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88 暇つぶしの幸福論⑧ーリフレッシュ編 [暇つぶしの幸福論]

 漢数字なら末広がりの八が並ぶ今回のブログ。数字なら角度を変えた無限記号インフィニティである。それとは関係なく、今回は思いきり世間話で参ろう。特筆すべきこともあまりないので世間話だ。
 最近、水溶性のアロマオイルを焚く習慣が付いた。水蒸気で香るあれだ。おじさんのひとり暮らしで、特に華やかさも無いので(無くて当然である・笑)、せめてリラックス効果を求めてみようと新しいことに挑戦した。フリーマーケットで小型の焚く機械を激安購入したのがきっかけだ。オイルだけ量販インテリア店で手に入れた。森林ハーブの香りが部屋に広がり、結構悪くない。リラックスできる。人間、香り一つでこんなにも良い気分になるのかと考えが一新された。考えようによっては安上がりな男である。
 かつて渓流釣りをしていた頃、五月の若葉の頃に、山にあがるとこういう香がする場所が何カ所かあった。炭の香と檜の香り、そして天然ハーブや森林の香りは、思いのほか自分に馴染んでいる。最近は歴史や記紀神話などの調べ物やノートに向かうことが少し多くなったので、部屋の中でのリフレッシュは有り難い。良い買い物だった。買い物と言うほどの金額でも無いのだが。
 実はこれと似たような効果をここ数年感じている。かつてのボランティア仲間と私が思っているピアニストさんが弾く音色が、とても心地良い。今思うには耳からのアロマという感じだろう。都合が付くときは、演奏会などにお邪魔している。ありがたいことだ。まあ、お人柄も素敵な方なので、どっちが目当てかというと、最近は両方のような気もする(笑)。おじさんになると、感動とリフレッシュと幸せは同義語になりつつある(私だけかも知れないけど・笑)。最初、三、四年前に、ボランティアで弾いてくれている人なので聴いてみて、という公共施設のスタッフさんのお言葉で、片隅にお邪魔して遠くから聴いていた。施設の取り組みを学習ボランティアの私に教えてくれたのだろうと自分では思っている。展示室の隣の部屋なので、仕切りの辺りだ。演奏者の方の奏でる音と曲が気に入った。結構な長時間聴いていた。クラッシックである。素直に良い音、良いリズムが特徴だ。まあ私好みの音ということだ。元気でのご活躍を常に願っている。
 また音楽繋がりでもう一つ。再びジャズ盤店にたまに顔を出すようになった。これもリフレッシュの話だ。以前にはなかった光景で、とっても若い十代、二十代の男女が仲良くジャズの名盤を買いあさっている姿をよく見る。しかも私より詳しい(冷汗)。その集団の話がきこえてきて、勉強不足を感じた。そういう若者が何組もいるのだ。そういう場所ではあるのだが、十代でジャズは渋すぎである。歌謡曲では無くジャズである。すごい。店員さん曰く、五、六年前から多くなったという。東京だけなんだろうか? 店内に入るだけで名曲を聴いて発見が出来る。良い場所だ。リフレッシュの出来るお店である。
 そのおまけの話もある。その名盤屋さんを含む数件の店先に、一流メーカーのターンテーブル(レコードプレーヤーのことです)が置かれている。販売しているのだ。ベルトドライブ式とダイレクトドライブ式のどちらもある。しかも両方がBluetooth方式で飛ばすことが出来るではないか。アナログをデジタルで飛ばす時代という良く意味が分からない概念に、おじさんの頭はフリーズしてしまった。ダイナミックレンジの幅を考えてもCDで出力の方が有利だ。しかも拾ってくれる音域になったとしても、ジャズのウッドベースは相当な出力のアンプとスピーカーでやらないとアナログプレーヤーの場合は音の厚みが出ない。正確には音溝との接触の相性もあるし、針の摩耗も関係してくるのだが、それを抜きにしてデジタル化してBluetoothで飛ばす利点が見つからなかった。今も考え中である。利点が無ければメーカーさんだってそういう製品を出さないし、注目されることも無いはず。それが結構売れているというのだから驚きである。
 まあ、私は今の家のもので十分だし、ヘッドフォンの出力で結構良い低音を出してくれるので申し分ない。満足している。ティンパニーの音色と震えが響くヘッドフォンはクラッシック・オーケストラを聴く醍醐味である。乾いたウッドベースの響くジャズも然りである。
 私がその機材の音色再現の基準にしている曲の一つに、マッカートニーの「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー」と言う曲がある。間奏部分でのティンパニー(だと思う)の超低音と振動が再現できているか否かで、その機材のダイナミックレンジを測る。一般的な携帯用のステレオイヤホンやウーハーのレンジ幅が狭いものでは、再現出来ないことが多い。この楽器の音が録音されていることすら分からないで聴いている人も多いと思う。ミドルクラス以上のコンポやヘッドフォンはおおよそ再現できてる。これが再現できれば、ジャズの音も丸く再現されているはずである。私レベルの最低限ではあるが、基準値を満たしていると思っている。
 アロマを焚いて、ジャズを聴き、スコッチを飲む。うん、これこそ幸福論では無いだろうか。(その昔なら浜須賀から菱沼あたりの134号線を高中さんの「ブルーラグーン」BGMでドライブ、ってのもリフレッシュだったけどね 若かったなあ・笑)
 最近は夜にめっぽう弱くなった。九時過ぎると眠い。用事で九時を回ってから電車に乗ると、へろへろな状態で家までたどり着く。十時を回って寝る支度が出来ていないとやる気がなくなる。今年から夜景の撮影はやめることにした。なので、今年はおそらく、その話題のブログがたつことは無いと思っていただいて結構である。無理をすると次の日にひびく(苦笑)。自炊で野菜ばかりを食べて、早寝早起き。これじゃ、浮いた話も無いに決まっている(爆)。
 そんなわけで今回は身の回りのブログ話題の回となった。でもアロマ、結構良い。最近の自分の中での大ヒットである。いつになく、身近な小さな話題で一回分を終わらせた。しかもキリ数の回なのに(笑)。
 
おまけ
 過去の記事をとっておこうと思っていつも大ナタを振るえない。ただ最近はいろいろなものをを管理するのがおっくうになってきた(笑)。
 そこで、過去のギャラリーめぐりの記事なども随分古くなってきたので、アップしておいてもあまり役に立たないと感じている。そしてツイッターも考え直しだ。ツイッターももっと元気にやっていた頃もあった。ボットを使って頑張った頃もある(笑)。今のツイッターになってからは手抜きしてばかりでリツイートのみである。これも役目を終えているような気がする。ただフォロアーに悪いので、そのままで更新をしないというのもありだ。
 ピクスタはたまに購入してくれる人もいるので、その人たちのためだけに開けておこうと思う。ただ、作品は現状維持のままだ。増やすつもりは今のところ考えていない。気まぐれで数回ぐらいはあるかも知れないけど。
 管理に手間のかかるものは極力減らして、ブログやその他の文章などに時間を割こうか、などと考え始めた。ネット上に、自分なりの良い文章を残しておきたいと考えたからだ。今回はどこまで出来るのだろう。すでにその計画の一部としてHPは閉めている。特に支障は無かった。なので次は、このブログの前半部分かな? と考えている。年明け辺りに結論は出るだろう。

お詫び
本文中のマッカートニーの曲名が違っていました。「ひとりぼっちのローンリーナイト」と以前表記していましたが、正しくは「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー」の間違いです。謹んでお詫びさせていただくとともに、訂正させていただきました。


伊勢山のお白石行事
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神保町まつり
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例えばこんなターンテーブルが素敵である

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87 暇つぶしの幸福論⑦-ベース編 [暇つぶしの幸福論]

 76歳になるマッカートニー、全米アルバム一位をビルボード誌で獲得したそうだ。快挙らしい。「エジプト・ステーション」という九月発売のアルバムである。内容は私好みである。1曲目はウイングスを感じることが出来る。5曲目の冒頭や10曲目のギターは「リボルバー」時代を思わせる。でも5曲目のメイン部分は「カミングアップ」の軽快さがある。ウイングスだ。7曲目のアコーステックの雰囲気は最高である。11曲目、お洒落なディスコティックなアレンジなのに「アイノテ」が日本語の「一番」も面白い。そういえば、こういう単発の日本語言うのが好きな人でもある。
 聴いてみれば、マッカートニーらしさがそこかしこに出ているアルバムだった。ソロアルバムでは、ダントツ「タッグ・オブ・ウォー」、「フラワーズ・イン・ザ・ダーツ」が好きなのだが、それに続くぐらいの出来の良い楽曲に囲まれている。専門家や一般のファンなども沢山感想を書いているので、私は特に触れないでおきたい。そんなディープな人たちと渡り合う勇気は無い(笑)。結構弱虫である。
 ではベースギターについて触れてみよう。このブログ初見の人に先にお断りしておくが、私は素人である。ミュージシャンでも楽器屋でも無い。その辺にいるおじさんである。唯一高校時代、部活で軽音にいた記憶がかすかにある程度だ。学園祭以外は、フォークやカントリーなどのアコースティックしかやらない軽音である。だからそれに近いのもあり、フェフナ-ベースである。
 ビートルズ時代のマッカートニーのベースは、上述のへフナ-社のヴァイオリンベースである。見ようによってはカブトムシの形をしているセミアコである。
 私のモデルは三つあるうちの真ん中のクラスである(これ二台目です。初代はグレコのVB)。
 もともとはマッカートニーが使う、現在の「ビンテージクラス」しか無かった。そこにワンランク下の「コンテンポラリークラス」と廉価版の「イグニッションクラス」が加わった。
 私の安めのフェフナ-ベースもマッカートニーと同じ革のネック通しストラップとヴォリュームつまみもティーカップ型に換えてある。せめてもの背伸びである(笑)。フラットワウンド弦というつるつるの弦にもしてある。我ながらミーハーである(笑)。特に誰かと演奏するためでは無く、単なる自己満足である。眺めて、音を出して、手入れをして幸せを感じるタイプである。楽器好きなのだから仕方が無い。
 マッカートニーのベースとの外見の違いは、アンダーグレード故のフェフナ-のロゴが違うこと、ピックガードが装着されていること、レフティモデルで無いことかな。マッカートニーのものはピックガードが取り外してあるので完全にウッディな外観である。また左利きなのでネックヘッドの切れ目も逆である。ま、全部似せようとは思わない。そこまでするのなら、貯金してでもビンテージクラスを買う方が賢明だが、私はプロの音楽家では無いのでそこまでの意欲は無い(笑)。
 音に関しては、サスティンブロックが組み込まれているモデルなので、見た目とは違い初期のビートルズ時代の音とは少々異なる。とても伸びやかである。初期のビートルズはポンポンというスタッカートの記号をつけても良いくらいの歯切れの良いベースで演奏されているというのが、一般的な見解らしい。私の場合は、たまたま練習用の出力器材のために入手したマルチエフェクターに、「Sir Paul」という音色が入っているので使っている。それをかけて出力するとお目当てに近い良い感じだ。ただし、音を出すのは本当にたまにのことだ。繰り返しになるが、別に誰かと一緒に弾きたいというわけでも無い。そういう歳でも無い。
 楽曲を聴くと、マッカートニーのベースは、単音なのにまるで和音のように、他のパートの楽器も包んでいて美しい。しかも同時代では考えられなかったと言われるメロディアスなベースをプレイする。聴いているととても心地よい。オーディオの前で吸い込まれそうになる。「ラバーソウル」辺りの時代のベースは高音部で出しているメロディがギターと絡むと調和が美しい。「マジカルミステリーツアー」辺りになるとリッケンバッカーのベースが多用され始めるので、骨太なロックテイストに傾倒した、いわゆるとがった音が多くなる。どっちの音が好きというと、甲乙つけるのは難しいが、優しさという視点で言えばへフナ-のセミアコのベースの音である。もともとがヴァイオリンの製造メーカーと言う部分でも、そっち方面の音の構造にはこだわっていそうだ。甲乙はつけないが、少しだけ私好みと言うことだ。ちなみに一九八〇年代前後にはヤマハのベースギターも使っており、その模様はミュージックビデオやライブ映像でも確認出来る。
 今回の来日、恒例の「レット・イット・ビー」スマホの懐中電灯振り参加してきた。「幸せのノック」ライブで聴けた。生の金管楽器良い音色だった。おなじみの日本語MCも愛されていた。有り難いことだ。それが「一番!」の幸福である。

『エジプト・ステーション』のCDジャケット
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フェフナーベース
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ティーカップ型のヴォリュームコントロール
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ブリッジ部分とフラットワウンド弦
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白いピックガードとボディ
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ライブの案内
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フェフナ-
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ブラスプレーヤー
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レスポール
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(画像はちゃんと持ち込み検査も受けて、許可をいただいたカメラで撮ったもの。しかも個人の趣味のブログなので、アップOKとアナウンスに見合っているため、ルールに従いアップしました)

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86 私流湘南の花便り 6 柑橘編 [私流湘南の花便り]

 今回は具だくさんと言おうか、画像を多めに出していこうと考えている。久々に写真中心のブログである。
 植物園の中を歩くと、意外とこの季節に目にするのが、木の実と果実である。木の実はクリやドングリ、松ぼっくりなどを想定するのが普通である。今回は果実の方が面白いと考えた。さすが庭木に柑橘類を植える文化を持つ土地柄である。神奈川県はミカンを農業生産物として出荷している県である。
 この園内ではミカンやゆずの仲間からレモンやライムまで幅広い。いつものように青空をバックにしたものも多く、良い撮影となった。それにしても人間はいろいろな柑橘類を食べているのだなと実感できる撮影となった。でもゆずは食べると言うより香りを楽しむものではあるけれど。
 花のほうはヒャクニチソウ、コスモスなどが見られる。綺麗なのはアメジストセージやマリーゴールド。まあ、鑑賞花ばかりなので美しさには申し分ない。あと節分の時にイワシと一緒に玄関先に飾る柊(ひいらぎ)の若芽も出しておこう。
 驚いたのは、途中池の畔で、カメラを持った人だかりがあったので、中をのぞくと彼らのレンズの先にはカワセミが獲物を狙っている姿が見えた。さすがに彼らのように特大の超望遠レンズを持っているわけではないので、通常の倍率でトリミング拡大したものを載せておきたいと思う。到底、植物園お散歩レンズの私と、重装備のバード撮影の人たちのレンズ装備では、コンパクトカーとフォーミュラーの違いほどある。かなわない。しかも私は加えて、本日フリーハンドの脚無しお気楽撮影である。
 三十代半ばから四十代前半は文章4:写真4:音楽2の配分だったが、最近は文章5:写真2:音楽3の配分になりつつある。二十代の時は音楽4:文章4:写真2ぐらいだった。
 以前はここに別枠で渓流釣りという楽しみがあった。またこの頃は淡水魚の小さな水族館で、イワナ、ヤマメ、ヒメマス、ニジマスなどを時間の許す限り眺めていた時期もある。サケ・マス科の魚である。マスが降海するものをさけと呼び、陸封型のものをマスという。降海型のものは、やがてくちばしが曲がり流線型になるが、陸封型のマスはかわいらしい丸い顔をしている。そしてヤマメやイワナの持つパーマークが美しく、金魚や錦鯉のように鑑賞魚としての美しさでなく、自然の魚の持つ美しさが私の幸せ感を増幅させていた。鮎も綺麗な魚だが、鮎は食べる方が好きである(笑)。おいしい。
 話はそれたが植物園の写真。ご覧あれ!
 
(補足:次回、あるいはその次かもしれないが、久々に生涯学習関連のイベント体験のお話を出来ればと考えている。植物園と学習イベントがもともとの売りであるこのブログ、少しだけ本業に戻ってみよう)

カワセミ
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水中から出たカワセミ
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ダイダイ
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デコポン
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キンカン
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温州ミカン
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ゆず
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レモン
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ライム
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ヒイラギ
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アメジストセージ
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ヒャクニチソウ
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コスモス
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マリーゴールド
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85 暇つぶしの幸福論⑥-読書の秋のひとりごと [暇つぶしの幸福論]

 一九九〇年代に大学生だった記憶がある。他人事のように書き出した理由は、最近、おぼろげで、絵空事のように近い古い記憶がぼんやりしている。おじさんとはそういう者だ。小学校の頃の記憶は鮮明なものが多いのだが、一九九〇年代の記憶は飛んでいることも多い。愚者である(笑)。
 当時、住んでいたアパートによく遊びに来ていた友人がいた。バランタインの12年と『アーサー王伝説』をこよなく愛する男だった。とにかく詳しい。『ナーサリー・ライムス』を読みあさっていた当時の私は、彼からヘプタ-キー時代(アングロサクソン七王国)以前のブリテンの話を教えてもらった。エクスカリバー、円卓の騎士、ハドリアヌスの城壁と、まあ、よく知っていて、教えてくれた。もっとも彼は私に教えたいわけではなく、自分の話したいことを話していただけである。
 その頃、部屋に置いてあった仲道さん、小山さん、千住さんのCDを彼が見つけて、「クラッシックも聴くんだ」と奇妙な顔をしていた。ジャズとレノン・マッカートニーのイメージが強かったのだろう。このクラッシックの三人の演奏家をわざわざ挙げた理由は後半に繋がる伏線である。文章の授業などで教わりそうな伏線、布石の効果っぽい? (私ごときの文章は、そんな高尚なものでもないけど・笑)
「ただなんとなく聴いているだけで何も分からない」と本当のことを言う。
 彼は卒論の相談に来ていたのだが、その言葉にニヤリとすると、残りのグラスのスコッチをしみいる顔で最後に一気飲みをした。私に卒論の相談することもなく、いつものごとく『アーサー王伝説』の話をし終えると「朝」に帰って行った(これはダジャレである)。電話では「これから卒論の相談をしにいくから」と言うので、いつも資料をそろえて待っていた。それらを使うことはほぼ無かった(笑)。
 卒業後に進学した私は、その彼と会うこともなくなったが、彼の知識はたいしたものだったと今でも思う(学生レベルでの話)。今はもう忘れかけているが、私のアーサー王に関する知識は彼から聞いたものが半分以上である。だがネオ・ルネサンスやニューロマネスク様式の欧州のお城の卒論を書いた私には、特に必要な知識ではない。だが彼との時間が、当時煮詰まった頭の息抜きになっていたことを覚えている。この頃から様式論である(笑・意識はしていないで、たまたまだっただけである。ついでに言うと到底人様にお見せできるような代物でもない。忘れてしまいたいものでもある)。
 この大学時代のエピソードを思い出させてくれた本がある。仲道さんの『ピアニストはおもしろい』という本である。通常私はあまり、有名人などの書くエッセイ集や半生記の類いは読まないのだが、図書館でふっと借りてみたら、タイトルにある単語通り、私もこの本が本当に面白かった。文体が好きな文体だった。品の良い口語を文語に近づけたような感じである(あくまで個人的な感想である)。
 この本の中に、仲道さんがピアノのコンクールで三位入賞したときに、中学部門の優勝者はピアノが小山さん、バイオリンは千住さんと書いてあった。うん、そのまんま、私の今、聴いている演奏家である。そして学生当時から聴いていたミュージシャンである。きっとこの本に書かれたコンクールの十年以上後が、私のアーサー王談義の頃だと思う。当時の大学生だった私からしたら、三人とも品致流麗な音を紡ぐ、柳眉華麗なお姉さま方である(あまり使わないので、照れるなこんな言い方・笑)。字面の三人の名前の並びが私の忘れかけていた一九九〇年代の記憶の一つを蘇らせてくれた。感謝である。
 さて本の中身だが、仲道さんのお行儀の良さというか、柔らかさというかが出ているのがとても分かる内容だった。甲乙つけがたい小山さんの演奏とは一線を画した、かの方特有のしなやかさは、読ませて頂いてなるほどと実感した。厳格なリズムを持ちながら遊び心を忘れない小山さんの演奏は、素人の私でもセオリー通りと感じる部分がある。仲道さんはピアノの音と自身の内なる声が一体で演奏されていると感じることが多い(あくまで個人の感想です)。
 それから音楽の英才コースを歩まれた辺りは、普通に生活をする私には想像も出来ない楽しみやご苦労もあったと思う。生活面では、子育てなども含め、女性ならではの人生観などもご披露頂ける内容で、か弱さと心の芯の強さを飾らずに文面に出しているのが、私には読み取れた。まさに礼節をわきまえた大人の女性がお書きになった本である。
 あまり本の内容を全体的に、詳しく書かないのが私流であり、礼儀と心得ているので、この本が気になった方は、直接著者自身の言葉で表現されている文体をお楽しみいただければと思う。ただの素人音響趣味人の読書偏向遍歴である。版元は春秋社、奥付年号は2015年である。たまたま最近仲道さんの話題が多いが、結構、普段は小山さんの音を聴いている機会の方が多い事も加えておきたい。どちらのピアニストさんも素晴らしい。
 至福のタイムスリップをさせていただいた本に感謝と、読書の秋のおじさんのひとりごとである。不出来な読書感想文とそれにまつわる思い出話ということで、オチもなくつまらない展開の小話のようで恐縮だが、稚拙なレトリックについては穏便に心の対処をしていただきたい(笑)。

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84 歴史とお酒と芸術と2(少し真面目なお話5) [少し真面目なお話]

 以前、同題名にてパブのお話をしたのが記憶におありだろうか? 今回は続編、それよりも遙か昔からのイギリス周辺のウイスキーのお話に参ろう。
 この起源には諸説あるのだが、今回はそのうちの一つを取り上げて、歴史に誘いたいと思う。英国史の一〇六六年、「ノルマン・コンクェスト」と呼ばれるノルマン王朝成立の後、一一七二年にアイルランドに醸造を示唆する文献が残る。日本では鎌倉幕府成立の直前、平安末期といったところである。また一二七六年の徴税帳簿が最古という説、一一七〇年という説もあるので、いずれにせよ十三世紀までその存在はさかのぼることが出来る。ただしの年号については、醸造を意味しているだけで造られた酒の種類の特定までは至っていない。「おそらく」ウイスキーであろうという枕詞の付くレベルである。
 語源の部分の由来と歴史はしっかり判明していて、ラテン語のaqua vitae アクアビーテのゲール語(ケルト人の一派でアイルランドとスコットランドに先住した民族の言葉)読み uisce beatha ウシュケ・ベアーハから来ているという。この時点で、通の人は起源や由来はスコットランドよりもアイルランドに一歩程度軍配を上げている(菊谷・立木著 99頁)。
 ブランデーもフランス語のeau-de-vie オードヴィ-と、これらと同じ「命の水」という意味のようなので、名詞発生の起源はそう遠くない酒同士と推測できる。これも、蒸留酒をすべてウイスキーと認識して良いか否かという疑問は拭えないレベルである(コザー著 神永倉訳・42-43頁)。
 ただしコザーによれば、アルコール飲料全体を定義する名詞が生まれたとき、リカーという名詞を使い始めたことを挙げている(コザー著 神永倉訳・40頁)。ワインやビールも含めていたので、文献の中でのリカーがどの飲料を意味しているのかが推測しずらいため、その特定が進めばウイスキーの歴史はもっと起源をさかのぼることが出来る可能性はある。
「命の水」の意味は、もともと修道院で造られるものだったことと、当時は嗜好品という意味合いが薄くアルコールは修道院の与えてくれる薬という意味が大きかった。これにより名称が成り立ったとみるのがおおよその見解である。
 話を戻し、その一一七二年に、アイルランドの文献に残るアイリッシュ・ウイスキー(以下アイリッシュと省略)の製造が確認されている。なぜいきなりスコッチではなくアイリッシュかというと、諸説のひとつ、アイリッシュの製法がスコットランドやハイランドに伝播してウイスキーが広まったということに則ったからだ。ただ、今日でもスコッチ、アイリッシュ、両者のウイスキーは味も風味も似ているところから、ほぼ産地の違い以外は、相違なく同じように味を楽しめると言われている。
 実はスコッチ・ウイスキー(以下スコッチと省略)の製造は、文献の上では一四九四年とされており(こちらも諸説あります)、初見がそれなので、十五世紀の終わり、ほぼ十六世紀なってから一般には出回ったと考えてもおかしくないのである。その文献とは、王室の財政帳簿類で、そこには修道士に麦を渡して造らせたという記録が残っているそうだ。内容は「8ボルのモルトを托鉢修道士ジョン・コーに。それによってアクアヴィテをつくらせる」とあるそうだ(コザー著 神永倉訳・48頁)。
 アイリッシュとスコッチは似た味との既述については、通の方に言わせると、スコッチは洋梨のようなフルーティーな香りがあり、アイリッシュは蜂蜜とバニラの香りが特徴と違いを位置づけている人も多い。だが、近年のバランタインのハードファイヤードのようなバニラを強調したものもある。一般のスコッチも水割り、グラスに加水することで、バニラの香りが広がるとされている。
 さらに1506年にはジェームズ4世国王のお墨付きで、エジンバラ理髪・外科医組合の独占製造が認められている。学識団体が国王より醸造権利を付与されたと言う事実は、十六世紀にはそこそこの重要産業の位置づけがなされているとも考えられる。
 歴史人物の中では、現代史の白州次郎という人をご存じの方も多いと思う。在野で戦後日本の再興に尽力した人物だ。無類の英国通であり、類をみない秀才でもあった。妻の白州正子は執筆の方で著名な方で、『隠れ里』なんかを以前読んだことがある。日本の民話や歴史伝説を愛した人だ。
 その白州次郎は、日本人がシングルモルトを知らなかった頃から、シングルモルトを愛飲していた人物である。
 ちなみに日本の一号ウイスキーは「サントリー白ラベル」だが、二号は湘南藤沢の東京醸造製(現メルシャン)なのだそうだ。
 一般的には、スコッチはブレンデッドとシングルモルトに大別される。シングルモルトは、私は年に数回しか買わない(買わない年もある)。シングルモルトは安くても四、五千円は見積もっておきたいお酒である。名だたるものなら一万円前後は覚悟しよう。お祝いなどの時に奮発して、自分へのご褒美として買うのである(庶民ですから・笑)。
 一方のブレンデッドは、いつも何かしら手元に置いておくお酒だ。現在はティーチャーズ・ハイランド・クリームが置いてある。バランタイン・ファインネストと並ぶ、千円以下で手に入る手ごろな価格のスコッチのブレンデッドである(九〇年代辺りまで、これでさえ舶来酒と称され高価な時代もあった)。私の場合は、おおよそどちらかが置いてある。シーバスリーガルの時もあるが、ハイランドクリームか、ファインネスト常備のことが多い。これをちょっとずつ週に一、二回やるのがいい。ブレンデッドはその名の通り調合酒で、モルト原酒三に対してグレーン原酒を七の比率で造るスコッチである。対するシングルモルトはモルト原酒の各種だけを配合して造るものである。ちなみにアメリカのウイスキーは「シングルモルト」の意味がヨーロッパとは異なるので、スコッチと混同してはいけない。
 これらは以前にも述べているが、製法はどうであれ、十七-十八世紀頃までは低級酒としてイギリスでは扱われてきた経緯がある。フランスやイタリアのワイン文化が伝わっていたからだ。スコッチは、強くて良く酔える安酒としてハイランド辺りで出回ることになる。ちなみに、このちょっと後にパブを経営していたウイリアム・ティーチャーが一八六三年(※販売元サントリーの資料からの年号、fig.2参照)、自分のパブのために造ったのが、前述のティーチャーズ・ハイランド・クリームである。「ハイランドの精華」と名高い銘酒も、パブが生み出した産物であった。
 個人的にハイランドクリームは、手軽に買えるスモーキーフレーバー(燻臭)の強い、香りで頂く口当たりのよいスコッチというイメージである。もう一方のバランタイン・ファインネストは、上品さとコクが売りの手軽なスコッチといった感じだ。しかもバランタインのスコッチは、ヴィクトリア女王の時代に、女王のお墨付きで王室御用達に指定された逸品でもある。
 不思議なイギリスの田舎のおじさんたちは、パブ談義中、フィッシュアンドチップスをつまみに、エール(常温発酵の英国ビール)とハイランドクリームをがぶ飲みするのが良いらしい。日本に例えるなら、串揚げをお供に日本酒と芋焼酎を同時にがぶ飲みすることになるだろうか? そんなチャンポンな飲み方、個人的にはゴメン被りたいものだ(笑)。

fig.1
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fig.2
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主な参考文献
コザー著 神永倉訳 ウイスキーの歴史 原書房 2015年
菊谷著 立木写真 世界ウイスキー紀行 リブロポート 1997年

拙作『アイル・フォロー・ザ・サン』「49 歴史とお酒と芸術と(少し真面目なお話4)」
https://kometotaiyou.blog.so-net.ne.jp/2017-07-18

『稲富博士のスコッチノート』
https://www.ballantines.ne.jp/scotchnote/19/index.html

『ウイスキーあれこれ辞典』
https://www.suntory.co.jp/whisky/dictionary/

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83 暇つぶしの幸福論⑤ -素人ジャズ鑑賞の感想編- [暇つぶしの幸福論]

 最近はジャズ浸りだった。音響趣味三昧である。前述の「バンブル・ブギ」や「The world is waiting for the sunrise(世界は日の出を待っている)」とかのデキシーランドや、近年人気のジャズピアニストの上原さんのCDなどを聴いていた。
 バンジョーの入った楽曲は、納得のいく発見になった。「オール・マイ・ラヴィング」のレノンの弾くリズムギターのあれって、バンジョーの弾き方の応用なんだと勝手に納得した。もはやあの速さはストロークではない。レノンがアマチュア時代、バンジョーのコードの応用で演奏していたことは有名である。
 ハヤ弾きというところでは、上原さんの「トムとジェリー」の前半部のスピードのある弾き方、凄いなと感じた。ただしこの曲は、完全オリジナルで、挿入歌のアレンジではないようである。なぜこの曲を例に出したかというと、テレビマンガの中での二匹のスピード感あふれる、いつもの追いかけっことコミカルな騙し合いがピアノの音を介して、目に浮かんだからである。おきまりのように、最後にジェリーは壁にあいた巣穴に逃げ込み、トムは壁にぶつかるというオチがお約束だ。
 ジャズの面白いところは、ロックのビート感ではなく、リズムの持つ速さを、それぞれの特徴を出した楽器が演じているところにある。ロックの良いところは、シンプルな強弱の中で、ノリをビートにまかせているところと私は思っている。ジャズのそれは、例えばトリオなら、ピアノが主役の時、ベースが主役の時、ドラムしかりと、演奏のおもしろさを前面に出している部分にある。ヴィンス・ガラルディの「ライナス・アンド・ルーシー」も例に漏れずそんな構成である。他人の言葉を借りれば、「旋律と低音と拍が競い合うのがトリオジャズ」と言えるらしい。その辺がシンプルなのに、楽器の魅力がダイレクトに伝わる理由などと勝手に思っている。
 二十一世紀に入ってから、ジャズの歴史の本が多く出回るようになった。あれこれ言えるほど読んでいないので、ご紹介は差し控えるが、ジャズだけで文学史や文化史のように時代相を語れるだけのコンテンツが出てきたということにもなりそうだ。勿論これは個人的に素人の私が、昨今の書籍事情の一部(きわめて情報量の少ない私の見識)から察したに過ぎない。語れるほどうんちくを知らないので、楽曲の感想で止めているのはそういうことだ。素人は感想と体験談しか述べられないのである。
 ただ言えるのは、いままでの私はジャズを聴く姿勢としてはおきまりのイメージがあった。ジャズバーやジャズ喫茶の大きなスピーカーから再生される振動を纏ったベースを体感し、古びた軽めの音をはき出すピアノ、ハイハットではなくトップシンバルでリズムを刻み逆手打ちのスネアは、時代を感じてか、目を閉じて深く聴き入ってしまう音楽なのである。
「A列車」や「朝日のようにさわやかに」の伸びやかさが好きだし、時代を感じると言えば、一歩手前の時代のラグタイムジャズ(含むホンキートンク)なんかもいい。ただしこれはもともとがピアノ演奏を前提に曲作りされているので、トリオと言うよりも、コピーする演奏者もピアノだけの場合が多い。
 例えば、あまり曲名とか知らないけど、「Mississippi Rag」、「Maple Leaf Rag」なんかかな。みんなが知っているものだと「The Entertainer(スコット・ジョプリン)」だ。調べてみてほしい。一度くらいは聴いているはずだ。オルゴールやピアノロールから飛び出した温かみのある音楽と同じ雰囲気である。こういった感じでジャズを聴くのが私流の姿勢である。
 ラグタイム時代の話を続けよう。人によってはチャップリンや無声映画のイメージ、あるいは古き良きアメリカや欧州移民開拓者時代って感じに取れるかも知れない。欧州ならアイリッシュや西欧の港町のイメージだ。十九世紀から二十世紀の初め頃の音や雰囲気が蘇る。これらをジャンル的にはクラッシックからジャズに移行する過程の音楽という人が多い。アドリブのジャズではなく、譜面おこしのクラッシックに近いためというのが一般的なセオリーらしい。そして専門的な音楽家の人たちが書いている評文などには、ラグタイムは聴き心地のよい和音で構成されている(だから私はくつろぎモードで幸せ気分で聴けるのだと思う)、ジャズは不協和音で構成されているとある(だから聴き入ってしまうような技術者のような音楽になると思う)。ちょっと変わったビート、別のテイストを持つ「テイク・ファイブ」などの例外もあるのだが、どれにせよ、幸福な瞬間と楽器のテイストを十分に味わえる曲たちである。
 今回、最近は冒頭で述べたように、それに加えて、新たにスピード感のあるジャズの存在を気付かせてもらえた。今風の進化したいいジャズの楽曲を聴くことが出来たと言うことだ。
 ジャズやラグタイムを弾ける音楽家は凄いなと思う。若い頃、たまたま知り合った、地域で活躍するジャズピアニストさんは、「ジャズというのは音楽業界全体で言えば、食品業界全体の糸こんにゃくの売りあげに匹敵する小さなマーケットなんて言われているんです」と私に教えてくれた。それ以来、ポピュラー音楽を沢山聴いてくださる方がいるから、私はジャズの名盤が聴けるのだと今でも思っている。感謝なのだ。だから出来るだけ許容範囲を広げ、音楽のジャンルで優劣をあまり決めないように心がけている(要は他人の趣味に口出ししないということである)。すなわち古風なセオリー通りのクラッシックだけが王道とも思わないようにするし、ポピュラーだけが格好いい音楽とも思わないようにしている。裏を返せば、クラッシックもポピュラーも大好きな音楽である。つまりはエレキギターとベヒシュタインピアノ、雅楽の楽器やシンセサイザー、チェンバロと、どの楽器を使っていても、皆、音楽は音楽なのである(笑)。私の中では、気持ちだけでもそういう姿勢を持っていたいと思っている。
 それ故、皆さん、どんなジャンルでも良い、どうぞ視聴覚資料を充実させるために、CDや音楽コンテンツを沢山入手して聴いて頂きたい。そうすれば、各地の図書館の視聴覚ライブラリーやCDショップのジャズコーナーが充実するのである。書籍と同じ再販制度がある間の話なのだが(それをやめたいまのイギリスは大変化がおきたらしい。詳しくはご自分でお調べください)。学術・文化・芸術を受け身、ソフト面で愛するおじさんの独り言である。

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82 暇つぶしの幸福論④-ギター編おまけ- [暇つぶしの幸福論]

 前回のギター編に加えようと思っていたのだが、長くなってしまうため、別の記事で出すことにした(いっきにやるものなので、時間が取れなかったのもある)。生涯学習という意味では、少しだけそのカテゴリに入らなくもない。演奏ではなく、楽器のリペア作業である。どなたかの参考になれば良いなと思い、リペア過程をブログにアップしておく。勿論、自分のための覚え書きとしても使うつもりだ。
 先日(といってもひと月以上前)に、ギターを出して何の気なしにピックアップをみたら、「ピックアップ-イスカッション(ピックマイクの建具)」が割れていた。近所の楽器屋さんに相談したら、日数かかるという。しかも通常は自分でやるものだといわれた。なのでヤマハの直営店に相談。数日後、部品が到着。発見から随分日が経ったが、漸く時間を見つけられたので半日がかりでゆっくり記録しながらのリペア作業となった。ちなみに普通に行えば、おおよその方々は一時間とかからない作業である。
 後は画像を見て、「なるほど」と思って頂きたい。ギターのモデルは違ってもおおよそはピックアップまわりはエレキギターの場合、似たような構造が多いので、初心者の方には参考になる部分もあるかと思う。(楽器や今回の話題に興味の無い方は、この記事をスキップして「私流よこはまの花便り」でお楽しみ下さい)
 ちなみにこのSGのカラーをレッド・サンバーストという。和訳すると、紅色日輪、つまり赤い太陽のプロミネンスとなる。どこまでもお日さまのファンである(「暇つぶしの幸福論」的なお日さまについていくよ<アイル・フォロー・ザ・サン>なのだ)。でもこの夏の太陽はちょっと強烈でした(笑)。

①今回リペアする相棒のYAMAHA SGである 現行のSGは活動的なデザインだが、こちらはフュージョンやジャズに好まれたこともあって、少々大人しめのデザインである ストリングス・ワインダーでペグを回し弦を緩めておく(または外してもOK)
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②割れた箇所の確認と緩めた弦(本来は張り替えて外す方がより良いかもしれない)
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③黒ネジはボディとの結合用、金ネジはピックの高さ調整用サスペンションとの固定用 丁寧にはずしていく 金のネジは足にスプリングが通してあるので要注意
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④イスカッションの取り外し完了
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⑤新しい部品と取り外した部品
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⑥イスカッションを外したピックアップの周辺
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⑦サスペンションとイスカッションをユニットにする 金のネジとスプリングが三組ある
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⑧新しいピックアップイスカッションを挟んで、ネジ頭とスプリングコイルをセットする
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⑨金ネジで反対側のユニット固定完了 こちら側の一カ所も同じように金ネジにイスカッションとスプリングを通して、ピックアップの下部にある金色の受け板のねじ穴に固定
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⑩ボディとピックアップユニットを黒ネジで固定
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⑪調弦の際、劣化していた一弦が切れたので、張り替え作業が増えた 前回のオーバーホールの際に換えてもらった弦なので、もう四、五年経った古い弦だ
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⑫調弦して元に戻す作業 SGくん復活である 一弦だけ綺麗なしろがね色である
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⑬おまけ・壊れたイスカッションの画像
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 追記
「バンブル・ブギ」ってジャズのピアノ曲を久々に聴いたら、あの左手のベース音すごいなあ、って感心した。昔はただ聴いていただけだけど、改めて聴くと左手のほうが早くないといけない瞬間もある。左利きが有利に見える(笑)。ジャズで、いいもの見せてもらったというのは、こういうのを言うのかな? またピアノの音が気になり始めた。

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81 私流よこはまの花便り 16 晩夏の潮風編 [私流よこはまの花便り]

 久々の横浜散歩になる。湘南海岸方面でも、横浜の町の方でも特に所要時間は同じくらいなのだが、読者の皆さんの関心は横浜のほうが多い事は分かった。たまたま、このブログを読んでくれている人が横浜に興味のある人が多いのかも知れない。私にとってはどっちも良い場所だ(笑)。今回はリュック散歩、端から重い望遠レンズを持って行くのを諦めた。標準ズームとマクロレンズのみだ。
 前口上はこの辺にして、本題に入ろう。今回は、桜木町駅から紅葉坂、伊勢山を登り、下りて再び駅に戻り、そのまま汽車道を歩き、赤レンガ倉庫を経由して、開港記念広場から日本大通りを経て、関内駅に至る英文字のU字型のコースを歩いてきた。
 まずは伊勢山の新しいご本殿が少しだけ見えるようになってきた。十月のご遷座とお披露目に期待が大きくなる。画をみれば分かるが、木立の中に見える部分だけでも感激である。みどりの中で鰹木と千木に取り付けられた金具の鮮やかな金色に、まるでこの画像部分だけ見ていると伊勢神宮内を歩いている時の光景と思ってしまう美しさだった。このご本殿が桜の花に囲まれる春先はきっと美しい景色になることは間違いない。楽しみだ。
 昼食の後で、赤レンガ倉庫までの汽車道を歩く。相変わらずカップルが多い(笑)。汽車道の脇にはグローリー(朝顔)の仲間が咲いていた。夏だな。西洋朝顔は、日本の朝顔と違って時間にルーズである。昼になっても咲いている。おかげで撮ることが出来た。種が作りづらいことでも有名である。小学生の頃、庭に植えて観察した、けばけばな葉を持つ在来種と異なり、ドクダミの葉のような形をしているのですぐ分かる。でもこの季節は、湘南海岸のハマヒルガオの丸い葉が可愛くて好きである。
 同じ道ばたでアオスジアゲハを見つける。今回のアゲハくんはマクロレンズで近寄ってもあまり逃げなかった。ばたばたして落ち着きはなかったが。故にバタフライか? (お後がよろしいようで・笑)
 新港中央公園にはひまわりがまとまって咲いていた。一本へそ曲がりな株があって、みんなと反対側を向いて咲いていたので、有り難いことに背景に赤レンガ倉庫を入れてのショットが撮れた。有り難や。赤レンガ倉庫からは、大桟橋の大型客船が見えたので、タグボートくんとツーショットでおさめる。画角も丁度よかったのでそのままマクロで撮ってみた。良い感じ。
 次に日本大通りにさしかかると、キングもクイーンも両塔ともお化粧直しである。保護シートの中に隠れていた。神奈川県庁の外壁のツタを一枚と日本大通りのバラを一枚、そして横浜公園になぜか植えられていたこんにゃくいもの葉も撮ってみた。
 驚異的な酷暑は去ったと思われるが、まだまだ油断大敵。残暑厳しい折、皆さんはお体ご自愛の程、残り少ない夏をお楽しみ頂きたい。

伊勢山の新しいご本殿(このカット見せて伊勢神宮だといってもみんな頷きそう)
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西洋朝顔(グローリー)
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アオスジアゲハ
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ひまわりと赤レンガ倉庫
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大桟橋に停泊中の大型客船
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神奈川県庁の外壁にあるツタ
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バラ
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サルスベリ
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こんにゃくいもの葉
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80 夏のお祭り見物-鵠沼編 [まつり見物の話]

 最近は、いろいろな地域にある古社古刹と歴史物語を重ねた生涯学習の学習テーマを考えている人も多い。神奈川には、川崎のお大師さん、鎌倉の八幡宮、そして湘南の江島神社などが、観光地ということもありすぐに思い浮かぶ。
 前回はその江島神社、今回はそれと同じ市内、歴史的にも有名な古社が舞台である。近くに幕府があったためもあるのだろうが、この辺りは有力御家人が多い。この時代の政治の中心地、鎌倉の近くに居たため重要な仕事を任されたのかも知れない。
 そんな有力豪族のひとりで、平氏一族の鎌倉権五郎景正という人物がいた。幕府の出来る少し前の時代の人である。開墾した荘園をそのまま伊勢神宮に寄進している。いわゆる御厨(みくりや)である。最初に開墾した当初の姓は大庭でなく、鎌倉と言われたが、次世代の子らが御厨地域の分割相続で大庭姓を名乗る。幕府成立後の鎌倉期には大庭姓も御家人の名家となる。
 寄進は平安時代のことだ。現在の茅ヶ崎市、藤沢市、寒川町の地域に伊勢神宮領の大庭御厨が成立する。御厨とは、おおざっぱに言えば、もともとの意味は神前に供える食料を調達する場所である。この土地から伊勢神宮に何らかの産物が送られ、納められたのだろう。
 昨年、執筆の内職仕事(ペンネームで)として、相模湾地域の歴史と観光のお話を数回、ほんの少し、別サイトの小さな記事として紹介したことがある。そこでもちょっとだけ触れた御厨のお話。それをもう少し詳しく祭の話に内容を絞って、最近の写真を交えてお話をしていこうと思う。
 現在でも湘南ライフタウン周辺には大庭という地名が広く残る。そのためか、この地域には大小様々な神明系(伊勢神宮系)の神社が今でも点在する。その中心的な役割が鵠沼皇大神宮である。紋も伊勢神宮と同じ花菱紋、現在でもこの付近では、伊勢の注連縄を玄関先に飾るお宅をお見受けする。伊勢では一年中玄関先に注連縄を飾る風習がある。それらのご家庭もきっとお伊勢さまを大切に思っているのだろう。心が洗われる思いである。そしてこの神社は別名烏森神社ともいう。旧鵠沼村(あるいは土甘郷)の鎮守さまである。
 またこの神社は鶴岡八幡宮が勧請されるときに、神さまがお宿として、鎌倉入り前に御旅所(神さまのお宿やお休みどころ)を果たした神社でもある。そのご縁なのかは知らないのだが、ここの例大祭の舞は古えの鶴岡八幡宮の舞人(神楽男)が伝えたとも言われている。
 そんな歴史の風情に夢を膨らまし、想像しながら訪ねると、真夏の暑い最中、九台の山車が神社周辺を渡御する。それぞれの氏子地区が各山車を所有しており、それぞれの山車には歴史的な人物や神話やお伽話の人物の人形が乗せられている。これを人形山車という。
 お囃子を乗せた山車が鵠沼のお伊勢さんに向かって動き出す。地域のお祭りのものとしては、盛大な部類である。順に那須与一、源頼朝、神武天皇、源義経、徳川家康、楠木正成、浦島太郎、日本武尊、仁徳天皇と境内に入っていく。
 特に気になったのは楠公の人形があることだろうか。関東では珍しい楠公をたたえるもの。個人的に好きな人物のひとりだ。千早城の勇敢な戦いなどに男のロマンと帝思いの真心を感じて、歴史の読み物を読んだ記憶がある。
 奇抜なところでは浦島太郎。竜宮城である。片瀬江ノ島駅が竜宮城の形をしているのと、なにかご縁があるのだろうか(まさかね)。
 そして関東では家康公はどこに行っても英雄である。戦国時代を止めて平和な時代を築いたとして祀られている場所も多い。一部の記事などで、最近はローマにあやかって、「パックス・トクガワーナ」などと、この時代を表現する人もいるくらいだ。
 詳しいいきさつやご由緒は分からないが、これらの人形山車はとても美しく、被写体としても魅力的なものである。山車自体は明治の世から始まったという。これほどの文化的遺産を平成の世まで続けてきた先人たちと現在の実行する人たちのご苦労をねぎらいたいものである。
 歴史を旅するのは夏がいいと思うのは私だけだろうか。いや多くの場合、小学生の課題研究の頃から、こういったものは夏と相場が決まっている(ちがうかな?・笑)。そして祭り囃子を耳にすると、なぜか心にこみ上げてくる思いがいつもある。懐かしさや温かさである。守りたい伝統文化のひとつである。

<余談>
数年前に、あるピアノコンサートを拝聴にいったとき、唱歌か童謡に近い、祭の曲をピアノで弾いてくれたピアニストさんがいた。別に私に弾いてくれたわけではない(当たり前の話だ・笑)。季節柄秋が過ぎゆく頃だったため、それと重なり、とても感動したことを思い出した。その人ご自身も情緒や風情が好きだったのかも知れない。西洋楽器のピアノと譜面が、紡ぎ出す和のメロディー、良いものだった。得をしたと思って根岸線に乗り込んで帰った覚えがある。五音階やヨナ抜きの曲だったのかな? ショパン(だったと思う)などのクラッシック作品のあとで飛び出したため、とても心に残ったプログラムになった。


人形山車の渡御光景
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那須与一公
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源頼朝公
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神武天皇
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源義経公
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徳川家康公
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楠木正成公
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浦島太郎
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日本武尊
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仁徳天皇
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79 暇つぶしの幸福論③-ギター編- [暇つぶしの幸福論]

 なんか今月も忙しくなりそうな予感がする。「貧乏暇なし」とは、私のためにあるような言葉だと実感できる昨今だ(笑)。
 さて前回は鍵盤楽器の話だったので、今回は弦楽器、ギターの話でいこう。学生時代の部活を思い出して、素人のへたくそな腕前でも話は書ける(笑)。
 ギターは構造上、上の弦、第6弦から順に、ミラレソシミと調弦する。弾ける人はみんな知っている知識からスタート(笑)。ついでにラの音で調弦。音叉を使う。ヤマハのロゴマークだ。あとは5フレット目と次の開放弦を合わせていく(一部4フレットだったかな?)。私は今はハーモニクス調弦法なので、開放弦調弦に不慣れである(言い訳・笑)。
 そして弦の硬軟。エクストラライトゲージ、スーパーライトゲージ、ライトゲージ(希にメーカー、種別にもよるが、ミディアムゲージというのもあった)、ヘビーゲージという硬調度を示す弦の種類がある。
 そしてアコースティックギターは、クラッシックのエナメル、ナイロン弦とフォークの金属弦の二種類があり、店頭で言うときは、例えば「ヤマハのフォーク弦のライトゲージの一弦ください」とお願いする。今では簡単に思うこれしきのことも、初心者の頃は結構知識を要するように感じたものだ(笑)。
(参考までに、カントリー、ブルーグラス、ハワイアンで使うドブロやスチールギターなどもアコースティックだが、私が無知なためここでは割愛させて頂く)
 同じ金属弦でも、エレキギターにはまた専用弦がある。理想の音色のためなのか、無理にエレキにフォークの弦つけている強者をたまに見たこともあったが、当然、ネックのソリに影響してくるので、やめた方が無難だ(と私は個人的に思う)。楽器を愛しているなら無茶はしないほうがいい。共用可能と弦のパッケージにあれば、両方で使えるものである。お店で訊ねてみよう。
 私のお気に入りはヤマハのスーパーライトゲージやエクストラライトゲージだ。黄色地に赤と黄色地に黒のパッケージの弦である。YAMAHASG2000(再度です。このモデル、今は売っていません)以前に、モズライトのコピーモデルを使っていた頃は、アリアの弦も使っていた。
 YAMAHA SGに変わってからは、伸びやかなサスティーンブロックのおかげで、スーパーライトゲージはおろか、エクストラライトゲージの軟調子の音をかばうように拾ってくれるので指に優しいギターだと思った(勿論ピックアップの集音効果が特徴的なためだというのも、効能に挙げられる)。上下両切りのカッタウェイなので、根元の高音フレットの伸びやかさは惚れ惚れした。通常エクストラライトゲージのノーマル音は、少々ふにゃふにゃ感が否めない。サスティーンブロックの有無とピックアップの性能は、弦の性能を助け凌駕をもするギターサウンドの要だ。
 以前持っていたFG(ヤマハのフォークギター)は、ストラップピンというおしりにあるストラップフックを抜いて、差し穴を広げてピックアップを取り付けていた。部活で必要だったからだ。サウンドホール側から二、三センチ程度の小さなマイク本体を入れて、それを弦の真下部分の天板裏に専用の粘土で固定する(昔お店の人は「ガム留め」と言っていた)。本体から伸びるしっぽのようなマイクコードをたぐり、さっきのストラップピンの穴に通す。外にコードがでたら、マイク端子の接続金具と結合。後はマイク端子の金属具をストラップピンの穴に固定して終わりである。これでエレキギター同様にピンジャックを差し込んでアンプ出力が可能になる。音はアコギ特有のしゃりしゃり音(特に高音域)であり、エレキギターのクリアトーンとは一緒の音にはならないのでご注意。弦が違うからだ。
 ついでなので、ギターの種類について言うと、このようなフォーク形式、クラッシック形式を問わずに、サウンドホールにゆだねる音のものをアコースティックギターという。
 ギターの種類と音の変化について述べてみると、エレキの場合は、アコースティックに近いものを「フルアコタイプ」という。アコースティックエレキギターとも言う。一見エレキなので一枚板のボディと思いきや、中は合板で箱になって空洞である。なので持ったとき、見た目より随分軽い。
 ボディ中身の半分が空洞のものもある。これを「セミアコタイプ」という。この両者は、ギターのモデル名や型番を知っていれば、あらかじめそのタイプのものかは分かるが、一見、外見のみでは区別しづらい。ただヴァイオリンやウッドベースのように、弦の横にひげのようなデザインをしたサウンドホールがあるので、「ソリッドではない、セミアコかフルアコのどちらかなんだな」というおおまかな予測は付く。例外もあり、へフナ-ベースはセミアコのベースギターだが、サウンドホールがない。外見上ソリッドに見えるボディである。
 私が知っている代表的なセミアコタイプのギターは、ジョン・レノンがトレードマークにしていたリッケンバッカー325c64というタイプ。これがセミアコである。この325という形式は重ねて、ショートスケール(指板とネック部分が短い)という今では珍しいタイプのギターで、小回りのきく、コード押さえのミュートを防げて、コードチェンジに強いギターだ。勿論いまでも愛用者はいる人気モデル(多くは知らないが、スザンナ・ホフスが九〇年代に使っていたのを知っている。ジョン・レノンが好きなのかな?)。確かにこのギターを弾いた後、SGを弾くと第一フレットが遠く感じた覚えがある。
 次に「ソリッドタイプ」、これは今主流のタイプで、中身は空洞ではない。ほぼ一枚板だ。レスポール、ストラトキャスター、テレキャスター、V型ボディなんていうのが有名なものである。私の愛器SGもそうだ。現在の一般的なエレキギターは全部これ。あまりにも一般的なので、簡単に調べられる。故に各自お調べ願いたい。
 実はエレキギター、ディストーション系エフェクターによって随分と音がひずんでいる「ノイズトーン」の音色は区別しづらいが、コーラスやディレイ系のエフェクターを使う、あるいは原音そのままの「クリアトーン」の場合はとてもわかりやすく、そのギターの音色や特徴が出ている。
 一番わかりやすいのは、ベンチャーズのスタジオ録音盤にある濡れたような、つややかな音やテケテケ音、ピチャピチャ音である。「十番街の殺人(この曲のリードパートは軽くファズ入っているね)」、「ダイヤモンドヘッド」、「パイプライン」 あたりがわかりやすい。あとクリアトーンのいい音は、グループサウンズ(これのヒットの頃、私生まれてません・笑)の「思い出の渚」の十二弦ギターの音はクリアトーンの代表的な味わうべき音と言われる。この曲とさわやかなギターの音は湘南サウンドのルーツのひとつと言われているらしい(サザンとかチューブとか、あといっぱい、よく知らない)。
 弾き方は十人十色で、あまりしっかりしたルールはないらしいのだが、私は、特にベースギターで覚えたやり方で、和音構成音(コードの構成音)をあらかじめ形で覚えるようにポジショニングする。それはポジションを星に見立てて、星座のように指板の上で覚えておき、それをほぐして、リズムに合わせて弾くことが多かった(十代の頃の素人の話なので、思い出話や経験談の類いと思ってください。自分も正解だとは思っていません)。録音盤の音が濁って、耳コピーで間に合わないときの奥の手は、バッキングのギターのフレーズでのリフもこの応用で弾いた。でも原則はコードのストローク弾きが好きである(スリーフィンガーとかずっとやっていると疲れるし・笑)。
 以上のように、エレキという言葉のイメージとは裏腹に、「クリアトーン」で出されるエレキギターの音は、現在の楽器環境の中で比べれば、増幅程度のレベルでの電気処理で、楽器の音が十分に味わえるものである。サウンドホールとサスティーンブロックはナチュラルな増音、彩音機能に過ぎず、音としては自然音のレベルなのである。
 こうやってギターのことを書いていると無条件に幸せに感じる。まさに「暇つぶしの幸福論」である。うん十年前、車(レンタカーだったけど)にフォークギター(FG)とカメラ(FE)、渓流竿(一間半)を積んで、夏の沢を楽しんだ頃が一番優雅な時間だったと感じる。「あの夏の日よ、カムバック」である。もっと願望を言えば、さらに加えて、美女の美声、歌声があると最高だ(アホなのは自覚しているので、叱咤不要・笑)。現実逃避のお馬鹿さんはそろそろ現実に戻ろう。
 本当はもう一つクラッシックギターの共振についてのお話もしたかったけど、長くなるのでやめよう。スプルーストップとシダートップの材料による音の味わいである。また機会があればお話ししたい。
 これからギターを触ってみたいという人は、本文を取っかかりとして参考のひとつにしてくれると嬉しい。ただし当方素人故、鵜呑みにすることのないよう専門店で相談することをオススメする。もう私は指の動きがついていかないので同じ曲ばかり弾いてる(ついに名実ともにおじさんの部類に入ったから、最近はそれも危うい・笑)。炎天下、四十度近い日々の連続。この夏、皆さんはいかがお過ごしだろう。お体ご自愛の程、元気に乗り切って頂きたい。

当方、音楽においては、はっぴいえんど「夏なんです」、聴いて乗り切るつもり。


註 SGにYAMAHAをつける理由はギブソンなどにもSGがあるため。八〇年代から九〇年代前後のヤマハのSGはレスポールに近い筐体であり、ギブソンのものとは全く異なる。おおざっぱに言えば、レスポールのシングルカッタウェイをダブルにしたデザインである。


ヤマハSG2000
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リッケンバッカ-325の模型
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リッケンバッカ-社カタログサイト
http://www.rickenbacker-jp.com/

ヤマハ社 ギター・ベースカタログサイト
https://jp.yamaha.com/products/musical_instruments/guitars_basses/index.html

カールへフナ-社 ギター・ベースカタログサイト
http://hofner.jp/

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