大井町のFE(FMの兄弟分で電子制御のAE化したもの)や、ブロ二ーフィルムの最大面積を使用する旧板橋の6x7も展示してあった(そりゃ情報量が多い=面積が広いのだからきれいな作品で残っているわけだ)。それらであのクジラや鳥の一瞬を切り取っているのかと思うと、お勉強だけではなくて写真の腕も最高に確かな人だと納得した。
 自然を写す人たちは、やはり写真の知識と同様に被写体の知識にも精通している人が多い。星野道夫もそういった天才肌で、かつ努力家の人だったのだろう。写真展のほうはまだ始まったばかり、今月末の日曜日までやっているようだ(2016年10月30日で終了)。お時間のある方、興味のある方はのぞいてみてはいかがだろう。会場の周りは北海道物産展で、サケやイクラ、昆布、チョコレート、乳製品、あずきがわんさかあった。そっちもいける口の人はなおどうぞ(当たり前だが、私は「ヨコタカ」とは一切無関係の人である・笑)。
 帰りにランドマークタワーの展望フロアに行ってきたので、そこから撮ったものを数枚お披露目しておこう。なんか前回から高層ビルが続いているが、たまたまのことである。「サルとなんとかは高いところが好き?」。いやいや、私は平坦な場所が好きだ(笑)。ランドマークから山下公園や赤レンガを見るとこんな景色である。ではまた。

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31 写真文化にひたる散歩 [写真]

 ずいぶんと更新が途絶えてしまった。ちゃんと生きている(笑)。暑さもおさまり、過ごしやすい季節となった。最近の余暇活動は写真文化の知的探検(?)をやっていた。例えば、末広町にあるLOMOGRAPHY+をご存じだろうか? もう、トイカメラなどと言えないような、簡易的ながらも本格的なフィルムカメラが並んでいるお店だ。一般的な写真店舗やカメラ屋さんではあまり見かけない商品も多く扱っている。
 なぜわたしがこのお店に興味をもったかといういきさつ。それはワンテンカメラについて調べていたためだ。場所はかつて、タムロンの写真展でご紹介したことのある3331アーツチヨダという、廃校を活用したギャラリーの一室である。
 かつてコダック社を中心に昭和五十年ごろに一世を風靡した「ポケットカメラ」という商品があった。そのカメラに入るフィルムは、パトローネの部分がメガネ型になった形のマガジン式フィルムだった。その規格数値「110」から「ワンテン」と呼ばれていた。子供だった私を含めて、一般の人たちとは異なり、写真店では「ポケットカメラ」というより、ワンテンカメラと表記されることが多かったことを覚えている。当時は35mmよりも装填、装着が簡単なことで普及していた。
 そのフィルムは一度ディスコンになったのだが、規格としては生きているため、どこかでわずかながらニーズが生まれるらしく、細々と復活したという情報を風のうわさで聞いたのが夏前であった。時間ができた最近、そのニュースを確かめるべく、そこに参上したというわけである(長いいきさつと説明に恐縮である)。
 その店にたどり着いて、ホルガやほかのカメラを含め、二眼レフなどのスタイルをしたローライ風のものが私の目をひく。もうすでにワンテンカメラのことなどどこかに飛んでしまっていた。ほかにも、トイカメラなどと呼んでは失礼なものがわんさか飾ってある。決して広いわけではない店内がおもちゃ箱や宝箱に見えるから不思議だ(ただしもうフィルムをやめてしまったので興味だけの散策に終わってしまったが)。興味のある方はぜひ、いちど訪問してはどうだろう。御徒町か末広町が最寄り駅になる。お店の人に許可をいただいたので、店内の写真も一枚、3331アーツチヨダの写真と一緒にアップしておく。
 時を別にして、いつもは旧下丸子のイベントなどに行くことの多い私が、その日は「P」のつくブランドのイベントに初めて(たぶん)参加した。新宿の秋晴れの下で、ゆるくお散歩しながら公園までメーカーの方とだべりながら時間を過ごすという内容だ。結構気に入った(笑)。拘束力もなく、モデルも、動物も、アトラクションも登場しないゆるい散歩。おおいにかのブランドの話で盛り上がった。「お相手をしてくれたメーカーのみなさん、お疲れ様でした。また貴重なお話ありがとうございました。写真ファン、カメラファンには楽しい時間だったと思います」と御礼の言葉を忘れずに加えたい。
 その時の写真と帰りにとった東京タワーの夜景を載せて今回は終わりにしよう。次回はちゃんと横浜のお話に戻るのでよろしく。ただし、いつものごとく、書く意欲があればのお話なのだが(笑)。
 そして一つお知らせである(私事で恐縮なお知らせだ)。先日の写真展の会場のほうから、「春の写真展をやりませんか?」とお誘いを受けたので、前向きに検討している。やる気はある。いやいや、やらせていただけるのであれば、感謝感激である。前回とはうって変わり、今回は真面目なテーマを持たせずに、単に軽く、シンプルに「春」を主題に、来春やらせていただくことにした(あちらのリクエストも考慮の上で写真は選ぼうと思う)。花をメインにしていろいろ検討中である。こちらもカメラメーカーさんのイベントに負けないくらいゆるく写真展を行う予定である(笑)。
 そして、写真展でご署名、記帳していただいた方がたには、この場をお借りして厚く御礼を申し上げたい。愚作、拙作へのお褒めの言葉もったいない限りである。お暑い中のご訪問に感謝。

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30 私流よこはまの花便り6 と中古カメラ店散歩 [写真 自然]

 前回とはうって変わって、のんべんだらりと気ままなブログに戻らせてもらおう。主題の伴わないぼんやりした内容も好きだ(笑)。お気に入りのミュージカル挿入歌、「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」などを鼻歌して回るフランス山のバラ園。何が嬉しいって、念願の青空のイギリス館をおさめることが出来たことだ。このわたしの大きな喜びに、他人さまが過小評価に感じてもいいのだ。過去にここまで青空のイギリス館の画を手に入れることが出来たのは少ない。わたしの中では九十点以上の出来だ。
 この日はアメリカ山のヒマワリも、おてんとうさまと一緒にニコニコ顔で出迎えてくれた。とてもご機嫌な日となった。
 最近は鼻歌のレパートリーが増えて「アイ・クッド・ハヴ・ダンスト・オール・ナイト(邦題・踊りあかそう)」なども口ずさむ。わたしが歌うと、ちょっとこぶしがきいてミュージカルっぽくない(笑)。残念だ(再笑)。これはスタンダード・ナンバーなので、ヘップバーンの映画の吹き替えの人やチェノウェス、キャサリン・ジェンキンスのもの、新妻せいこさんのもの、ジュリー・アンドリュースのもの、インストゥルメンタルアレンジの『名曲アルバム』という番組のものもみんな好きだ。この手のいかにもミュージカルって言うアレンジに惹かれる。まあ、わたしの好みなどどうでも良いか……。
 花いっぱいの山手の公園を回っていると、先のミュージカルの二曲の舞台、十九世紀ロンドンのコヴェント・ガーデンの花き市場や、ほぼ同じ時代のアメリカ・リバーシティのシティホール近くの吊り橋のかかる庭園にいる気分だ。ある意味ではわたしは安上がりな男である。そんなわけで鼻歌も出てくるのだ。フレデリック・ロウとメレディス・ウィルソンに感謝である。
 実はブログを始めて三十回の記念すべき(?)記事だ。だからといってなにもない。普通に写真と文章で山手の公園の解説と、思いついたことを述べるだけだ。よくもまあ、へたくそな記事を発信してきたなあとだけ振り返っておく。少数ながらたまにniceをくれる方々には感謝である。
 また今回はエキストラ記事もつけよう。とても暑い日に東京へ行く用事があったので、帰りに(まだ午後の暑い時間)、以前なにかのテレビ番組でやっていたのを思い出して、等々力渓谷に行ってみた。確かに谷底は地上よりも涼しかった。岩肌からしみ出る湧水の下は小さな湿地を作っていた。湿性植物のシダ類が多くみられたので、上手くやれば貴重な湿原の植物が育つかも? などとわたしらしいアホな考えをしながら歩いてきた。実際にはいくつものハードルをクリアしないとそういうことは実現しないのも分かっているのだが、希少な野生植物が好きなので、そっちの方向の事ばかりである(笑)。渓谷の景色も数枚だけ撮ったので、それもおまけでアップしておこう。
 一時は諦めていた中古カメラ店めぐりを再開した(当然買うわけではなく、ウインドーショッピングだ。なぜか日本語にすると「ひやかし」と揶揄される言葉になる)。以前このブログでも述べたが、銀座や新宿は終日かけて回るほどあった多くの店も数えるほどだ。頑張っている店はそれなりにお客さんの信頼を得ている。そして買い替えをする際には、ちゃんと同じ店に戻ってきてくれるように努力をしている。売りっぱなしではない。べたべたではないが、頼りにはされるよい関係を築いているのだろう。カメラ店や写真店だって守りたい写真文化のひとつだ。
 話を戻すと、近年、デジタル家電店の中古カメラ売り場というのが多くなった。そこを回ると、結構な数があることがわかり、舞台は秋葉原近郊に変わった。…とはいってもこれらの店があるのは若者や免税関連の外人さんで賑わう秋葉原の中心地ではない。周辺地区に多い。場所的には、彼らとの棲みわけが出来てちょうど良いかもしれない。おおよそ御徒町や神田との境になる。ここでは岩本町や末広町を秋葉原に含めて許されるなら秋葉原と言おう。
 もともと秋葉原は学生時代にオーディオを見に行くことが多かったし、それ以外では年末に家電製品やパソコンを買う場所で、いまの若者のようにつるんで遊びに行く場所では無かった。もっというと幼少期は交通博物館である。わたしはそういう世代である。でも時代ごとに進化する街っていうのも良いかもしれない。街が元気というのは良いものだ。
 わたし個人的には、現在これらの店舗で売っている商品の商品名すら分からないので戸惑う。浅草橋で売られる人形とは違う人形が飛ぶように売れ、神保町でみるトランプやカルタとは違うカードが数多く売られる店々である。何に使うのか、どうやって遊ぶのかとんと見当もつかない。時折電子部品やパーツ、蛍光灯、オーディオパーツなどが売られる店の前を通ると「ああ健在なんだ」と嬉しくなる。きっと世代によって秋葉原のイメージは違うのかもしれないと感じた日だった。
 秋も近くなった。もう少しするとわたしの被写体は花から夜景に変わる。どちらも横浜を写す楽しみだ。だが秋が近いとは言っても、まだまだ暑い日もあるし、台風もある。みんなが楽しくいられることが一番である。いつもこのつまらないブログを読んでくれている皆さんが、健やかに楽しくいられるよう願っておわりにしたいと思う。三十回分の感謝とともに。


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アメリカ山公園のヒマワリ
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111番館
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イギリス館とバラ園
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等々力渓谷のゴルフ橋
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等々力渓谷
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等々力渓谷の木々

29 写真と自然と文学に(少し真面目なお話2) [自然 文学 歴史]

 今回は話を十九世紀から始めよう。「おっ、やる気だな!」などと思っている方には残念であるが、このブログはいつも通りである。ただ二つの人生、二人の人物に沿ったお話である。
 モンゴメリとポターは、おおよそ時代的に重なる人物である。今風に言えば、おしゃれなモダンガールのモンゴメリと、素朴な山ガールのポターである。この二人、もちろん共通点は文学作家ということだ。しかしもう一つ共通点がある。これが時代の共時性から来ているのかもしれないが、写真や絵画を通した自然描写を持つクリエーターのなのだ。
 正直に申し上げると、申し訳ないが両者の文学作品を真剣に読んだことはない。ななめ読みだ。あわや父ウサギと同様、マクレガーさんの畑にいたずらで入って、ミートパイにされそうになったエピソードで始まるポターのお話し。そして男女を間違えて、孤児院から引き取られ、級友たちに赤毛を馬鹿にされて男勝りにお転婆をする少女のエピソードがモンゴメリの物語であるということは知っているが、それ以上の知識はない(ファンのみなさん、ただの痴れ者と思ってお許しを!)。
 あのマーク・トゥエインが『赤毛のアン』を絶賛したというエピソードが残っているのだから、その才能は素晴らしいものであることに間違いない。私にはこのような素晴らしい物語は、残念なことに「猫に小判」と等しいものなのだ。
 さて、私の興味の対象は二人の生きた時代背景。つまり後背となる時代の共時性や当時の文化についてだ。そこがこのブログの主題である写真や自然と一致する扱いどころだ。
 ポターは1866年、モンゴメリは1874年に生まれている。八歳違いということは、先に述べた通り、ほぼ同時代を生きたと言っても言い過ぎではない。かたやイギリスの湖水地方で、かたやカナダのプリンスエドワード島、キャベンディシュというのどかな地域で多感な少女時代を送っている。
 再度換言すると、今回この短い文章の中でご紹介するのは、両者の文学作品ではない作品である(笑)。相変わらず着眼点がずれていると自分でも思う。文学作品の中身にふれれば、皆が関心を持つのだろうが、それを扱うおつむがないのである(笑)。そういうのはもっと優秀な人に任せておこう。
 まずこの時代、写真は高尚な趣味として、富裕層の余暇を過ごすための芸術として親しまれたことである。また知識人のたしなみの趣味として、この当時は撮影から現像までの全行程を行うことが趣味としての醍醐味であり、当然のことのようだ。きっと忙しかったことだろう。F.S.アーチャーによって1851年発表された湿板写真の場合なら、感光溶剤をガラス板に塗って、溶剤が乾かないうちに撮影を済ませなくては像が出てこないはずだから大変。ただし露光時間は十秒前後しかかからなくなり、大幅な短縮となった。
 続けておおざっぱな技術史と照らし合わせてみると、1871年には英国で乾板も登場。そして1888年には米国イーストマン社でコダックの量産式ロールフィルム型のカメラが発売され、富裕層、職業人を中心に好調な売れ行きだったようだ。
 例えば、ポターの父、ルパートはかたわらとはいえ、アマチュアの写真家、素描画家である。このことは以前にも少し触れているので、覚えていてくれているかもしれない。趣味の範疇ながら、彼女の土台となる思想観、自然を愛する、芸術を愛する素養がしっかりと身についている家であった。
 モンゴメリも、やはり覚えている方もいるかもしれないが、以前私がやっていたbotにも述べていた通り、生涯の趣味が写真だった。まだ写真家という職業が存在しない時代だ(ただ技術的な側面の写真師という職業はすでにあったはず)。しかもコダック社のフォトコン審査員まで引き受けてしまう熱の入れようだ。おそらく満を持して、先に挙げたロールフィルム型カメラの普及も一因となり、一部加味されたうえで、一般的な写真の普及状況から来ている依頼の仕事と推測される。そう考えれば、二人は自然に抱かれた風景をバックボーンに持った文学作家であり、自然児の要素を大人になってから作品に生かしているというのが、優秀なおつむを持たない私にもすこしだけ理解できる。
 どのような着眼点かというと、ポターは林の中ではきのこや動植物に興味を持っている。これは有名な話で、丁寧なカラーの絵と研究成果を残している(ここで菌類の研究と記してもいいのだが、個人的には菌類研究というと南方熊楠(みなかたくまぐす)を思い出してしまうので、あえて、きのことしておく)。
 そしてモンゴメリは自宅近くの白樺の林を「白の貴婦人」とニックネームをつけて、その風景を写真にも残しているのである。他にも「恋人の小径」や海辺の月など、光量を考えた実験作品なども残している。やがてそれは映画へのあこがれにもつながっていたようである。
 当時の識字率や社会性などを重ねて達観すると、彼女たちはウルトラ級のお嬢さまかもしれないのだが、病弱なポターや祖父母に引き取られて育ったモンゴメリは、決して精神的な部分では満たされたわけではない。心にどこかウィークポイントを持った少女だったのだろう。そういった心に空いた風穴を癒すべく、幸せを探すために、自然との対話や調和の手段を使ったクリエーターだったのかもしれない。
 そして気休めに、作品の中に出てくる登場人物(ポターの場合はほとんどが人ではなく、ウサギや動物などの擬人化だが……)に子供じみたいたずらや小さな冒険心を宿させている。彼女たちの作品に出てくる共通の決して「大人が思うような物わかりのいい子」ではないが、自然の中で自由に生きる登場人物なのだ。きっと物語の中、そうさせることで、自分たちの幼少期からの苦痛や悲しみを乗り越えた想像力で表現したのであろう(…と私が勝手に思う感想である)。
 十九世紀から二十世紀初頭には当然、アロマセラピー、森林セラピー、アニマルセラピーなどは理論上確立されていたようには思えないが、後付けの理屈で考えれば、彼女たちは立派にネーチャーフォトグラファーやナチュラリスト(自然愛好家)だったりするわけで、自然を癒しの道具として使いながらアートを表現していたのだろうと個人的には思ったりもする。
 どこか子供じみた物語の作り手だったお嬢さんたちも、やがては病気の子供たちを救う運動や勲位を授与されたりもすることになる。そう、立派な大人の責任を持つ女性へと変わっていくのである。もちろんポターについては、ナショナルトラストにも関係してくる。
 時代を経た今、イギリスのヒルトップ農場も、カナダのグリーンゲイブルズも史跡に認定され、保存活動が行われている。そして世界中にファンを持つ大作家として、今もなお愛され続けている二人だ。ここに写真と自然と文学に満ちた話題がある。
 余談になるが、アップ後に思い出したので付け足しておく。『みつばちマーヤの冒険』の作者、ドイツのボンゼルスも1881年生。ポターとは15年ほどの差なのでほぼ同時代といえる。彼もまた自然を愛した作家だし、何度も再放送をしている番組なので、三十代、四十代の人にはテレビ漫画を覚えている人もいるかもしれない。当時は文学作品のテレビ漫画の多い時代であった。
 では最後になるが、まとめといこう。今回は、世間話のていで、市井(しせい)の雑談として読んでいただければと思ってつづった、凡人である私の描く偉人伝である(笑)。普段使わない頭使うと疲れるので、この手の話はたまにだけしよう。
 ちなみに私はどちらのメモリアル・プレイスにも行ったことはないし、行く予定もない。でも知の宝である二人の作家に尊敬の念は持っている。とくに自然を愛して作品にいかしている点では、お手本にしたい人物たちである。愛すべき大作家ポターとモンゴメリに乾杯!

※写真は以前、東京渋谷で開催したポターの原画展の入場口。日本における過去最大規模のポターについての資料展示とのこと。

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参考資料
三室・池野谷他『モンゴメリと花子の赤毛のアン展オフィシャルブック・モンゴメリ編』図録 ダブル刊 2014年
河野監修『ビアトリクスポター生誕150周年ピーターラビット展』図録 東映刊 2016年
バカン(吉田訳)『素顔のビアトリクスポター』絵本の家刊 2001年
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28 私流よこはまの花便り5 [写真 自然]

 今回の花便りは、天候にも恵まれた日となった。花景色としてもいい構図があり、このうちの数枚を今度のミニ写真展(写真展のお知らせは第29回のブログをご覧下さい)でも展示しようと思っている。
 例えば、JR石川町駅から坂を上がったイタリア山庭園にあるブラフ18番館。この洋館の庭先にあるサルスベリの木が見事な花をつけている。一緒の構図に入れてあげると、ブラフ18番館が、まるで美しく装った貴婦人のように感じる一枚になったと自分では気に入っている。あともう一枚はイギリス館。どうしてもこの建物は、バラ園側からのアプローチになるので、逆光は否めない。最小限に留めるために、午前中にバラ園の花々を絡めながらの構図になった。111番館側からのアプローチだと青空を背景にしやすいのだが、あえて試みること、そこががんばりどころなのかも知れない(笑)。この角度からだとバラ園と建物が調和して、これぞイングリッシュ・ガーデンという景色が写せるからだ。
 また毎回気に掛けているのでみかんとレモンも写してみた。とりわけレモンの木は葉が黄色おび始めており、レモンの木としての特徴が出てきて良い感じだった。実のほうは徐々に大きくなっているが、大きさとしてはまだまだである。今回はアップを見送ることにした。画像が多くなりすぎたためだ。
 今回の徒歩旅行の特徴はいたるところで蝶々たちに遊んでもらったことである。正確には遊ばれていた(笑)。ふりだし地点のイタリア山庭園に向かう坂の途中では、アオスジアゲハがふらふらとわたしの前をかすめ飛んでいた。しかも「写していいよ」という感じで目の前で花に止まる。しかも長時間だ。吸い終わるとすぐに何処かに行くのだろうと思っていたら、もっとわたしの目の前に寄ってきて止まってくれた。こんなに気を許してくれた蝶々君は初めてである。蛍光色の鮮やかな青のラインが男前だ(?)。
 続いては山手99番地緑地で、アゲハチョウである。彼女(?)もふらふらとわたしの前をカップルで飛んでいる。ちなみにアゲハの雌雄区別は難しいらしい。素人のわたしには到底不可能なので、個人的な思い込みの比喩や擬人法で書いている。同時にヒョウモンチョウもやってきた。アゲハが飛ぶのは百合の花目当て。とりわけ野山などではオニユリやコオニユリが咲く季節である。すると今の季節は盛夏まっただ中ということになる。山椒の木に食らいついてさなぎになる彼らが殻を破り自由に解き放たれた季節だ。
 写真にはおさめられなかったが、クロアゲハも飛び交っていた。ゆらゆらとまるで一杯ひっかけた何処かのお父さんような飛び方だ。おかげでシャッターを切ることが出来なかった。
 ここにアップした蝶の画像は少しトリミングしてある。持参のレンズの焦点距離も理由の一つ。また加えて、近づいてきてくれたとはいっても、そこは蝶である。みつばちほどではないにせよ、人間との距離感に限界はある。さらにもう一つ言えば、昆虫を撮りなれているわけではないこともある。
 ではそんな蝶たちと戯れて、なにを今回は言いたいかというと、横浜という大都市の中心地区でも花が咲き、蝶が飛び交っている自然を感じさせてくれる光景を目にすることが出来ると言うことなのだ。とりわけイタリア山庭園と港の見える丘公園は、花を植生している数が大幅に多い。ぜひ夏の美しい花々を愛でて欲しいという思いを伝えている。元町公園や山手公園は春のサクラがあるので、あちらは春に愛でる公園。対してこちらは夏に行ってみたい公園ということになる。
 最後になるが、写真のヒマワリはアメリカ山公園のもので、まだ一輪しか咲いていなかった。あと一週間もすれば、花が出そろいそうである。ここのヒマワリたちは少々のんびり屋である。そしてお花畑と氷川丸。美しい花々が咲き、潮風かおる山下公園もいい雰囲気であった。
 連日三十度を超える暑さ。日陰で調整をとりながらの撮影となったが、やっぱり花たちとの出会いは楽しいものだ。近年は「横浜花色衣」の作品を充実させるためにショット数を増やしている。今回は「植物園花色衣」と合わせての展示だが、近いうちに「横浜花色衣」のみの単独展になるように数を揃えていきたい。やはりネーチャー写真は楽しいものである。


追記 八月十七日に横浜山下公園の氷川丸が重要文化財に指定されました。おめでとう!
詳しくはこちらへ http://www.nyk.com/rekishi/

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27 私の自然写真入門書 [写真 自然]

 文章が間に合わないと思ったため、いちど別の文をアップしかけたのだが、何とか写真展の主題に沿った内容の文章が間に合ったので、アップした文章と差し替えた。もし運よく(?)前の文章を読んでしまった人は忘れていただきたい。いずれまたネタに困ったとき、使いまわす可能性がある。入れ替え中の作業風景だったということで(笑)、忘れてしまおう。写真だけではなくて、頭の中まで額装した花がちらついている。あれやこれやと思案にふける真っ最中である。
 さて本題といこう。いまも後生大事に私の本棚に一冊の本がさしてある。『花の写真の撮り方』というストレートなタイトルの本だ。成美堂出版から出ている実用書だった。なぜか写真やカメラのコーナーになく、実用書コーナーに置いてあったところがすごく気になって入手した経緯がある。
 これをその書棚に置いた書店の店員さんはとてもこの本のことが分かっていたのかなと思った。あるいはこの出版社の発行ジャンルに沿った品出しだったかもしれない。実はカメラが主体ではなく、植物が主体で半ば図鑑の要素も入った本だったからだ。図鑑的な写真を撮るネーチャー写真家といえば、山岳写真家でもある巨匠、田淵行男が有名だが、そこまで凛としてディープな感じではない。別のテイストで植物を見つめた、名作田淵のものとはまた違った味わい深いものが載っていた本である。長いこと売られていた本なのでいまでも古書店でよく見かける。フィルム時代の本なので新品で入手可能かどうかは疑問だ。
 この本と出会ったことで、私のネーチャー作品は風景を離れて草花寄りへと大きくシフトした(比率が変わったということで、風景をやめたわけではない)。
 それはこの本のコンテンツの良さが影響している。花の各部の説明や季節ごとに咲く野草の種類を章ごとに図鑑形式で解説してある。前半部分は被写体である植物の基礎知識を含めて図鑑なのである。そして後半では草花撮影に使えるカメラの種類やアクセサリーの解説までを網羅している。しかも草花に特化した説明の仕方が面白い。
 基礎部分としての一眼レフの構造から絞りやシャッタースピードの設定までは一般的なカメラの知識だ。加えてどんな交換レンズやフィルムを使うと効果的なのか、という植物という被写体にそった部分まで入ってくれるので、一冊で事が済むというものだった。もっと言えばフィルムやレンズ、アクセサリーなどの特徴を植物写真の初心者にもわかるように丁寧に書いてあるものだった。しかもコンパクトやレンズ付きフィルムでの撮影方法まで扱っている。
 この本を入手したときにすでに初心者というわけではなかったが、構成を俯瞰して、一冊の本として考えたとき、とても読者に親切な本だと感じたからだ(このころ出版関係のはじっこにいましたもので、本を見る目がそんなでした)。
 交換レンズだけについての本を買うと、自分にとっては必要のない撮影の部分に重きが置かれている場合もある。すると関係ない話題が多いということで、しだいに手にしなくなるのだが、花に必要なものと対象を絞ってくれているので、いつも手元に置くようになる。
 今となっては、自分にとっては当たり前のことでも、知識のムラや学び落とした部分があるときにとても役立った。被写体と撮影者、カメラの距離感や角度などを説明してくれるイラストも見やすかったのも参考になった。無意識レベルでいつのまにか勘違いして覚えていたことも、違う角度から学び直すと、スッとメモライズされる。そんな意味で役立つ本だった。
 青空を背景に使う方法や紅葉の木々の配置の仕方などは、この本に掲載されている写真がずいぶんとヒントになったことは確かである。自然の木や草花を自然の季節感の中で表現するという写し方が身についたように思う(自分レベルでの話だ)。この本を起点にして多くの作品をいろいろな場所で目にするようになった。そういった一連の流れの中で目を養っていく作業だったのかもしれない。そしてまだ道半ばの私である。たぶん演出っぽくない演出をするネーチャー写真とはこういうことなのだろうなと、おぼろ気ながら勝手に一人で合点をいかせている私である。
 今回の写真展でも、そんな学習成果をお目にかけることができたら、ちゃんと出せていたなら幸せである。ナショナルトラストも、自然保護も、文化財保護もそうなのだが、写真や文章、署名活動、広告物の配布などいろいろな形で多くの人たちが取り組んでいる。その中で、私が選んだのは、趣味やライフワークの中に少しだけそのテイストを織り交ぜることだった。訴えかけることもなく、無理強いもせず、素直に「植物や歴史が好きなんです」という主題を選ぶこと。あとは見た人たちご自身の選択である。そんな小さなメッセージを受け取ってもらうには、私自身、写真と文章の腕を磨くことである。「自然を愛すること」のきっかけのひとつが、私の写真展になってくれたらうれしいかぎりである。
 暑い日が続いている。写真展に来てくださる方は、会場までの道のり、お体十分にご自愛の上お越しいただきたい。



表紙はこんな感じ
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26 私流よこはまの花便り4 [写真 自然]

 梅雨が明ければ夏本番になる。梅雨寒とか梅雨冷などという人もいなくなるほどの灼熱の日差しが降り注ぐ。その前にと出かける七月前半の日曜日。梅雨のさいごの締めくくりは葵の花がお出迎えである。
 今回の訪問で山手、港の見える丘公園のバラ園には白い花々が咲きまくり。バラも、ユリもそうだし、先に述べた葵もそうだが、とにかく庭は白い花で埋め尽くされていた。清らかな感じがしていいものだ。梅雨空の合間に現れた青空の下、葵の花の美しさにうれしくなる。ちなみにご存知のかたも多いかと思うが、この被写体になっているタチアオイ(これは一般的な芙蓉やハイビスカスの仲間)は将軍家徳川さんの家紋三つ葉葵とは別の品種である。興味のある方は各自お調べ願いたい。
 今回は日差しも強くなり、散歩する人は春先よりも少なめだ。涼しい時間帯の午前中や夕方に来る人が多いのだろう。きっとこの時間に来た人たちは、西洋館に入って暑さをしのいでいらっしゃるのだろうと思った。なにせ花の写真を撮っている半袖の肌が数分で熱くなる。きっと日焼けしているのだろう。
 前回、花をつけていた柑橘類の木々。今回ものぞいてみると、温州ミカンとレモンに小さな果実がついていた。早速マクロレンズで撮影を試みる。レモンのほうはもう形が小さいながらもちゃんとレモンである。季節は確実に真夏へと向かっている。
 写真の簡単なコメントとといこう。①白いバラ②タチアオイ③白いユリ(たぶん園芸品種。無色ながらかのこっぽいものがあった。でも定かではない)④温州ミカンの果実⑤レモンの果実⑥氷川丸と赤やピンクのバラである。以上六枚。
 今回は石川町を起点にイタリア山、ベーリックホール、港の見える丘公園、山下公園、大桟橋のルートで歩いてみた。いつもより短距離だが、大桟橋についたときにはすでに汗だらけで、バテバテである。夏というだけで元気になるあの頃に戻りたいものだ(笑)。ただそうも言ってられないので、一枚でも多く、自分の納得いく一枚を撮りたい気持であった。
 そんなときファインダーをのぞくと、中に小さな虫らしきものがよちよち歩いている。一ミリにも満たない小さな虫だ。saiaさん風の言葉をお借りするなら「おまいはどこから入っちゃったんだい?」と尋ねたくなる。おそらくレンズ交換の時に入ったのだろうが、ミラーの表面をのんびり歩いていたので、ブロアの風で飛んでもらった(笑)。「達者でな!」と言いながら。
 そんなわけで今回の『私流よこはまの花便り』、写真のアップとともにお開きといこう。
 では皆さんの夏が楽しくなりますように! と願っています。

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25 一般的な機材の話2 回想編 [写真]

 YMOが時代を席巻し、オリビア・N・ジョンやシーナ・イーストンが歌姫となり、ジョンレノンが倒れた80年代はじめ。Walkmanやportasoundなどすべてが持ち運びできる趣味へと変化したころである。このころ『ニュークラウン』の英語の教科書にはビートルズとジュリー・アンドリュースが登場し、画期的と評判になった時代だ。
 旧大井町はF3、旧下丸子はニューF-1を登場させ、ついに一眼レフは二極化の方向へとかじどりを切った。しかし知名度で言ったらやはりX-7である(なぜって? CMのおかげである)。他にもLX OM10など一眼レフの新機種は華々しくデビューを飾る。
 私もtrip35というコンパクトカメラで撮影した経験のあるスーパーカーショーやブルートレインのブームもひと段落。「電子制御」という言葉が時代を彩り、シンセサイザーやカメラのAE化を筆頭に、多くの製品について回った。
 この当時、ズームは回転式と直進式の二通りが発売されていた。今は精密性を考えて、回転式しか存在しないが、当時は直進式のズームのほうが使い勝手が良いということで重宝されて人気があった。
 後の時代に私はほしかったこの時代の機材を調達した。F3である。もうすでにFのシングルナンバーはF5が現行製品だった。驚くことにまだ2000年前後のこのころにもF3は生産されていた(私は中古で入手しました(笑))。
 今回はこのF3を思い出せる範囲で回想する。スポット測光という独特の測光方式のため、使いにくいと評判だったが、私にとってはそれほどではなかった。なぜなら、中央にある測光部分を三地点で測って、その平均を概算して露出をしていたからだ。
 主な使用目的はウエストレベルファインダーによるマクロ撮影。被写体は植物だ。撮影時に、マクロスライダーに載せて、マイクロスプリットのフォーカシングスクリーンでずれを合わせる方法なのでピントを合わせやすかった(像が左右反転することと光が少ないと片側だけ黒くなってヤマカンになったことを除けばの話だ)。合焦サインを出してくれるAF機のない時代やシビアな撮影にはこの当時は重宝したファインダーだったのだろう。
 一方、アイレベルファインダーでの風景の場合、経験された方はお分かりかもしれないが、フィルム時代というのは背景の青空の青をより美しくしたいと思うと、被写体がアンダーになる。絞りを閉じるからだ。発色のよいベルビアやアスティアなどではf8でも青は美しく出たが、センシアという癖のないポジフィルムを使うことが多かった私はf16以上に絞りをもっていかないと青がきれいに出ないことが多かった(…と覚えている。あるいは私が下手だったのかもしれない?)ただf16以上では、順光なうえに「ど」がつくほどの夏のピーカンでないと被写体はアンダーになる。そのすれすれを楽しみながら写していた(かわったひと?)。
 それに比べてデジタルの時代になってありがたいこと。出てくる画はおおよそ、どのメーカーさんも発色のよいポジフィルムよりさらに発色良い(まるで当時大好きだったダイナハイカラーというポジフィルムの高発色、それよりもさらに色合いのいい状態である。あまりの発色良さに写真がうまくなったと少し勘違いしたくらいである(笑))。かつての私の悩みは雲の彼方へと飛び去った(笑)。しかもISO感度の粒状性が少ないことに驚きだ。ISO800のフィルムはきつかった。ところがデジタルのISO800は常用可能である。科学の進歩を感じた瞬間であった。今所有の機材はどれも各社現行製品ではない。しかも旗艦機でもない。でも十分の常用感度である。カメラメーカー、フィルムメーカーって本当にすごいなと感心させられる部分である(まあ、十五年も前との比較なら当たり前だといわれそうだが…)。
 ちなみにこのF3、私にとって、ひとつだけ難点があった。普通のホットシューがない。これ専用の接点で装着するスピードライトが必要だった。変換プラグもあったがそれでは意味がない。頑張って買い足した記憶がある。それも今は昔で、このカメラ、私の手元を通り抜けていった。でもいいカメラだったと回想している。
 それほど機材に詳しくないわたしだが、F3は唯一使用経験のある旗艦機の機材だったのでよほどうれしかったのかもしれない。それ以後旗艦機を入手してはいない(特に必要としていないということもある)。唯一の旗艦機にして、最後に購入したフィルムカメラだった(……と思う。すでにF100やデジタルのEOSの使用頻度が上がっていた気がするから)。今回は見せかけにせよ、ちょっとカメラファンっぽいことを書けたかなと思っている。賢人な読者諸君、この痴れ者をそう思わせておいてほしい(笑)。



たまたま偶然機会あって撮った最近のブルートレイン(門外漢である)と日本のスーパーカー

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24 帰ってきた写真ギャラリーめぐり-たのしくなる写真展 [写真]

 何度か例に挙げてきたが、見ていて楽しくなる写真というのがある。その代表となるのが私の場合は植田正治だ。例えば『ジャンプするボク』や『ボクのわたしのお母さん』である。数年前東京駅のステーションギャラリーでやった植田の写真展では間近でお目にかかれた。それより少し前の埼玉の県立美術館でやったときもやはり展示された。シリーズ『パパとママとコドモたち』の数々の作品も同じ雰囲気だ。
 こういった作品と対峙していると思わず頬が緩む。どうしてこんな優しくユーモラスな作品を作り上げることが出来るのだろう。露出とピント、シャッター速度では作れない、なにか向こう側にある世界観なのだろうなと日々思う。マネをしたくても出来ない代物だ(それ以前に、人物の演出やポートレートなどをあまりやらないけど…)。
 先日、製品のことで新宿にあるリコーのショールームにお邪魔した。併設するギャラリーとは別の用事だった。格好良い展示機材を眺めながら、用件を済ませるとショールームを背にして駅に向かう。その一瞬、出口のところでわたしの横に展示してあった大きなカラー作品が目に入った。奥まった先のギャラリーに展示してあった作品だ。
 外に出て、二階廊下から下りエスカレーターに乗る直前、「ん」と思いがよぎり、『見て帰ろう』と心が身体を反転させた。引き返して、ギャラリーへと入ったわけである。
『ニッポンのはたらく人たち』と題した写真展がそれである。うっそうと茂る森の中で時間を止めた各々のポーズが面白い。チェーンソーから飛び散るおがくずもピタリと止まっている。なんともユーモラスな、そして嫌みの無い笑顔がまっすぐに心に飛び込んできた。被写体の人々が生き生きと半ば滑稽にさえ見える陽気さで鑑賞者の笑顔を誘う作品だった。展示された多くの作品のほとんどは、集合写真のようでいながら演技、演出も入っているところがいい。わたしの目には演出写真と言えば植田正治が真っ先に浮かぶのだが、植田のそれとは違うセンス、元気さが前面に出る。先に挙げた植田作品が「ほほえみ」なら、これらの作品は「大笑い」というのが合いそうだ。そこに「働く人」という主題があるからなおさら楽しく見えるのかも知れない。
 わたしが戻った理由。もうひとつは何処か記憶の中にある作品の構図とダブったからだ。それは森の樵夫(しょうふ・「きこり」のこと)を被写体にした古い乾板・湿板のガラス写真時代のもので、『直径三メートルのもみの木・切り込み口作業を終えた樵夫たち』という作品だ。アメリカの写真師ダリウス・キンゼイ(Kinsey 1869ー1945)が1900年頃に撮った作品である。樵夫たちが森を開墾している勇姿を知人に自慢するために、キンゼイに注文して撮らせた作品だ。この作品以外、わたしはこの写真師の作品を知らないし、作品だけでなく素性も知らない。ただインパクトでこの作品の構図が記憶に焼き付いていただけだ。
 ここに掲げられた大型のギャラリー作品が、わたしを惹きつけたのは、おそらく記憶に残ったキンゼイのような森の樵夫の構図と植田のような見ていて楽しくなる表現が重なったためである。
 さらに良いと感じたのは「合成なし」という言葉と、かりっとした画像に仕上がっているクオリティの高さである。久々のお気に入りの一枚に出会えたように思った瞬間であった。本当はもう少し時間が経ってからアップしようと思っていたのだが、折角紹介するので、会期中にアップすることにした。大急ぎとなった。
 もしこの作品をご覧になることがあれば、あなたの心を楽しくする何かに出会えるのではないだろうか。コメディの映画や演劇を見た後のような、楽しい気持ちで会場を後にすることが出来る一品であった。会場の写真撮影はOKという太っ腹なところも、作者、ギャラリー側の両者に感謝である。

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リコーイメージングスクエアー新宿
http://www.ricoh-imaging.co.jp/japan/community/squareshinjuku
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