So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

85 暇つぶしの幸福論⑥-読書の秋のひとりごと [暇つぶしの幸福論]

 一九九〇年代に大学生だった記憶がある。他人事のように書き出した理由は、最近、おぼろげで、絵空事のように近い古い記憶がぼんやりしている。おじさんとはそういう者だ。小学校の頃の記憶は鮮明なものが多いのだが、一九九〇年代の記憶は飛んでいることも多い。愚者である(笑)。
 当時、住んでいたアパートによく遊びに来ていた友人がいた。バランタインの12年と『アーサー王伝説』をこよなく愛する男だった。とにかく詳しい。『ナーサリー・ライムス』を読みあさっていた当時の私は、彼からヘプタ-キー時代(アングロサクソン七王国)以前のブリテンの話を教えてもらった。エクスカリバー、円卓の騎士、ハドリアヌスの城壁と、まあ、よく知っていて、教えてくれた。もっとも彼は私に教えたいわけではなく、自分の話したいことを話していただけである。
 その頃、部屋に置いてあった仲道さん、小山さん、千住さんのCDを彼が見つけて、「クラッシックも聴くんだ」と奇妙な顔をしていた。ジャズとレノン・マッカートニーのイメージが強かったのだろう。このクラッシックの三人の演奏家をわざわざ挙げた理由は後半に繋がる伏線である。文章の授業などで教わりそうな伏線、布石の効果っぽい? (私ごときの文章は、そんな高尚なものでもないけど・笑)
「ただなんとなく聴いているだけで何も分からない」と本当のことを言う。
 彼は卒論の相談に来ていたのだが、その言葉にニヤリとすると、残りのグラスのスコッチをしみいる顔で最後に一気飲みをした。私に卒論の相談することもなく、いつものごとく『アーサー王伝説』の話をし終えると「朝」に帰って行った(これはダジャレである)。電話では「これから卒論の相談をしにいくから」と言うので、いつも資料をそろえて待っていた。それらを使うことはほぼ無かった(笑)。
 卒業後に進学した私は、その彼と会うこともなくなったが、彼の知識はたいしたものだったと今でも思う(学生レベルでの話)。今はもう忘れかけているが、私のアーサー王に関する知識は彼から聞いたものが半分以上である。だがネオ・ルネサンスやニューロマネスク様式の欧州のお城の卒論を書いた私には、特に必要な知識ではない。だが彼との時間が、当時煮詰まった頭の息抜きになっていたことを覚えている。この頃から様式論である(笑・意識はしていないで、たまたまだっただけである。ついでに言うと到底人様にお見せできるような代物でもない。忘れてしまいたいものでもある)。
 この大学時代のエピソードを思い出させてくれた本がある。仲道さんの『ピアニストはおもしろい』という本である。通常私はあまり、有名人などの書くエッセイ集や半生記の類いは読まないのだが、図書館でふっと借りてみたら、タイトルにある単語通り、私もこの本が本当に面白かった。文体が好きな文体だった。品の良い口語を文語に近づけたような感じである(あくまで個人的な感想である)。
 この本の中に、仲道さんがピアノのコンクールで三位入賞したときに、中学部門の優勝者はピアノが小山さん、バイオリンは千住さんと書いてあった。うん、そのまんま、私の今、聴いている演奏家である。そして学生当時から聴いていたミュージシャンである。きっとこの本に書かれたコンクールの十年以上後が、私のアーサー王談義の頃だと思う。当時の大学生だった私からしたら、三人とも品致流麗な音を紡ぐ、柳眉華麗なお姉さま方である(あまり使わないので、照れるなこんな言い方・笑)。字面の三人の名前の並びが私の忘れかけていた一九九〇年代の記憶の一つを蘇らせてくれた。感謝である。
 さて本の中身だが、仲道さんのお行儀の良さというか、柔らかさというかが出ているのがとても分かる内容だった。甲乙つけがたい小山さんの演奏とは一線を画した、かの方特有のしなやかさは、読ませて頂いてなるほどと実感した。厳格なリズムを持ちながら遊び心を忘れない小山さんの演奏は、素人の私でもセオリー通りと感じる部分がある。仲道さんはピアノの音と自身の内なる声が一体で演奏されていると感じることが多い(あくまで個人の感想です)。
 それから音楽の英才コースを歩まれた辺りは、普通に生活をする私には想像も出来ない楽しみやご苦労もあったと思う。生活面では、子育てなども含め、女性ならではの人生観などもご披露頂ける内容で、か弱さと心の芯の強さを飾らずに文面に出しているのが、私には読み取れた。まさに礼節をわきまえた大人の女性がお書きになった本である。
 あまり本の内容を全体的に、詳しく書かないのが私流であり、礼儀と心得ているので、この本が気になった方は、直接著者自身の言葉で表現されている文体をお楽しみいただければと思う。ただの素人音響趣味人の読書偏向遍歴である。版元は春秋社、奥付年号は2015年である。たまたま最近仲道さんの話題が多いが、結構、普段は小山さんの音を聴いている機会の方が多い事も加えておきたい。どちらのピアニストさんも素晴らしい。
 至福のタイムスリップをさせていただいた本に感謝と、読書の秋のおじさんのひとりごとである。不出来な読書感想文とそれにまつわる思い出話ということで、オチもなくつまらない展開の小話のようで恐縮だが、稚拙なレトリックについては穏便に心の対処をしていただきたい(笑)。

pianistomoshiroiIMGP0288.gif

共通テーマ:趣味・カルチャー